闇の精霊・アラン
ネトコン11応募作品、一日一回、17時更新を目指します。
「ええ、と…色々聞きたい事は、あるんですけど…どうして、僕に?」
天児は少し恐怖が落ち着いてきたのか、闇の精霊と話をする余裕が出来てきたようだ。とはいえ、まだ指先や足には微かに震えが見られるのだが。その問いを聞いた闇の精霊は、ずいぶんと驚いた声を上げた。
「え、そこ?ああ、そうか、自分じゃ気づいていないんだね。あのね、はっきり言うけど君はものすご~く精霊に好かれてるんだよ?それこそ、ちょっと異常なくらいに、ね」
「そ、そんなに…ですか?」
「そんなにさ!僕は閉じ込められてると言ったけど、個としての自我を持っている分、他の精霊達よりちょっとだけ力があってね。外の事はある程度解るんだ。だから、君が危ない目に遭った時の事も知ってる。あの時、そりゃあもう他の精霊達は大騒ぎだったんだよ。この際だから言うけど、君、本当に危なかったんだよ?何せ、心臓を撃ち抜かれてたからね。死ぬよ、普通だったら。…君が助かったのは、水の精霊を始めとした多くの精霊達が君を助けようと努力したからさ。ここに放り込まれてからは、僕も結構手伝ったけどね」
ずいぶんあっさりと死の宣告をされてしまった。そう言われて冷静に思い出してみれば、確かに心臓の辺りを撃たれていたような気がする。闇の精霊の言葉通りなら、即死していなかったのが不思議なくらいだ。そして、その不思議は精霊達のおかげであるらしい。感謝してもしきれないが、どうやって応えればいいのだろう。
「言葉だけで十分だよ。元々精霊には物欲みたいなものはないんだ、君の心地良い心に触れさせて、ついでに魔力を分け与えてやれば、それだけで立派なお礼になるよ。…僕の場合は、もうちょっと具体的なお礼が欲しいけどね」
つまり、礼代わりにここから出る手伝いをしろと言いたいらしい。精霊に物欲はないと言っていたが、闇の精霊はずいぶんと俗っぽいようだ。恐怖心はまだあるが、名前とは裏腹に、悪の存在とは思えない。というか、今心を読まれなかったか?天児はそれにはたと気付いて、さっと血の気が引いた。
「言ったろう?ここは君の意識の中だ。僕はそこに溶け込んでる状態だからね、考えぐらいは読めるよ。で、どうかな?手伝ってくれる?」
「助けて貰ったお礼をするのは吝かじゃないんですけど…」
天児はそう呟いて口をつぐんだ。いくら助けて貰ったとはいえ、相手は得体の知れない存在である。そもそも闇の精霊は閉じ込められたと言っているが、もしかすると封印されているのかもしれない。だとしたら、それは何の為か?やはり闇の精霊というだけあって、実はとてつもなく厄介な存在だったという可能性もあるのだ。
そう考えながらも、天児の心のどこかでは、信じてみてもいいのではないかという思いもある。先程も感じたことだが、闇の精霊からは特に邪悪なものは感じられない。少し寂しがり屋で無邪気な子どものような、そんな感覚がする。
「まぁ、君がどうしても嫌なら別に構わないよ。その内また、ここに来る人間もいるだろうからね。普通の人間が僕の存在に耐えられるとは思えないけど…」
闇の精霊が、さらっとまた恐ろしい事を言う。きっと悪気はないのだろう、彼は精霊だけあって良くも悪くも純粋なのだ。我ながら単純だなと胸の内で苦笑しつつ、天児は覚悟を決めた。
「…解りました、手伝いますよ。でも、人を傷つけたり迷惑を掛けたりはしないで下さいね?それを約束してくれるなら協力します」
「え?いいの?僕が言うのもなんだけど、君ってずいぶんお人好しだね。人間には闇の精霊なんて信頼されないと思ってたよ。…ふふ、彼女と一緒だな」
手伝うと言ったのに、若干貶されたような気がする。やっぱり手伝わない方が良かっただろうか?だが、上機嫌に笑う闇の精霊の声を聞くと、天児は怒る気になれなかった。
「よし、それじゃ契約しよう。さっきの条件はちゃんと飲むよ、僕は元々人間を率先して傷つけようとは思ってないしね。それじゃ改めて、僕はアラン。君の名前は?」
「天児です、九鬼天児。よろしくお願いします」
「天児だね。うん、よろしく!」
名を交わし合うと、すっと二人の間に何かが繋がったような感覚を覚えた。リヴァイアサンに加護を貰った時と同じで、まるで、胸の奥にじんわりと温かいものが入ってきたような、そんな感覚だ。その感覚に浸っていると、一瞬、天児の頭の中に見た事もない金髪の女性の姿が浮かび上がって、すぐに消えた。アランの記憶だろうか?
