2 礼拝堂の奥で 天界
「サラ、こちらです。」
分厚い木の扉を開けた先には、礼拝堂を管理している天界人が待ち受けていた。
サラと同じ、白いローブを纏った管理者は、天界樹で作られた杖を右手に持ちながら、広間の中心に立っている。
サラは、一つ頷くと、にこやかとは言えない表情の管理者の前まで進んだ。
「ミネバとは、ちゃんと話したのですか?」
天界人は、意思の疎通を重んじている。
この管理者もサラと父ミネバの意思が繋がっているのかを気にしていた。
それに対して、煩わしいとは一切思わないサラは、笑顔を浮かべる。
「ぇえ、お父様とはちゃんと話したわ。私は、人間界でノアを探してくる。家族のことを想って降りたノアを、姉の私が見つけてあげないと。」
「…近所でかくれんぼ…とは訳が違いますよ。」
「わかってるわよ。でも、人間界なら何度かお父様に連れて行って貰った事もあるし。魔界に行くよりはマシよ。」
「…僕は、あなたのことが心配です、サラ」
そう言って、本当に心配そうな表情をした管理者が、溜息を零しながら俯く。
「あなたとノアは、生まれたときから知っています。この天界の在住者なら全員。
あなた方は、半分は人間の血を引いているから。」
サラは、聞きなれた台詞をゆっくり頭に反芻させる。
そう、サラとノアは天界人と人間の間に産まれた子供。天界人の高貴なる方々が認めているから、この世界で暮して行けたけれど、人間界では自分がどうなるかわからない。
生命の加護を受けられる器は持っているが、天界人よりも身体の作りは脆いのだ。
「でも、ノアは、それでも家族の為に人間界へ降りたわ。」
「あなたとノアは同じであって、違いますよ。」
「…それは、わかっているけど。」
昨日見た夢が蘇ってくる。
ノアが人間界に降りた日、サラは子供の癇癪を起しながら弟を引き留めたのだ。
自分より先に行ってしまう弟を呼び止めたくて、同時に何もできない自分が惨めで。
その時の光景が、夢に出てきたからこそ、サラは人間界に行くことを決意した。
(もう、何も行動を起こせなかったあの頃とは違う。)
「ユーマが心配してくれる気持ちは有難いけど、私は行く。もう、何もしないで守られているばかりの自分は嫌だから。」
あの時のノアと同じ台詞を言いながら、ジッと管理者…ユーマを見つめる。
すると、仕方ない子供を見つけたかのように、ユーマは溜息を零した。
「…良いでしょう。僕も、覚悟を決めて、あなたとの意思を繋げます。ただ、これから降りる人間界は、魔力が溢れています。私たち天界人は魔力が効きませんが、サラの身体はどうなのかわかりません。そこで、私の風の加護を分け与えましょう。これなら、何あったとき風に私の名を呼びかければ応えられますし、余分な魔力からあなたを守ってくれます。」
にこやかとは言えなかった表情を少しだけ和らげたユーマに、サラは満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう!!大好きよ、ユーマ!!持つものは、読書仲間ね!」
「いや、ここで読書は関係ないのですが…。まぁ、そういうことにしておきましょう。」
「ユーマが好きそうな本があったら、何冊か送るから!」
「それは、有難く頂戴します。」
いつもの調子が戻ってきたサラとユーマも、思っていた以上に緊張していたらしい。
お互いに先ほどより何処かすっきりした表情で、ゲートへの定位置につけた。
「あ、一つ聞いていい?」
「何でしょう」
「風の加護は、ノアについてる?」
自分につけてくれたのだから、ノアにももしかしたらつけてくれたのかも…と、淡い期待をしたサラだったが、難しい顔をしたユーマは首を横に振った。
「いえ、ノアは…何ていうか…。特に必要無かったので。」
「必要ない?どうして?」
純粋な疑問をそのままぶつけると、ユーマは少しだけ言いづらそうに…「だってノアは…」と小さな声で呟いた後、チラッとサラを伺った。
その態度に、少し思い当たる節があったサラは、ジト目でユーマに問いかける。
「私と、ノアで、どちらが心配かは、当然私のほう、って言いたいの?」
「…はい、その通りです。」
「ちょっと待って…。当時ノアはまだ子供だったのに…それよりも私は頼りないの…!?」
「天界人は、嘘がつけません。ですから、はいそうです、としか言えませんね。」
「突然、開き直らないでくれる…?」
天界人は、隠し事はできるが、嘘はつけない。
それは定められていること…というよりも、天界人の性質だった。
精霊に近い存在の天界人は、彼らのように根は素直で我が道を行く者が多い。
ユーマは、少し心配性なところはあるが、天界人であることは変わりなかった。
「と、いうことは。人間界で風の精霊を使って、ノアを呼びかけるのも無理ね…」
萎んでいく花のように、肩を小さくするサラは、どうやってノアを探すか、途方もない気持ちになった。
(大体の位置は、手紙で書いてあったからわかるけど…どうやって探せばいいんだろう。)
「風の精霊はノアのことを知っている筈だから、見つけたらサラに言うように頼んでおけば良いのでは無いですか?」
ユーマのあっけらかんとした言葉に、サラは勢いよく顔を上げる。
「それだ!!そうする!流石、風の天界人!恩に切ります!」
(その手があった!風の精霊は数が多いから、見つけるのも難しくない…!)
「あとは、人間界の知人に、ノアのこと聞けば…!意外にすんなり見つかるかもしれない!」
「…そう、上手くいくと良いですね…」
トーンを落としたユーマに目を向けると、「だから、サラは心配なんですよ…」と何やらぶつぶつ呟いていた。
(上手くいくかなんて、やってみないと分からない。可能性があるなら、少しでもやらないと…)
希望の光が見えてきたサラは、改めてユーマに向き合うと、「よろしくお願いします。」と真剣な声で瞳を閉じた。
「…わかりました。サラ、降りたら、テストも兼ねて一度僕に連絡するのですよ。」
「はい!ユーマ殿!」
「その無邪気に、僕たちは弱いですね…。」と苦笑いを漏らした後、ユーマは持っていた杖を頭上へ掲げた。
「太陽の女神、アポロンの血を引く天界人、サラ。風のご加護により、わが身心の道へと切り開け。」
ユーマの言葉を聞いて、サラは祈るように両手の掌を握りしめる。
「生命のご加護があらんことを」
「ゲート解放せよ!」
下から突き上げる真っ白な光に包まれたサラは、瞼を閉じたまま父の姿を思い浮かべた。
そこには、温かい太陽の笑顔を向ける父ミネバが、「精進なさい。我が娘」と背中を押すように手を振っていた。
「…行って参ります、お父様。」
足元の地面が激しい音とともに、切り開いていく。
完全な光に包まれた、サラはそのまま意識が遠くなっていくのを、別の自分が見ているような気持ちになった。




