4 これまでとこれから
庭から少し歩いた所に、この建物の正面玄関があった。
琥珀色の大理石で作られた低い階段を上り、ベルダの後に続いて屋敷内に入る。
天界程ではないが、沢山の窓から明るい陽の光が入ってきていた。
部屋を案内されながら、窓の外に目を向けると、高すぎる太陽がサラを見下ろしている。
(アポロン様、どうか私に力をお貸しください。)
太陽の女神、アポロンは、サラに加護を与えてくれる高貴なお方だ。
太陽を作り出した女神は、サラが人間と天界人のハーフだと知っていて、天界人に住まわせてくれた命の恩人である。
今のところ、体に支障は無いが、魔力が渦巻くこの世界で、風の加護があっても、彼女の加護無しでは生きていけない。
常に感謝の気持ちを忘れずに、生命の力を借りる。父ミネバがいつも口にしていた言葉だ。
より一層の気合が入ったサラは、先ほど部屋に入ってきた、年配の男性に目を向ける。
サラより暗い金髪をした彼は、この屋敷の主人カール・ホーエンヴァルト。
人間界では、伯の称号を与えられた貴族という分類に入る身分らしい。
父ミネバが、このホーエンヴァルト家と古くから縁があるとのことで、人間界へ足を運ぶ時は、この家の主を頼りにしている。
「久しぶりね、カール。前に見た時より、かなり老けたかしら?」
この家は騎士の一族だと父から聞いたサラは、強面な面立ちのカールを見てにっこり笑う。
「それは…サラ様がいらっしゃたとき、私はまだ20代でしたからね。お久しぶりです、サラ様」
苦笑いする彼は、見た目と同じように、真面目そうな男だった。
自分が小さいときに、ノアと一緒に来た時の彼は、まだ若く緊張した表情で自分たちを見ていた印象があった。でも、今では緊張の色は見えず、それどころか孫を見るような眼差しで、こちらを見つめている。
(ほんとに、人間界と天界は時間の流れが違うのね…。よくわからないけど)
「早速、本題に入りたいのだけれど。お父様からお話は聞いている?」
「はい。いつものように、礼拝堂でミネバ様からのお言葉を賜りました。」
天界から人間界へ、ましては人間へ言葉を届けるのは、そう簡単なことではない。
そもそも、天界は人間界へ特別な介入をしてはならないからだ。
だが、サラとノアが生まれたことにより、2人に関しては例外が認められている。
半分人間の血が流れている2人は、父ミネバと太陽の女神アポロンの許しがあれば、人間界へ介入することを許されているのだ。
今回も、ノアからの連絡が絶ち、サラが人間界へ赴くことになった場合は、人間の協力が無くては成しえない事柄故、父ミネバが天界の礼拝堂から人間界のカールへと事情が説明出来たのだった。
「そしたら、今何処にノアがいるか知っている?」
必死な思いを声に出しながら、身を乗り出すと、カールは表情を暗くして首を横に振る。
「ミネバ様よりご神託があった後に調査を進めておりますが…。今のところ、ノア様の行方は掴めておりません。」
「…そう…。」
「そんなに上手くいくかな?」と言った、ユーマの言葉が頭に浮かぶ。
なるほど、そんなに簡単な事ではなかったようだ。
「ノアから届いた最後の手紙によると、この家で暫く世話になった後、人間の学校?に通うことになった、と聞いているわ。」
天界に置いてきた、ノアからの手紙を思い出しながら、サラは慎重に話を進める。
何度も読んだから覚えている、ノアからの最後の手紙。
そこには、『母様の手掛かりが見つかりそうだから、人間と一緒に学校へ通うことになった。』と綴られていたのだ。
学校というのは、読書好きのユーマから聞いたことがある。
人間が一人前になる前に、同年代の者たちを集めて、色々な知識を学ぶという学び舎だ。
「その通りです。ノア様は、先代当主がいた頃は、この屋敷で住まわれておりましたが、私が当主になってから、屋敷を出て旅に出たい仰いました。私は、ノア様の身の回りを整え、僭越ながら手助けをして参りましたが、少し前に王立魔法学園に入学させて欲しいとお手紙を頂いたのです。」
(…どうして、そこにお母様の手掛かりがあるのかしら。)
父ミネバに聞いても、母の事はあまり話したがらない。
嘘は付けない天界人だから、話せないことは隠すことしか出来ないのだろうが。
意思の疎通を重んじる天界人なのに、父はそこだけ頑なだった。
それでも、母を知りたいと言うノアを止めなかったのだから、絶対に秘密では無いのであろう。
口に出来ないほど、父にとって辛い思い出なら…。
「失礼ながら、サラ様。」
物思いに耽っているサラに、カールが遠慮がちに声をかけてくる。
「ノア様の入学手続きは済ませてあり、無事に入学されていると思います。その際、理由を伺ったのですが、お母君の面影を見つけるためだと仰っていました。…人間界へ来ることになったのも、お母君の事を知りたいからと仰っていたのですが…サラ様は、どうお考えですか?」
真っすぐに見つめてくるカーラの瞳は、確かに騎士だった。
心の奥底まで、問いかけられている様な感覚にさえなる。
「…お母様は、私たちを産んですぐ、亡くなったと聞いているわ。容姿も何もわからないの。でも、ずっと私とノアはお母様の面影を追っている。それは自分たちの為であり、父の為でもあると思ったから。」
小さいころから、母という者に憧れた。
サラとノアは二人で一人だったから、余計に気持ちが同調していたのかもしれない。
「…そうなのですね。」
「先に人間界へ来たのはノアだけれど、私もお母様のことは知りたいと思っている。」
「王立魔法学園は、この世界の魔力がある未成年の男女が集められる場所です。そこに、母君の何かしらの情報があるというのは不思議な話ですが…」
「それは、私も思っていた。お母様と何が関係しているのか。でも、今は、ノアを見つけることの方が先よ。」
「仰る通りですね。私も、ノア様とは入学の手配で文通したくらいですから、詳しいことは知りませんが、サラ様のことも出来る限りご支援させて頂きます。」
「本当に、ありがとう、カール」
「いえいえ、ミネバ様にはお返しできないくらいの多大な御恩がございますから。天界人というだけではく、少しでも手助けがしたいのですよ。」
その御恩の部分を、サラは知らされていないのだが、カールが自分たちに協力してくれていることは事実だ。人間界で彼が悪い立場にならないよう、自分も気を付けないといけない。
「では、サラ様。これから、どうされるご予定なのか伺っても宜しいですか」
「それは…もちろん。」
人間界へ来る前から考えていたことだ。ミネバにもしっかり話をしてある。
きっと、ユーマが心配していたのはこの事を知っていたからだろうが…ここで引くわけにはいかない。
サラは、人間界にきて一番生き生きとした表情で、大きな声を上げる。
「ノアが入学した、王立魔法学園に私も通うわ!!」




