最後の公爵令嬢
ネトコン11応募作品、一日一回、17時更新を目指します。
「敵は伝説の覇龍バハムートだ!遠慮はいらん、全力で迎え撃て!」
朱いヘルカイトに乗った若い女騎士が大声で号令をかけると、無数のワイバーンに乗った他の騎士達がそれに応える。行く手を遮る飛龍の群れは、まるで一個の生き物のように、一糸乱れぬ動きを見せていた。
それらを確認したバハムートが速度を落として接敵を遅らせようとしたその時、周辺の地上から、隠れていた飛龍の集団が飛び立って、バハムート達の周りを覆い隠すように球形の陣を組んだ。同時に、それぞれが魔力を網のように広げて丸い結界を作り出す。網目状に展開した結界は、見た目には穴が開いているようだが、そこには高密度の魔力が張り巡らされていて、近寄ればかなりのダメージを受けるだろう。
また結界を作るワイバーン達の数は、少なく見積もっても三百はくだらないほどの数だ。これほどの数を用いて、これだけ広域に結界を展開する目的は不明だが、それだけ敵が本気であることが窺える。バハムートは舌打ちしつつ、この状況をどう乗り越えるかを考えていた。
「かかったか…!一~六十番まで、放てっ!」
バハムート達が結界に閉じ込められたことを確認して、ヘルカイトの上の女騎士が叫ぶ。すると、バハムートの右側下方向の結界から直接、炎魔法が放たれ、激しい爆発音を上げながらバハムートを直撃した。
「ぐっ!?け、結界から魔法だと!?」
結界の外から魔法が放たれたのではなく、結界そのものが魔法を撃ってきた事に、少なからずバハムートは動揺する。どうやら、外の術者達は、結界を通して攻撃魔法を発生させることが出来るらしい。つまり、バハムート達を取り囲むこの結界全てが、敵の魔法の圏内に入っているということになる。魔法の威力はそこそこだが、全周全方位から攻撃が来るとなると、気を抜くことは出来ない。敵はいつでも、背に乗っている天児達を狙い撃つ事が出来るということだからだ。
(こんな結界なぞ、俺のブレスで撃ち抜く事は容易いが…それでは術者の人間共を殺すことになる。みすみす魔女に瘴気をくれてやることになるだけか…!)
バハムートの放つブレスは、かつてカイネ山で放ったものもそうだが、相当な威力を誇る兵器のようなものだ。山を削り、死者の群れを容易く消し飛ばしたあの時も、天児達を殺さないようにある程度抑えて放ったものだった。当然、この結界を破るだけの力を込めれば、周囲で結界を張っている術者達はひとたまりもないだろう。もしも、女神の魂が瘴気と化しているのであれば、さらにこれ以上の瘴気を魔女に供給するのは危険な行為だ。本当にギリギリの瞬間まで、それは避けたいとバハムートは考えている。
「バハムートめ、反撃してこんのか?どうやら、よほどうまく手懐けたようだな。さすがはマリアロイゼ様だ。…だが、だからこそ放っておくわけにはいかん!続けて、八十番~九十番、百十番~百三十番まで、放てっ!」
女騎士はマリアロイゼの事をよく知っているようで、称賛するような口振りをしつつ、その瞳には強い決意をみなぎらせてさらなる号令をかけた。今度はバハムートの左側下方向から斜め上まで、さらに右側後方からも魔法が飛ぶ。バハムートは天児達に魔法が当らないように、身体の向きを調整し、その身を盾にしている。
「おい、お前達、いい加減に目を覚ませ!このままでは防ぎきれなくなるぞ!」
その後も続け様に魔法を受けながら、バハムートは二人に呼びかけた。だが、二人は揃って何かに委縮しているように身を寄せ合い、震えているだけだ。いつもとは全く違う二人の様子に苛立つも、バハムートは状況を打開する術が見つからずにいた。
(なんだ?テンジ達に一体何が起きている?!くそっ…こうも鬱陶しい攻撃が続くと考えがまとまらん!)
