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セレスは驚かなかった。
「そう」
ただそれだけだった。
「明日の朝に術を使うわ」
「出発はそのあと」
「山へ向かうために必要なものを準備しておいて」
レインはこくりと頷いた。
医者への挨拶もそこそこに、治療室を飛び出す。
廊下を駆け抜け、そのまま備品管理室へ向かった。
父を助ける方法があるかもしれない。
その可能性だけで、足は自然と速くなる。
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備品管理室は詰所の奥にあった。
武器や防具、見回り用の道具が保管されている部屋だ。
壁には槍や剣が整然と掛けられ、棚には水袋や縄、携行食の箱が並んでいる。
普段なら見慣れた光景だった。
だが今のレインには、必要な物を探す場所にしか見えなかった。
扉を開けると、中では先輩兵士が帳簿をつけていた。
羽根ペンを走らせていた男が顔を上げる。
「レイン?」
いつもなら軽口の一つでも飛んでくる。
だが、レインの顔を見るなり表情が変わった。
「どうした」
レインは息を整えながら言った。
「装備を借りたいんです」
男が眉をひそめた。
「見回りか?」
レインは首を振る。
「親父の件です」
その一言で男の表情が変わった。
「トーマスさんのか」
「原因を調べに山へ行きます」
男はしばらく黙った。
「お前が?」
「はい」
短く答える。
自分でも無茶を言っている自覚はあった。
だが、それでも行かなければならない。
少し迷ってから続ける。
「エルフの旅人がいます」
「親父を診てくれた人です」
「その人と一緒に」
男は目を瞬かせた。
「……報告にあったエルフか」
レインは頷いた。
男は椅子にもたれ、短く息を吐く。
「トーマスには悪いが、俺たちにはこの町を守る仕事がある」
男はそう言って短く息を吐いた。
「本当なら人を付けたいところだが、今は手が足りん」
椅子から立ち上がり、棚の方へ向かう。
「準備をしよう」
「俺はここを離れられん」
「その代わり、お前に託す」
レインは力強く頷いた。
父はまだ助かるかもしれない。
セレスの言葉に確証はなかった。
それでも、治す方法があるかもしれないと言われたのだ。
原因を突き止めれば間に合うかもしれない。
今のレインには、それだけで十分だった。
「ありがとうございます」
そう言う声は、自分でも驚くほど前を向いていた。
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夕方になるころには、一通りの準備が終わっていた。
背負い袋には携行食と水袋。
腰には借り受けた剣。
見回りとは比べものにならない荷物の重さが肩にかかっている。
それでも不思議と嫌な重さではなかった。
レインは詰所を出ると、そのままダンカンの宿へ向かった。
西へ傾いた日が、山と町を赤く染めている。
普段と変わらない夕方の景色だった。
宿へ入ると、ちょうど客足の落ち着いた時間だった。
アイナは帳場の奥で何やら細かい作業をしていた。
色の付いた紐や小さな布切れが机の上に広がっている。
レインが入ってきたことに気付くと、慌てたようにそれらを手元へ引き寄せた。
「レイン!」
姿を見つけるなり声を上げた。
レインは背負い袋を軽く持ち上げる。
「明日の朝、山へ行く」
アイナの表情が固まった。
「セレスさんから聞いたけど……。本当に?」
「ああ」
短く答える。
「しばらく帰れないと思う」
その言葉に、アイナは何か言いかけて飲み込んだ。
代わりに視線を逸らし、小さく頷く。
その時、奥の厨房からダンカンが姿を見せた。
「準備は終わったか」
「はい」
ダンカンはレインの荷物を一通り眺める。
そして一度だけ頷いた。
「なら後は飯食ってけ」
ダンカンはそう言って厨房へ戻っていった。
レインは窓の外へ視線を向ける。
夕日に染まった山が、町の向こうに静かにそびえていた。




