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レインは昼近くまで眠った。
目を覚ました頃には、窓の外はすっかり明るくなっている。
山から吹き下ろす風は冷たいが、昼の日差しはまだわずかに暖かい。
朝、アイナが作ってくれた食事を腹に入れた途端、眠気に負けるように寝台へ倒れ込んだ記憶がある。
単独巡回の緊張は抜けていたが、足にはまだ少し疲れが残っていた。
「……昼からでいいなら、だったな」
小さく呟き、レインは顔を洗う。
朝に勤務を交代した父は、まだ詰所にいる時間だ。
家の中は静かで、時折山風が窓を鳴らす音だけが聞こえていた。
出かける前に、棚に置かれたランプを手に取った。
油はまだ半分ほど残っている。
山からの風が強くなる季節は、夜の灯りは欠かせない。
冬前にもう一度買い足した方が良さそうだ、と頭の片隅で考える。
外套を羽織って家を出ると、昼の町には木を削る音が響いていた。
竜の山の麓に広がるこの辺境では、木材が町の主な産業だ。
運搬前の丸太が道の脇に積まれ、風に混じって新しい木の匂いが流れてくる。
父の話では、この辺りで採れる“竜鱗木”は質が良く、町の外でも高く売れるらしい。
山風に晒されて育つせいか、冬でも狂いにくい木だと聞いたことがある。
レインは木の匂いが染みついた通りを抜け、 二本煙突の宿へ向かった。
——
二本煙突の宿へ近づくと、入口脇でダンカンが薪を割っていた。
太い腕を振り下ろすたび、乾いた音が昼の空気へ響く。
ダンカンはレインに気づくと、手を止めて軽く顎を上げた。
「おう。起きてきたか」
「さっき起きました」
「アイナなら中だ」
「朝からずっとそわそわしてるぞ」
レインは小さく苦笑した。
「……そんな気はしてました」
ダンカンは愉快そうに笑い、割った薪を抱え直した。
レインは軽く会釈して宿の扉を開けた。
——
宿の扉を開けると、昼時を過ぎた食堂には穏やかな空気が流れていた。
受付では、アイナが帳簿を開きながら何やら作業をしている。
レインに気づいた途端、隠しきれない笑みを浮かべた。
一方、窓際の席ではエルフ――セレスがちょうど食事を終えたところだった。
卓上には、綺麗に食べ終えられた皿が並んでいた。
静かに食器を置き、湯気の残る茶を一口飲む。
昨夜は冷たい印象ばかりが目についたが、今は少し違った。
窓から差し込む昼の光のせいか、肩の力が抜けて見える。
わずかに目を細める横顔は、思ったより穏やかだった。
他の客は見当たらない。
その様子を見て、アイナがさらに嬉しそうにしているあたり、食事でも気に入ったのだろう。
「レイン、来た来た」
声を潜める気もなく、アイナは手招きした。
レインは小さく息を吐きながら受付へ向かう。
「……あんまり騒ぐなよ」
「だってエルフだよ?」
「聞こえるって」
セレスはちらりとこちらを見たが、特に気を悪くした様子はない。
アイナは少し身を乗り出した。
「それで? 話聞くんでしょ?」
「いや、まず聞いていいか確認する」
レインはそう言ってから、窓際のセレスへ視線を向けた。
昨夜は巡回中だった。
だが今は、ただ話しかけに来ただけだ。
何を聞くかも決めないまま、レインは口を開いた。
「あー昨日ぶりです」
「少し話を聞いてもいいですか?」
「ええ、いいですよ」
それだけ言うと、セレスは再び茶に口をつけた。




