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町を出てしばらく歩く。
街道と呼ぶには細いが、人が行き来するための道はしっかり残っていた。
西門から竜鱗森の伐採場までは、木材運搬のための道が続いている。
レインも何度も歩いたことのある道だった。
セレスは前方へ視線を向けながら言う。
「じゃあ決めた通りに、伐採場までは道沿い」
「伐採場からは私に任せて」
「分かりました」
レインは頷く。
森の外縁なら慣れている。
だが山まで向かうとなれば話は別だ。
見回りで入る範囲を遥かに超える。
辺境の町の子供は親からの教えで森へは入らないため獣道も知らない。
だからこそ、そこから先は旅慣れたセレスに従うつもりだった。
しばらく歩いてからレインが口を開く。
「もし魔物が出たらどうします?」
セレスが視線だけ向ける。
「戦わずに済むなら、それが一番ね」
あまりにも簡単に言った。
「危険性が高い相手」
「あるいは数が多い場合」
そう言って軽く本の背を叩く。
「そういう時は私が魔法を使う」
「今朝は、風の術を三つ記憶したわ」
レインは思わず目を瞬かせる。
「三つも?」
「状況に応じて使い分けるもの」
セレスは平然としていた。
「だから危険だと思ったら先に言うわ」
最後だけ少し冗談めいた口調だった。
レインは苦笑する。
「分かりました」
「その時は任せます」
「ええ」
セレスは頷く。
「でも戦わないで済むなら、その方がいいわ」
「倒せるんじゃないんですか」
「倒せることと、倒したいことは別よ」
レインは少しだけ目を瞬かせた。
兵士として育ったレインには、あまり聞いたことのない考え方だった。
危険なら倒す。
それが当たり前だと思っていた。
だがセレスの口調は本気だった。
「……そういうものですか」
「そういうものよ」
セレスは何でもないことのように答えた。
ーーーーーー
竜鱗森は、町の外から見ていた時よりもずっと深かった。
空を覆うように竜鱗木が生い茂り、枝葉の隙間から差し込む光が地面へまだらな影を落としている。
風が吹くたびに葉が擦れ合い、ざわりと低い音が森の奥へ広がった。
レインたちは予定通り街道を進み、昼前には伐採場へ辿り着いていた。
切り出された丸太が積み上げられ、作業小屋の周囲には木屑の匂いが漂っている。
ここまでは見慣れた景色だった。
だが、その先は違う。
森の奥へ続く細い踏み跡を見ながら、レインは無意識に背負い袋の肩紐を握り直した。
「ここからね」
セレスが立ち止まる。
そう言って街道を外れ、木々の間へ続く獣道へ足を向けた。
レインも頷き、その後に続く。
町へ続く道は、あっという間に木々の向こうへ消えていった。
セレスの後ろを歩き始めてしばらく経った頃だった。
レインはふと違和感を覚える。
森の中なのに、妙に歩きやすい。
足元の根は踏まずに済む場所へ続き、
行く手を遮る枝も不思議と身体へ触れない。
心なしか森の木々から背を押されている感覚もある。
最初は気のせいだと思った。
だが歩けば歩くほど、その違和感は強くなる。
低く伸びていた枝は頭上へ逃げるように揺れ、
茂みもわずかに左右へ開いているように見えた。
レインは前を歩くセレスへ視線を向ける。
「セレスさん」
「なに?」
「なんだか歩きやすくないですか」
セレスは少しだけ振り返る。
「そうね」
「術を使っているもの」
レインは思わず目を瞬かせた。
「魔法ですか?」
「ええ」
セレスは頷く。
「起動語はガイディングウィンド・マジック 」
「身体を直接軽くするものではないけれど、歩くのを助けてくれるわ」
レインは周囲を見回した。
言われてみれば、風は常に背中側から吹いている気がする。
強い風ではない。
だが荷物を背負った身体を、わずかに前へ押してくれている。
「こんなこともできるんですね」
レインは感心したように周囲を見回した。
背負い袋の重さは変わらないはずなのに、不思議と足取りが軽い。
セレスは少しだけ口元を緩めた。
「魔法に興味があるの?」
唐突な問いだった。
レインは少し考える。
「あります」
「というか、普通は気になります」
「俺の周りには使える人なんていませんし」
セレスは小さく頷いた。
「この辺りなら珍しいでしょうね」
「魔法は便利だけれど、学べる者は少ないわね」
「時間がかかるから?」
「それもあるけど、適性があるし――」
そこまで言いかけて、セレスが言葉を止めた。
レインは首を傾げる。
「どうしました?」
セレスは答えない。
代わりに耳を澄ませるように目を細めた。
森を渡る風がざわりと枝葉を揺らす。
先ほどまで一定だった風向きが、わずかに変わった気がした。
セレスはゆっくりと進路を変える。
「少し右へ行きましょう」
「え?」
「人がいるわ」
レインの表情が引き締まる。
とっさに剣帯へ手が伸びた。
この辺りで人間に会うことは少ない。
まして森の奥ならなおさらだ。
茂みの向こうで何かが動く。
ガサリ、と枝が鳴った。
レインが足を止めるのと、相手が姿を現すのはほぼ同時だった。
「……!」
緑がかった肌。
人間より一回り大きな身体。
手には狩猟用らしい槍。
若いオークだった。
オークもまた、レインたちの姿を見て目を見開く。
「人間……?」