「ところで、彼女って?」
「んー、友達かな。僕の一番大事な、ね。…待ってるだろうから、早く帰らないといけないんだよね。あ、そうそう人間を驚かせるくらいはいいかな?恐怖って、僕にとってはご飯みたいなものなんだけど」
「それは……えーと、程々に」
食事だと言われてしまうとダメだと言い辛いが、先程体感した恐怖は危険だ。心臓の弱い人間なら死んでしまってもおかしくない。思い出すとまだ少しゾクゾクする背中を震わせて、天児は言葉を濁した。
「さて、それじゃ契約も済んだことだし。そろそろ起きようか?契約してる間、僕はいつでも君の中にいるよ。まぁ、外に出るまでの間だけだけどね」
「起きるって…あ、そうか、ここは僕の」
「そ、君の心の中の風景だからね。現実じゃないんだ。あ、言っておくけど夜なのは僕のせいじゃないよ?これは、君の心が何かに縛られているからさ。僕には解らないけど、思い当たること、あるんじゃない?…ああ、でも一つだけ」
アランはそこまで言うと、天児の背中をそっと叩いた。強い怖気が、身体中に広がる。と、同時に、視線の先に見える正面の空に、月のように輝く光と半月のような光が現れた。それはどちらも大きく空に浮かんで、優しい光を湛えている。あれは、一体…
「ちょっと良くないものが君の心と体に引っ付いてたからね、抑えておいたよ。僕が離れるまでの間は心配いらないから。…それにしても、あれが君の心を支えてる光か、綺麗だね」
「はぁ…そう、なんですかね?でも、ありがとうございます」
「…さっきから思ってたけど、なんで敬語なの?僕らは契約を結んだんだから、そんなに畏まらなくてもいいよ。僕、見た目子どもだし」
姿が見えないのに子どもだと言われても困るのだが、声の感じは確かに子どものそれだ。ただ、アランは言葉の端々にあまり子どもとは思えない貫禄がある、なんというか、ちぐはぐなのだ。天児は自身の習性も相まって、どうしても畏まった話し方になってしまうのだった。
「ま、いっか。じゃあ、後は外でね。よろしく~!」
「よろしく…って、いや、どうやって起きれば…?」
ふっと、アランの気配が消え、一人取り残された天児は、しばらくそのまま、月のような二つの光を眺めて立ち尽くしていた。
コツコツと、石畳の上を歩く靴音が響く。暗闇の中、一人は少し足早に、もう一人は低いヒールを楽し気に躍らせながら離れて後をついていっている。
「全く…かび臭いな。閉じ込めておくには具合が良かったとはいえ、もう少し何とかならんものなのか!?」
先を歩きながら愚痴をこぼしているのは、ミッシェル王子である。ランタンを片手に足元を照らしつつ、匂いが気になるのか、口元を反対の手で覆いながら歩いていた。王城の地下、忘れられた特別地下牢に天児を放り込ませたのは他ならぬ彼なのだが、それでも自分が気乗りしないことには文句を言うのが、彼という人間であった。
「王子、大丈夫~?ごめんなさい、私の中の聖女の力が、覚醒するのが遅かったから…くすん」
明らかな泣き真似をしつつ、ヘルは王子に抱き着いた。マリアロイゼ以上に豊満な胸が王子の身体に押し当てられると、王子は鼻の下を伸ばし、デレデレとした顔を隠さずに、ヘルの頭を撫でた。
「何を言う。君が聖女として覚醒してくれたのは、俺にとっては最大の幸運だったのだ!誰も俺と君との婚姻に文句を言う者はいなくなったしな。ヘル、君はまさに俺の女神なんだよ」
臭い台詞を吐いて、そのまま王子はヘルにキスをしようと唇を尖らせた。カビとすえた匂いの中では、ムードもへったくれもあったものではないが、彼はそんな事を気にする人間ではない。ヘルは「ヤダぁ~!」と甘い声で軽く身を躱し、そのまま二人は鉄格子の前に到着した。
「む、着いたか…おい!起きろ中年男!」
「う…うう…こ、ここは…?」
鉄格子を蹴る音で目を覚ました天児は、自分が暗い牢獄の中に収容されている事に気付く。さっきまでいた草原はどこにもなく、心地良い濃密な草花の匂いは、悪臭に変わっていた。
「さっきのは、夢?…じゃないな。こういうことだったのか」
王子達に関心を寄せず、一人得心して呟く天児を見て、王子は自分が無視されてバカにされたと感じたらしい。癇癪を起して、さらに強く牢を蹴り飛ばしてみせた。
「貴様!俺をシカトするとはいい度胸だな!?聞いているのか!…って、痛ぇっ!!」
王子は思い切り蹴った鉄格子に足をぶつけ、あまりの痛みに悶絶している。当たり所が悪かったのか、彼はその場に座り込んでしまった。突然の出来事に動揺しつつ、天児は王子の後ろに立つ女…ヘルの歪んだ笑顔に、思わず息を呑むのであった。
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