表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界に聖女召喚(失敗)されたおじさん 婚約破棄された悪役令嬢と一緒に世界を救う旅に出ます  作者: 世界


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

98/125

おじさんと闇の精霊

ネトコン11応募作品、一日一回、17時更新を目指します。

 かび臭さとすえた匂いが混じり合っている。地下牢だけあって、換気など考えられていないのか、籠った空気はやけに冷たく感じられた。どこかで雨漏りでもしているのか、水滴が垂れて水溜まりに落ちる、ぴちょんぴちょんという音が、一定のリズムを刻んでいるようだ。

 

 王城の地下深く、その存在を誰もが忘れ去った特別地下牢の一番奥に、天児は寝かされていた。


 この特別地下牢がどういう目的の為に作られたのか、今となっては定かではない。ただ、この地下牢には生物が長く棲めないという恐ろしい特性があった。陽の当たらない地下だけに、衛生的にもよろしくない場所のはずだが、不思議とここにはネズミ一匹現れる事はない。それどころか、油虫のようなものさえもいないのだ。

 その特性故、この特別地下牢は忌まれ恐れられ、いつしかその存在を忘れ去られた呪われた牢獄と化した。ここに人が収容されるのは、数十…いや、百年単位振りになることだろう。


 蝋燭の火がわずかに牢内を照らしている。以前、天児が押し込められた地下牢は、魔道具によってある程度は牢内が照らされていたが、ここにはそんなものすらない。風の流れすら無い為に蝋燭は安定して火を灯しているが、その広さに対しては余りにか細い光のせいか、とても満足な灯りとは言えない。

 

 ベッドというにはあまりにも粗末すぎる朽ちかけた寝台の上で、天児は死んだように眠っている。その胸を矢で射抜かれたはずだが、傷痕はどこにもない。彼の胸元には、件の矢で貫かれた穴が開いているだけだ。しかし、意識は戻らずにいた。


 バハムートが待ち伏せで襲撃されてから、既に二日。あの時、矢に射られた天児は意識を失い、バハムートの背から転がり落ちた。本来なら、翼や背ビレにぶつかって止まってもおかしくなかったのだが、バハムートがブレスを吐く為に頭を上下し、体勢が大きく変わった瞬間だった事から、その場に立ち上がっていた天児は()()()()それらの隙間をすり抜ける形で落ちてしまった。


 それでも、落下した先は()()()()柔らかく、尖っていない樹木の枝葉であったことは幸運だったと言えるだろう。いくらバハムートが高度を落として飛んでいたとはいえ、それでも高層ビルの屋上などよりはるかに高い位置である。普通であれば助かるはずなど無い高さであった。だが、そちらは偶然ではなく、風の精霊が落下の速度や衝撃を緩めてくれたお陰なのだが、天児には知る由もない。

 

「うう…」


 呻く天児の傍らに、何者かの影が立っている。影はゆっくりと手をかざし、天児の頭を撫でるようにそっと触れた。



「ここは、どこだ?僕は…一体」


 ふと気づくと、天児は草原の中に立っていた。どこまでも続く草花は、風にたなびいて緑色の波を描いている。しかし、周囲は薄暗いせいで視界が悪く精々数メートル先くらいまでしか見通せない。空を見上げると、星こそないが、真っ暗な闇が頭上を覆っていて、今が夜なのだと知った。風に乗って植物と土の匂いが強く感じられるのは、雨が近い証拠かもしれない。


 そもそもここはどこなのだろう?天児が記憶を辿って見ても、こんな場所には結び付かない。バージニアを追われるようにして飛び去った後、どこかの森林地帯の上でワイバーン達の群れに乗った敵に待ち伏せされた、はずだ。そして…


「そうだ。僕は矢で撃たれて…」


 矢で撃たれて、それからどうなったのだったか。ゆっくりと冷静に頭を働かせると、その瞬間がコマ送りのようにフラッシュバックする。高速で飛来する矢が、天児の胸を貫き、全身の力が抜けていった。そして、そのまま…


「そうか、バハムートさんの背から落ちたんだった。…ってことは、ここは、もしかして」


 あの世、と言いかけて、言葉に詰まる。死を認識できない魂が幽霊になると、子どもの頃は盛んにやっていた心霊系TV番組で見た記憶がある。ぶるっと背中を震わせて、天児は自分がそうなってしまったのかと戦慄した。一方で、頬に当たる風の感触や音、強く感じる草花の匂い、数メートル先までではあるが見える視界など五感はしっかり機能している気がする。幽霊というのはこんなにも自我がはっきりしているものなのかと首を傾げたくなった。無論、自分が幽霊になった事などないし、そんな知人もいないのだから、そういうものだと言われれば納得するしかないのだが。


