3 瞳に映る人間界
サラが次に意識を覚醒させた時、薄暗い部屋の中に立っていることがわかった。
そこは、以前父親に連れられて来た時より、必ず最初に目に入る人間界の空間。
父ミネバが言うには、人間社会の貴族が住むお屋敷の地下室とのこと。
薄暗いのは地下のせいでもあったが、室内は物置のように埃が舞っていて、普段から人が出入りする場所では無いことがわかった。
(…灯りはどこだろう。)
出迎えを期待していた訳では無いが、ミネバから人間界へ娘を送ることは、ここの主に連絡している筈だ。灯りを点けて置く事くらいは、しておいて欲しかったと思ってしまうサラは、扉からわずかに漏れている光を頼りに、辺りを見渡す。
軽く一周見渡し、燭台が目に入ったサラは、傍のマッチに手を伸ばし…たところで、扉の方向からバタバタと足音が近づいて来るのに気が付いた。
「サラ様!遅くなり、申し訳ございません!」
バーンっと扉を開けて、廊下の光を背に現れたのは、少し青ざめた表情をした女性。
外見からして、人間でいう、16歳くらいの年齢だろうか。
長いフリルの黒スカートを身に纏い、白い清潔なエプロンをしている彼女は、鳶色の髪を後ろで一つにまとめている。
一瞬、藍色の瞳を細めたサラは、その存在を認めると、ほんの少し表情を和らげた。
「…こんにちは。あなたは、ここの使用人かしら?」
初対面の人間には、なるべく優しく接するのがサラの心情だ。
優しい笑顔を浮かべたサラが声をかけると、澄んだ茶色の瞳をした彼女は、ほんのり頬を赤らめた。
「は、はい!ホーエンヴァルト伯爵邸の専属メイド、ベルダでございます!」
少し慌てた様子の彼女を見ていると、表情がよく変わる、素直な人間だということがわかる。
一人で初めて来た人間界で、彼女のような人に会えたことに、サラは少なからずホッとした。
「私は、サラと申します。ここに、父の知人である、カールに会いに来たのだけれど。」
人間界の礼儀作法は、以前父に連れられてきた時に少し教わっている。
纏っているローブの裾を両手で少し持ち上げながら、膝を曲げると、丁寧な口調で名乗った。
すると、ほんのり頬を赤めていたベルダは、更に顔を赤めて勢いよくお辞儀をする。
「お、お、お会いできて光栄です!サラ様!この度は、お出迎えが遅くなり大変申し訳ございません!」
「いえ、それは構わないわ。」
何しろ、これからお世話になるのはこちらの方なのだ。
灯りは点けて置いて欲しいと思ったものの、出迎えは全く期待してなかった。
「いえ、旦那様より、サラ様は私たちが手の届かない所にお住まいなくらい、高貴な方だと伺ったので!しっかりとしたおもてなしが出来ず、面目ございません。」
そう言いながら、サラを外に促そうと扉を開けて待ち構えているベルダは、早くこの場から離れたいといった表情をしていた。
確かに、もう少し明るいところに行きたいと思ったサラは、苦笑いで廊下へと出る。
「ベルダ、私はそんなことで怒らないわ。」
「い、いえ。そのようなお美しいお姿…!こんな、備蓄倉庫にいたら、汚れてしまいます!」
どうやら、サラが何処から現れるかは、知らされていなかったようだ。
「次からはここも掃除しておかないと…」と呟いたベルダは、上へと続く階段へ案内する。
「えっと、ベルダは、カールに私のことを聞いたのよね?」
「はい!旦那様より、サラ様がご滞在中は私が身の回りの世話をするよう、仰せつかりました。」
「どこまで、私の事を知っている?」
階段を上りながら、ベルダを見上げると、ベルダは言い辛そうに少し目を伏せる。
「あの…私だけ、サラ様が天界より舞い降りた天使様だと聞いております。」
「いや、天使では無いわ」
思わず、被せる様に言ってしまったが、サラは天使では無い。
天使は、天界人に使える精霊のようなものだ。
この人間界では、ほぼ見ることは無いであろう存在。
彼らは、天界人には忠実だが、本質は精霊と同じなので、自由気ままな生命体だった。
きっぱり否定したサラに、驚いた様子のベルダは、急いで頭を下げる。
「も、申し訳ございません!私の認知不足で!」
「…良いのだけれど、その…そんなに頭を下げないで。」
「も、申し訳…あ、はい!承知いたしました!」
階段を全て上ると、目の前に広がるのは何処までも広がる緑。
それは、天界とは少し異なる…人の手入れが行き届いている庭であった。




