魔女が聖女で
ネトコン11応募作品、一日一回、17時更新を目指します。
暴風を身に纏い、バハムートは結界に開けた穴から飛び出していった。グングンと加速し、あっという間に山を二つほど飛び越えた所で、追手が来ていないことを確認する。そもそも敵はほとんどがワイバーンに騎乗した兵士達であり、本気で飛ぶバハムートに追い付けるものではない。唯一指揮官と思しき女騎士が乗っていたのはヘルカイトだったが、それでもバハムートほどのスピードは出せないはずだ。バハムートは一息吐いて、近くの湖の畔にゆっくりとその身を下ろした。
「ふぅ…全く、厄介な人間もいたものだ。初めから殺してもいいなら簡単なんだが…それはともかく、マリアロイゼ、テンジ。お前達一体どうしたのだ?」
そう声をかけてみるも、マリアロイゼは相変わらず俯いて口を閉じたままである。だが、そこにいるはずのもう一人、天児の姿が見えない。
「ん…?おい、テンジ、どこに隠れている?もう安全だぞ、出てこい」
まさか天児を振り落としてしまったと思っていないバハムートは、背中のどこかに天児が隠れているものと思い込んでいた。バハムートの背中には、身体を覆い隠すほどの巨大な翼や、体内の魔力を貯めて置いたり、循環させるときに使う背ビレのような突起がいくつかあるので、その間に隠れているのだろうと思っている。実際、今まで天児達がバハムートの背中にいたのは、翼と翼の間部分であり、バハムートが直立する時は、翼より少し下がった場所の背ビレを椅子代わりにしていた。
だが、そのどこにも天児の気配はない。
「まさか…!?」
バハムートは、大慌てで少女の姿に変身した。すると、空中から落ちてきたのは、放心状態で何も反応を見せないマリアロイゼとフレスヴェルグだけであった。すかさずどちらも片手でキャッチするが、やはり天児の姿はどこにも見当たらない。
「テンジがいない?落ちたのか…!?だが、何故だ?」
バハムートの背に展開されていた魔力の障壁は、外からは風や攻撃を遮断するが、中から外に出るのは問題ない造りになっているので、落ちる可能性はゼロではない。とはいえ、天児が自分から外に出るはずがない。そう、天児が矢で撃たれたことに気付かなかったバハムートは、酷く混乱していた。
バハムートは知るはずもないが、攻撃を指揮していた女騎士…テレーズは、作戦に当たって一つの武器を用意していた。それが、天児の胸を貫いたあの矢である。矢そのものに属性を付与して作られており、結界や魔力を素通りする性質を持たせたあの矢は、巨大な結界でバハムートの動きを封じる作戦を行うにあたって、最も重要なキーアイテムであった。もし、あれがバハムートの背に打ち込まれていたなら、それを楔として、より強力な封印魔法をバハムートの体内に直接送り込む作戦だったのである。そういう作戦に用いられる為の矢であったから、魔力の障壁をも素通りしてしまったのだ。
あの時、天児は一体だけ違う動きをみせるワイバーンを気にしてその場で立ち上がった為に、その矢を直接自分で受ける羽目になってしまったが、あれがなければ更なる追撃がバハムートを襲っていただろう。
「と…とにかく、助けに戻らねば!」
再び本来の姿に戻ったものの、肝心のマリアロイゼとフレスヴェルグは一向に反応をみせない。天児が居ない事にも気付いていないようで、ひたすらに俯いているだけだ。まるで心を閉ざしてしまったかのような姿に、バハムートは成す術もなく立ち尽くすしかできずにいた。
「おい!お前達…本当にどうしたのだ!?さっきから何故黙っている?!」
その時、マリアロイゼの身体がにわかに青い光に包まれて輝き出した。胸元には竜玉が現れて、そこからリヴァイアサンの声が響く。
「落ち着け、バハムート。何か異常が起きたようだが、一体どうした?」
「その声、リヴァイアサンか?そうか、加護を与えてやったと言っていたな。…どうもこうもない、マリアロイゼとフレスヴェルグの様子がおかしいのだ。さっきからずっと俯いたままでこちらの呼びかけにも全く反応しない。天児もそうだったが、アイツは…」
