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竜はまだ山にいる  作者: るるる


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4

「詰所まではすぐだ」

ダンカンは短く言った。

「俺は宿を離れられねぇ」

そう言ってから、レインの肩を軽く叩く。

「行ってこい」

レインは返事もそこそこに扉へ向かった。

「レイン」

後ろからダンカンの声が飛ぶ。

「落ち着け。走って転ぶな」

「……はい」


宿の扉を押し開ける。

冷たい風が頬に当たった。

レインはそのまま石畳を早足で進む。

普段なら見慣れている町並みが、妙に遠く感じた。


セレスは少しだけ考えるように目を細めた。

「仕事は?」

「兵士です」

レインは足を止めずに答える。

「親父は今朝も見回りに出ていた」

「どこまで?」

その問いに、レインはようやく少しだけ振り返った。

「竜鱗森の入口付近です」

「山までは行ってません」

そう付け加える。

町の兵士が許可なく奥へ入ることはない。

まして父は、そんな規則を破る人ではなかった。

「そう」

セレスはそれ以上聞かなかった。

その反応が、逆にレインの胸をざわつかせる。

何か気になることがあったのだろうか。

聞こうとして、やめた。

今は一刻でも早く父の顔を見たかった。


------


やがて石畳が途切れ、詰所の建物が見えてくる。

竜鱗木で組まれた二階建ての建物だった。

入口を開けると、見慣れた兵士たちの姿がある。

兵士たちはレインの表情を見るなり、何かを察したようだった。

いつもの軽口もなく、短く道を開ける。

レインは小さく会釈だけ返し、そのままセレスを連れて治療室へ向かった。

扉を開くと、薬草の匂いが鼻をついた。


寝台は三つ。

そのうちの一つに、レインの父、トーマスが横たわっていた。

「親父……」

思わず足が速くなる。

顔色は悪い。

だが息はしている。

胸が上下するのを見て、レインはようやく少しだけ息を吐いた。

その様子を見ていた医者が近づいてくる。

年配の男だった。


「トーマスがこんなふうに倒れるなんてな……」

医者の表情は晴れない。

「だが原因が分からん」

「熱もない。毒の反応も見当たらん」

「身体に傷もない」

医者は困ったように首を振った。

「問題は、このまま目を覚まさねば飯も水も摂れんことじゃ」

「丈夫で、病気もめったにせんかったトーマスだが……」

「このままでは七日も保たん」

レインは寝台へ視線を戻す。

昨日まで普通だった。

今朝だって――。

「実はな」

医者が続ける。

「トーマスだけじゃない」

レインが顔を上げた。

「……え?」

「昨晩、お前と組むはずだったあいつも、同じように倒れている」

その言葉に、レインは息を飲んだ。

「先輩も……?」

「ああ」

医者は頷いた。

「症状もほとんど同じじゃ」

部屋に沈黙が落ちる。

その間、セレスはトーマスの手首に触れたまま何かを考えていた。

「病気には見えないわ」

医者が眉をひそめる。

「では何だと言うんじゃ」

「断言はできない」

セレスは首を振った。

「ただ、魔法による影響に似ている」

部屋の空気が止まった。


魔法という言葉自体はもちろん知っている。

教会の本にも載っていた。

だが、それを実際に扱う者を見たことはなかった。


辺境の町で生きる者にとっては、剣や斧の方がよほど身近だ。


セレスは手首から手を離し、静かに顔を上げる。

「この町に魔法使いはいる?」

レインは首を横に振った。

「いません」


医者も腕を組む。

「魔法の学者なら王都にはおるのかもしれんがな」

「こんな辺境には縁のない話じゃ」

セレスは小さく頷いた。

「そうでしょうね」

「魔法は覚えれば使えるものじゃないもの」

レインが首を傾げる。

「違うんですか?」

「ええ」

セレスは当然のように答えた。

「魔法を学ぶ者は十二の頃から修練を始めるわ」

「そして一人前と呼ばれる頃には三十代の後半ね」

レインは思わず眉を上げた。

「そんなに?」

「剣を振るうより時間がかかるもの」

セレスは静かに言った。

その表情から、何か一つ考えがまとまったようにも見えた。


「私にも少し心得がある」

「明日の朝なら」


レインは一歩前に出た。

「治せるんですか」

「対抗術はあるわ」

セレスは正直に答えた。

「ただ、明日の朝なら準備ができる」


医者が腕を組む。

「今すぐは無理なのか」

「必要なものがあるの」

セレスは短く答えた。

「明日の朝なら可能ね」

そこで一度、トーマスへ視線を落とす。

「ただ、それだけでは終わらないと思う」

レインの表情が固くなる。

「どういうことですか」

セレスは窓の向こう――山のある方角を見た。

「もし私の考えが正しければ」

「原因は別の場所にある」

少し間を置く。

「山よ」

「だから術を試したあと、急いで向かわなければならないわ」

レインは拳を握った。

「原因を止めれば、親父は助かるんですか」

セレスは少しだけ考える。

「分からない」

正直な答えだった。

「でも、何もしないよりは可能性がある」


レインは寝台の父を見る。

昨日まで当たり前にいた背中。

剣の握り方を教えてくれた手。

何かとレインをからかう、おどけた声。

その全てが、今は動かない。


「……俺も行きます」






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