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竜はまだ山にいる  作者: るるる


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3/6

3

「よしっ」

アイナは嬉しそうに小さく拳を握ると、開いていた帳簿をぱたんと閉じた。

机の上を手早く片づけ、空いていた窓際の席へ回り込む。

「じゃ、私も混ざるね」

レインは小さく息を吐いた。

最初からそのつもりだっただろう、と思いながら、セレスの向かいの席へ腰を下ろす。

窓の外では、ダンカンが薪を割る乾いた音が、一定の間隔で響いていた。

昼の風に揺れた木々が、時折かすかに鳴る。

「えっと……改めて」

「レインです。昨日はどうも」

セレスはわずかにレインへ視線を向けた。

特徴的な長い耳が、ぴくりと小さく動いた気がした。

「昨日は助かったわ、いい宿ね」

そう言ってから、セレスは静かに名乗る。

「セレス。灰枝の森の者よ」

「森の名前?」

アイナが興味津々に身を乗り出した。

「ああ。どこの森の生まれかを名乗るのよ」

「アイナの場合なら、“竜鱗の森の者”でも伝わるでしょう」

アイナは「なるほど」と頷いた。

「じゃあ私も――」

「アイナです。竜鱗の森の者です!」

セレスはわずかに首を傾げた。

「……改めて名乗るものなのか?」

「ちょっとやってみたかったの」

アイナは悪びれもなく笑った。

「この町へは何をしに?」

辺境の町へ来る旅人の目的など、大抵は決まっている。

税を集めに来る役人か、竜鱗木の買い付け商人。

あるいは、山へ向かうための補給だ。

時折、“竜殺し”を夢見て山へ入る者もいる。

もっとも、戻ってきた者はいても、“竜を見た”と語った者はいないらしいが。

セレスは静かに茶を飲み、

「ドラゴンに会いに来たわ」

とだけ答えた。

外で薪を割る音だけが、しばらく食堂に響いた。

「……え?」

「ドラゴン……?」

聞き慣れない響きに、レインはわずかに眉を動かした。

山に住む“竜”を、そんなふうに呼ぶ者を初めて聞いた。

「……竜のことか?」

セレスは当たり前のように頷く。

「人はそう呼ぶわね」

それは言葉を訂正するというより、種族ごとの呼び方の違いを確認するような口調だった。

「ドラゴンから杖を貰いに行く予定よ」

とだけ答えた。

アイナが目を丸くする。

「……もらうの?」


“竜殺し”を名乗る旅人の話なら、宿屋で何度も聞いたことがある。

だが、竜から何かを貰うなど、レインには想像もつかなかった。

「ええ。貰えないかもしれないけれど」

セレスは静かに茶器を置いた。

「奪って手に入るものでもないから」

「会いに行くの」

その声音は静かだった。

だが、冗談や思いつきで話しているようには聞こえない。

レインは思わず、窓の向こうの山を思い浮かべていた。

竜が住む山までは竜鱗森を数日歩いた先にあるという。


「……会えるものなんですか」

思わずそう聞いていた。

“竜殺し”を口にして山へ入る者はいる。

だが、“会いに行く”と言った者は初めてだった。

セレスは不思議そうに小さく首を傾げた。

「言葉を話す種族でしょう?」

まるで当然のことを確認するような口調だった。

「言葉を話せる種族は七つあると言われているわ」

セレスは淡々と指を折った。

「エルフ、ドワーフ、ホビット、オーク、人間、ドラゴン――」

一度そこで区切る。

「そしてもう一つ」

「それが何と呼ばれていたかは、今では曖昧ね」

セレスは特に感情を込めずに続ける。

「ただ、七つあるということだけは知られているわ」

レインは一拍遅れて、小さく頷いた。

教本や詰所で聞いた話と、どこか噛み合わない感覚はあったが、それ以上の否定材料もない。

「……そういう扱いですね」


「話ができるなら、会いに行けるわ」

その言葉に迷いはなかった。

まるで地図の地名を確認するような、静かな確信だけがあった。

アイナがぱちぱちと瞬きをする。

「いや……そういう問題かな……?」

「人もエルフも、争う者ばかりではないでしょう」

セレスは静かに茶を飲んだ。

「ドラゴンも同じよ」


レインは少し間を置いてから、現実側に引き戻すように言った。

「ドラゴンのいる山って……普通、人は近づかない場所ですよ」

竜鱗木の伐採ですら、決められた範囲を外れれば命の保証はない。

それ以上の奥は、そもそも“戻ってきた者がいない領域”だ。

アイナも小さくうなずく。

「詰所でも、山の奥は立ち入り禁止って言われてるし……」

セレスはしばらく二人を見たあと、静かに言った。

そのとき、宿の裏口の扉が開く音がした。

「……おいおい、昼間から物騒な話してるな」

低い声とともに、ダンカンが顔を出した。

肩にはまだ木くずが残っている。

薪割りはひと段落ついたのか、戻ってきたのが分かる格好だった。

レインが振り向く。

「ダンカンさん」

ダンカンは軽く手を振りかけて――途中で止めた。

いつもの雑な動きにしては、少しだけ迷いが混じっている。

「……いや」

そう短く吐き出すと、顔つきが変わった。

「そんなことよりだ」

レインが言葉を飲み込む。

ダンカンは一歩近づき、低い声で続けた。

「詰所から連絡が来た」

「お前の親父が、倒れた」

一瞬、空気が止まった。

レインの表情が固まる。

「……今、なんて」

ダンカンは視線を逸らさずに続ける。

「意識はある。ただ、急に倒れたらしい」

「町の医者は診てる」

そこで一拍置く。

「だが念のためだ」

ダンカンはセレスへ視線を向けた。

「もし薬や病に関する知識があるなら、少し見ていただけないだろうか」

「無理にとは言わない。ただ、町の医者も診てはいるが……念のためだ」


セレスは一度だけ、レインとアイナ、ダンカンを順に見た。

そして静かに立ち上がる。

「場所へ案内して」

少し間を置いて、続ける。

「ここで話していても分からないわ」



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