7 復習
「あ、サラ様!王都が見えてきましたよ!」
馬車の窓を開けたベルダは、先の方を眺めながら、興奮気味に声を上げる。
先ほどまで、畑や森などが広がっていた光景も、少しずつ住宅が増えていき、窓からは既に沢山の建物溢れる王都が姿を見せた。
(…あそこに、ノアが…)
無邪気なベルダに打って変わり、サラは真剣な眼差しで窓から王都を見つめる。
何年も会えていなかった弟に、とうとう近づいてきたのだと感じたサラは、深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
(大丈夫…。私一人でも、やっていける。)
家族としか訪れたことが無かった、人間界の王都。
これからどんなことが起こるかはわからないが、サラにとって未体験なことばかり起こるのは間違いない。
散々、ユーマに大丈夫だと答えていたサラだったが、実際に王都が見えてくると、少しずつ緊張感が高まってくるのが分かった。
《サラ、大丈夫だ。我も一緒にいる。サラは、自分らしくやればいい》
誓約しているからか、サラの気持ちを感じ取ったシルヴァは、そっと寄り添うようにサラを見上げてくる。
その温かさに、少し気持ちが落ち着いたサラは、応えるようにシルヴァの頭を優しく撫でた。
「まずは、試験に合格しないと行けないのよね?」
気持ちを切り替えるように、ベルダに問いかける。
「仰る通りです、サラ様。途中入学になる訳ですが、必ず魔力試験を受けないとなりません。」
「試験は、そんなに難しくないと、カールが言っていたけれど…」
「はい。魔力が使えれば問題ありませんから。」
「ユーマから貰った魔法具。使って見たけれど、いくら使ってもあまり魔力が出ているとは思えないのよね…」
サラは、腕に嵌めている、金色の腕輪にそっと触れる。
腕輪は、白く蔦の様な模様が彫られてあり、頂点にはサラの瞳と同じ藍色の石が埋め込まれている。
シルヴァからその腕輪を受け取ったサラは、早速腕輪に神聖術を集中させてみたが、藍色の石が微かに光るだけで、あまり魔力が発動されている様には思えなかった。
(…ほんとに、これで大丈夫なのかしら。)
ノアがこれで入学したと聞く限り、試験は問題ないように思えるが、サラはその腕輪を見つめながら不安を拭い去ることが出来なかった。
――…検問を済ませ、王都の中に入ると、景色は一気に、溢れんばかりの人間と窮屈な程聳え立つ建物となった。
建ち並ぶ煉瓦の建物や、教会、石畳の床。
キラキラと光る装飾品や、活気のある人間の声。
記憶にある王都より、大分賑やかな様子の街並みに、サラはいつの間にか、しがみつく勢いで窓に張り付いてた。
そんな様子を見ていた、ベルダは「そういえば」と思い出したように声を漏らす。
「サラ様。言葉や文字などは、平気なのですか?」
看板や、人々の声を聞いて、ベルダは心配になったのだろう。
今まで、カールとも書類関係は全て問題なく処理していたので、気にはならなかったが。
「私たちは、意思の疎通を重んじる生命体。どんな言葉や文字だって、全て理解出来るわ。」
「ええええ!!?そ、それって凄くないですか?!」
「そう?」と首を傾げるサラを、ベルダは信じられない者を見るような目で見つめる。
「そうですよ!だって、どんな国の言葉でも通じるってことですし、どんな古代文字でも読めるってことじゃないですか!」
「…それって、そんなに凄いこと?」
どうしてそんなに驚いているのか理解出来なかったサラは、ベルダの様子を見て、人間とは言葉が異なると通じ合えない事があることを思い出した。
(そうか。人間界は、地域や年代によって使用する言語が違う可能性があるのね。)
「サラ様、ご自分が当たり前に出来ることが、人間には当たり前に出来ない事があります。その辺り、お気をつけて下さい。」
「…なんか最近、小言しか言われてない気がするのだけれど…」
主にユーマとベルダ…なのだが。
ベルダに至っては、侍女のはずなのに、いつの間にか少し砕けて接してくれるようになっていた。
「あと、言葉遣いですかね。サラ様は、天使様でありますから人間に対して敬語を使う必要はございませんが、人間として入学するのであれば、別です。」
「あなたと、カールのやり取りを見ていたから、何となくわかるわ。それに、天界にだって高貴なる方に対しては多少丁寧になるわよ?」
もう、「天使」という言葉を否定しなくなったサラは、何となくだが、敬語を使う相手が今後必要になることは理解していた。
「学園には、王族や侯爵子息など、身分の高い方がいらっしゃいます。あくまで、サラ様は伯爵家の隠し子。そこには大きな壁があることをご理解ください。」
「ふーん。…ほんとうに、面倒ね。人間っていうのは」
(要は、偉そうにしている人には、面倒な事にならないよう、目立った行動をしなければいいのよね)
自分の目的は、弟と母の面影であるのだから、それ以外は深く関わらないことにする。
元々自分は面倒事が嫌いだし、人間の思惑もどうでも良いので、そう厄介事に巻き込まれることは無いだろう。
…と、この時は能天気なことを思っていたサラだったが、後にその厄介事を自ら巻き込まれに行くことになるとは、思いもしていなかった。