その攻撃はまさに絶妙で、思考の邪魔をするという意味では完璧なタイミングを計ってのものであった。威力がさほどでもないからと油断をしていると、目のような防御の薄い場所を的確に狙ってくるという執拗さだ。それでなくとも、バハムートは魔力によるシールドを天児達のいる背中に展開している。そこに意識を向けている中での妨害である、いくらバハムートと言えど、溜まったものではない。
そして、その苛つきと思考を散漫とさせる波状攻撃は、バハムートの警戒を殺ぐことに成功した。彼らが戦うそのさらに上空から、一匹のワイバーンに乗った弓兵が、狙いを定めていたのである。
「そろそろか…?」
女騎士は攻撃を指揮しつつ、バハムートが反撃に出る瞬間を待っていた。さすがに天児達を背に乗せたまま、あの魔力の網で出来た結界に、身体ごと突っ込む事はしないだろう。やるとすれば強力なブレスを使って結界に穴を開け、そこから突破するに違いない。女騎士はそう読んでいる。そして、反撃に出るその瞬間こそ、女騎士の狙う最も重要なタイミングであった。
(もうすぐです、マリアロイゼ様。…貴女を異世界から来たという男の魔の手から救い出す…!この私、テレーズ・オードランが!)
テレーズ・オードラン…彼女はこの国の六大公爵家の一つ、オードラン家の公爵令嬢であり、バーツを出発する際にアビーが警告していた人物である。テレーズは、マリアロイゼ達とは一歳下の公爵令嬢で、現六大公爵家の嫡男・令嬢達の間では末っ子のような存在であった。
嫡男・令嬢達の中心人物であり、リーダー的存在であったマリアロイゼに酷く心酔していて、これまでずっとジャンとは違う意味で彼女を追いかけてきた。マリアロイゼに狂気染みた執着をみせるその言動は、学園での生活当時から度々問題とされており、事あるごとにアビーやジャンと衝突することが多かった娘でもある。
眉の上で切り揃えられた前髪と、後ろは腰まで届く黒い長髪、やや大きめの丸眼鏡の奥には鋭く切れ長な瞳が印象的な女性だ。マリアロイゼを心酔するあまり、武家としての嗜みまで身に着け、その優秀な頭脳から、特に作戦指揮においてはマリアロイゼを凌駕すると噂された程の切れ者だ。
なお、現在、六大公爵家の内、ヴァレス家だけは今代の跡取りが居ない為、マリアロイゼ・アビー・フィナ・ジャン・テレーズの五名が同世代の公爵家嫡男と令嬢となっている。
彼女の駆るヘルカイトは、マリアロイゼに憧れるあまり自ら討伐して乗騎とした愛竜であり、彼女の武勇を示す有力な印でもあった。
「…ええい!うざったい人間共め!もう我慢ならん!」
絶え間なく続く攻撃に業を煮やして、バハムートが動き出す。背に天児達を乗せたままだが、全身の力を集めて強力なブレスを放とうと、身体中に魔力を循環させた。バチバチと火花を散らし、身体から背を通って迸る魔力によってか、それまで震えるだけだった天児が目を覚ました。
「あ、あれ?僕は、一体…バハムートさん!?」
状況が飲み込めない天児ではあったが、バハムートが攻撃態勢に入っている事はすぐに察する事が出来た。その間にも、様々な角度から魔法による攻撃が続いている。恐らく、ずっと自分達を護る為に耐えていてくれたのだろう。今もその隣では、マリアロイゼとフレスヴェルグが行動不能になっているが、怪我も無いようだ。
出来るだけ状況を確認しようと辺りを見回す中、天児の視界の隅に、取り囲む者達とは別の動きをする何かが見えた。
「あれは…?まさか!?」
咄嗟に立ち上がり、より確認しようとしたその瞬間、バハムートが口から青白く輝く光線のようなブレスを放つ。
「…今だ!弓兵、撃て!」
強烈な閃光と共に結界に穴が開き、光りの奔流が地平線まで走っていく。結界を作る術者達はその攻撃を予測していたのか、間一髪でそれを回避していくが、その合図を受けて上空から放たれた矢は、結界とバハムートの張った魔力のシールドをすり抜けて天児の胸を貫いていった。
「あ…」
一気に力が抜け、ぐらり、と天児の身体がよろける。同時に、バハムートはそれに気付かず、加速して結界を抜けるべく飛行を開始した。天児は咄嗟に手を伸ばして捕まろうとしたが、身体に力が入らず、俯いたままのフレスヴェルグとマリアロイゼは、その異状に気付かない。
そのまま振り落とされて落下していく天児の耳に、今は亡き妻の囁きが聞こえた気がした。
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