「ふむ。少し待て、調べてみる。これは……してやられたな。世界樹め、侵されたか」
「なに…?」
マリアロイゼの体内を調べたのか、リヴァイアサンが信じ難い言葉を口にする。バハムートはそれが理解できず、ただただ茫然とするのであった。
一方その頃、王都バースディル。
王城内部の謁見の間に、跪いて首を垂れるテレーズの姿があった。
先程、天児達が待ち伏せされていたのは王都からほど近い森の上だったようで、テレーズとその一団は、バハムートが飛び去った後、すぐに王都へ引き返していたのだ。
彼女の正面にはミッシェル王子が、玉座に収まってふんぞり返っている。足を組み、頬杖を突きながらテレーズの報告を聞いているが、彼はいかにも興味がなさそうだ。つい先日、世界樹の大森林で迷い果て、栄養失調と脱水症状で死にかけていた男とは思えない、ふてぶてしい態度である。
「…というわけで、マリアロイゼ様には逃げられてしまいました。申し訳ございません」
「ふーん。まぁいい、よくやった。あの男を捕まえたお前の働きには褒美をやらねばならんな。よし!お前の願い通り、マリアロイゼの罪一等を減じてやろう。また追って命を下す、それまでゆっくり休んでいるがいい」
「は!ありがとうございます!…しかし、王子、あの男は何者なのですか?異世界から召喚されたと聞いておりますが…」
「ふん、神聖なる聖女召喚を邪魔した男だ。あれでも名のある呪術の使い手かもしれんな。…お前も見ただろう?心臓を貫かれていたというのに死にもせず、瞬く間に傷が治っていくあの様を。奴が邪悪な力の持ち主であるのは明白だ、だからこそマリアロイゼも騙されてしまったんだろう。だが、安心しろ、もはやあの男は我らの手中にある。アレを処刑してしまえば、マリアロイゼは騙されていた事に気付いて帰ってくるさ」
「あの男…処刑出来るのでしょうか?」
「ふ、そこは任せておけ。知っての通り、ドロア男爵令嬢が世界樹により聖女としての力を与えられたのだ。彼女の力であれば、邪悪な呪術師の力など、立ちどころに消し去ってくれるだろう。だが、今ドロア男爵令嬢は聖女として目覚めたばかり…今しばらくの猶予が必要だろう。大船に乗ったつもりで待っていればいい」
「そうですね。…畏まりました、では、私は失礼致します。マリアロイゼ様がお戻りになられましたら、お伝えください」
テレーズは恭しく礼をして、謁見の間から出て行った。王子はふん、と鼻を鳴らし、テレーズの出て行った扉をつまらなそうに見つめている。
「全く、マリアロイゼマリアロイゼと、やかましい女だ。まぁ、アイツが逃げてくれたお陰で、テレーズとジャンを敵に回さずに済んだのは良かったがな」
ミッシェル王子がそう呟くと、玉座の陰から、一人の女性が子供のように顔を覗かせた。幼い顔立ちに狂気を宿らせたその瞳は、世界樹に徴を刻んだ、あの女性だ。トコトコと足音が聞こえるように歩き、王子の傍まで移動すると、玉座に座る王子の腕にしな垂れかかって猫なで声を出し始めている。
「ふふっ!王子、よくできました~だねっ。うんうん、テレーズちゃんもきっと解ってくれるよぉ~」
「ああっ、ヘル!そうだろう?俺は出来る男なんだ…!それなのに、マリアロイゼも他の連中も皆、俺を無能だと陰でコソコソと…君だけだ、俺を解ってくれるのは…!」
「そうだね~。王子は本当にやれば出来る子だねっ。私、そんな素敵なあなたに好きになってもらえて嬉しいなぁ、おかげで王女様にもなれるんだもの。ふふ、楽しみ~」
ヘル、と呼ばれた女性は破顔しながら、ミッシェル王子の頭を胸に抱き、そっと撫でた。王子はそれが心地よいのか、目を瞑ってヘルの胸に顔を埋めてヘルの身体を抱き締めている。王子が見る事の出来なくなったその陰で、ヘルの笑顔は醜悪に歪んでいった。
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