「安心していいよ、君はまだ死んでない。まぁ、ここは君の意識の中ではあるけどね」


 不意に背後から人の声がした。瞬間、全身を猛烈な怖気が走り、肌が粟立っていく。両足はがくがくと震え出し、冷や汗が止まらない。その内に、震えは身体全体に及び、ガチガチと歯を鳴らすほどになっていた。


 恐ろしい。ただその一言に尽きる。


 その声は明らかに小さな子供の声のようであり、本来、誰も恐怖を感じるようなものではないはずだ。だが、たった一言声を掛けられただけで、天児はこの有様である。動悸がして、もはや呼吸すらままならない。天児はパニックになりながらも、ひたすらに逃れられない死を感じ取っていた。


「ああ、怖いのか…ごめんね。やっぱり無理かな?君くらい精霊に愛されていれば、いけるかと思ったんだけど」


 声の主は、少し寂しそうに謝罪している。それを聞いた天児は恐怖に支配されながらも、それに負けまいと心に活を入れた。子供が寂しそうにしているのに何も出来ない大人でいたくはない。もうずいぶんと実の娘を一人にしてしまっているという罪悪感も相まって、放っておくことは出来そうになかった。


「ま、待って…落ち着くから…もう、少し…」


 天児は震える声を絞り出し、声の主と自分に言い聞かせる。自分が何に恐れを抱いているのかも定かではないが、負けたままでいたくはない。それに、この声の主に対して圧倒的な恐怖こそ感じるが、敵意は感じられないのだ。ならば、問題は己の心にあるのだろう。天児は深呼吸をして、どうにか心を落ち着かせようと考えていた。


「ああ、そのままでいいよ。君は僕の姿を見ない方がいい。きっと、()()()()()()()()()()()。それより僕の話を聞いてくれる?」


 優し気な口振りで、声の主は天児に語り掛けてくる。それだけで、いくらか天児の心を支配していた恐怖は薄れたような気がする。未だ寒気は止まらず、両足は震えて冷や汗も止まらないが、さっきよりはマシになった。さらに深呼吸を繰り返し、心を静めようと試みていると、声の主はゆっくりと話を始めた。


「君に解りやすいように言うと、僕は闇の精霊なんだ。生物のあらゆる恐怖が、僕の力となり、生きとし生けるものは皆、闇である僕を恐れる。君が僕を怖がるのも無理はないし、それが当たり前なんだよ。だからそこは気にしないでいいよ」


 天児は闇の精霊というものの存在を初めて聞いたが、風や水、土や火の精霊がいるのなら、それは当たり前の事だと思えた。恐怖をエネルギー源とし、生物が無条件に恐怖すると言うのは、たった今実感した通りのことだ。ただの子どもの声がどうしてこんなに恐ろしいのか、訳が解らなかったさっきより理解できれば恐怖もまたマシになってきた。


「君の心は凄いね、こんなに穏やかで静かな心は見た事がないよ。他の精霊達が君を気に入るのも解る気がするな。君は天性の精霊たらしってわけだ…僕も含めてね」


 天児はこの世界の人間ではないので、精神性がこの世界にいる他の人々とは違うのはある種、当然である。天児から見ても、この世界の人々は実にパワフルな性格をしていると感じるので、その差が大きいのかもしれない。精霊たらしと呼ばれるのは、少し納得がいかないところだが。


「僕は昔、ちょっとミスをしちゃってね。こんな所…と言っても、君は解らないか。君の身体がある場所のことなんだけど、そこに閉じ込められてしまったんだ。で、物は相談なんだけど、僕を外の世界に連れて行ってくれないかい?」


 あっけらかんと喋る闇の精霊の言葉は、恐ろしくもあり、また懐っこさを感じるものであった。天児がどう答えていいものか解らずに黙っていると、草花を揺らす一陣の風が、少し強く吹いて行った。

お読みいただきありがとうございました。

もし「面白い」「気に入った」「続きが読みたい」などありましたら

下記の★マークから、評価並びに感想など頂けますと幸いです。

宜しくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