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第五章 慟哭の三日目 ⑤

「……まったく。世話が焼けるわね」

 

 僕はコテージの玄関で、仰向けになって息を切らしていた。

 腕を組んで僕を見下ろすのは、銀髪の少女――柊雨凛。


 僕は、間一髪のところで、彼女のコテージに滑り込んでことなきを得ていた。

 時刻が二〇時になる寸前、ふと現れた柊に連れられて、難を逃れたのだ。

 

「はぁ、はぁ……助かったよ、柊……」


 全身全霊で扉を引き続けたおかげで、呼吸が苦しい。

 アドレナリンがドバドバで気づかなかったけど、その反動で今は、ひどい倦怠感に襲われている。


『いやぁ〜なんとか死なずに済んでよかったねぇ、光輝クン。これでフェリスも、もう少し退屈せずに済むってものさ』

 

 フェリスも、僕について柊のコテージにまでやってきていた。

 他人の部屋でもお構いなしに、ベッドへダイブして寝転がっている。


「それにしても……こんな抜け道があったなんて」


 ゲーム開始前に赤川先生から説明された、門限についてのルール。


――二〇時〜翌六時は深夜時間です。必ずコテージの中にいてください。


 指定されたのは、「コテージの中にいること」だけ。「自分の」とは一言も言われていない。

 そもそも、これが許されていないと、現在僕のコテージにいる小野寺も失格だ。


 冷静に考えればわかったこと。

 だからこそ足利グループも、ターゲットを焦らせる為にギリギリの締め出しを画策していた。

 ……柊が寸前で気がついてくれなかったら、確実に死んでいた。


「カーテンを閉めようとしたら、偶然、何やら様子がおかしい神代くんが目に入ったのよ」

「本当に……ありがとう……」

「いいから、先にシャワーを浴びてくれるかしら? 汗臭い体であまり寝転ばないで欲しいわ」


 柊は長い銀髪を揺らして、電気ポッドのお湯を沸かしている。

 彼女は、シャワーより先に夕飯をすませるようだ。


「あ、ありがとう……じゃあ、先に借りるよ」


 言って、まだ震える足に鞭を入れる。脱衣所でジャージを脱ぎ捨てると、シャワー室へ。

 気持ち、甘い香りがする気がした。壁の小物入れには、僕が二日間使用したものとは違う種類のシャンプー類が格納されていた。きっと、彼女が初日に注文していた高級なものだろう。

 そこには、自分のものとは違う、ちょっとした生活感を覚えた。


「……あれ。よく考えれば、これって結構異常なことなのでは……」


 女子の部屋。夜。二人きり。シャワーを浴びる……。

 それ以上は考えないことにした。

 無心でさっさと体を洗い、さっさと体を拭いて脱衣所に出た。


 幸いなことに、ジャージは何着もある。

 どんな体型の生徒にも対応できるようにか、S・M・L全て揃っているのがすごく助かった。


「柊、お先に」


 着替えて部屋に戻ると、すでに彼女はカップ麺を啜っていた。

 しかも、同時に三つ。確かに、僕と一緒で昼食はとっていないけど、それにしたって食べ過ぎだと思う。


「ずずーっ。仕方ないから、神代くんにも一つあげるわよ。ずずーっ。夕飯まで抜くのは辛いでしょう。ずずーっ」


 柊はラーメンを吸い込みながら、部屋の隅で山になっているカップ麺を指さした。

 フェリスが大喜びで『太っ腹だね、愛してる!』などと宣っているが、無視した。


「いや、でも僕、これ以上ベルノを使うつもりはないからさ……」

「別にタダでいいわよ。ずずーっ。もうベルノの必要量は確定したし、私は特待生に興味はない。だから、一つや二つのカップ麺くらい、どうでもいいわ」


 言いながら彼女はカップ麺を一つ平らげ、二つ目に手を伸ばしている。

 なんだか、クールな柊の人間らしい一面を見た気がする。


「……ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えるよ」


 本当に、柊には助けられてばかりだ。

 僕は一番上に積まれていた、小さなバケツサイズのラーメンを手に取った。


「あ、それはダメよ。今日の夜食はそのギガ盛りジャンキー監修のモノと決めているの」

「まだ食べるの?」


 他のカップ麺を手に取り、かやくなどを入れてお湯を注ぐ。

 五分待つタイプのものだったらしく、じっと待つことにした。


 しばらく、柊がラーメンを啜る音だけが場を支配する。

 静かになると思い返してしまうのは、三日間の試験内容。


 柊には積極性を持てと叱責を受け、自分なりに奮起してみたものの、やっぱりダメ。

 僕は、一人では本当に何もできない。

 それどころか、自分の命一つすら守れない。

 柊と、たった数分離れただけでこのザマだ。


 ふと考えだすと、止まらなかった。

 坂道を転がっていくように、思考がどんどん暗い方向へ突き進んでいく。


「……落ち込んでいるわね」


 二つ目のラーメンを飲み干した柊が、囁くように言う。

 それだけで、目頭に押し留めた想いが引き摺り出されそうになる。


「……なんだか、情けなくてさ」


 口にすると、更に沈んでいくようだった。

 思い返せば思い返すほど、おんぶに抱っこでこの試験に臨んでいる。

 不合格によって失うものが誰よりも大きいはずなのに、目の前の少女に到底及ばない。

 どうして、僕は。

 命がかかっているのに、これだけの力しか出せないんだろう。


「入学して、一緒に戦ってくれる仲間を探すんじゃなかったの?」


 柊は、三つ目のラーメンを開封しながら、ついでといったように言う。

 どこか、見限るような声に聞こえた。


「……自信がないよ」


 カップ麺の蓋から、蒸気が漏れて消えていく。

 仮にこの試験を突破できたとして、明らかに能力の足りていない僕へ力を貸してくれる同級生なんているのだろうか。

 柊は、記憶を失う前の僕へ恩を返すために付き添ってくれている。

 そんなこと、そうそう起こるものじゃない。

 まさか、入学してかもずっと、柊に助けを求めるわけにもいかない。


 僕は、弱い。昔の僕だったらたくさんの協力者を作れたかもしれないけど――今の僕には、それは望めない。

 それに、僕は主席で卒業しないと、その時点で死亡だ。


 あぁ、なんで僕は記憶を失ってしまったんだろう。

 なんで僕は、こんなことをしているんだろう。

 もう、何もかもが嫌になってきた。


 一体、僕が何をしたって言うんだ。

 よくわからない組織に追い回され、無相応な高校への入学を強制され、それが叶わなければ死ねときた。


 どう考えても、こんなの、理不尽だ。

 僕は、ただの、中学生なのに。


 ――誰か、助けてよ。


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