おじさん、怒る
ネトコン11応募作品、一日一回、17時更新を目指します。
天児は、その女から目が離せなかった。マリアロイゼのように美しいと思ったからではない。女の顔つきは幼いが、化粧はやけに主張が強く、背もそんなに高くないのに、出る所は出ている…ずいぶんとアンバランスな体型だ。一般的な男性は好むかもしれないが、天児の好みではないと言う事だろう。
それ以前に、その女の纏う気配は、どこかで出会った事があるような気がする。何よりも、じっとりと湿ったような笑顔が醜悪で得体が知れなかった。
逆に、その手前で蹲る男には見覚えがあった。蝋燭のか細い光でも解るほどに真っ赤な、燃えるような赤い髪。唐突に現れて突然怒り出し、また唐突に塞ぎ込む、この男は、間違いなく天児がこの世界に来て初めて出会った男、ミッシェル王子その人だ。つまり、バハムートに乗った天児達を待ち伏せしたのは、王家の者達だったのだと、天児が理解した。
「くそっ!どいつもこいつも、俺をバカにしやがって!」
しばらくの間、痛みに悶絶していた王子が再起動した。打ち捨てられたような牢獄でも、鉄格子は作りたてのように綺麗で頑健だ。そんなものを思い切り蹴れば、痛いのは当たり前である。マリアロイゼが言っていたように、この王子はあまり頭が良くないのかもしれないと、天児は少し憐れみを感じていた。
「なんだその眼は!?冴えない中年の姿で俺を謀りやがって!貴様が高名な呪術師だと解っていれば、マリアロイゼと同じ房になど入れなかったものを!…ふんっ、大体あの女もあの女だ。婚約者である俺に対しては指一本触れさせようとしなかった癖に、こんな情けない中年にあっさりと手籠めにされるとはな!これだから男に慣れていない女はダメなんだ。おい、中年!マリアロイゼをどんな手で堕としたのだ?アイツの身体は良かったか?どうせベッドの上でもつまらん反応しかしなかっただろうがな」
ゲスな笑みを浮かべ、王子は下品な物言いで天児に詰め寄った。こういう話は、天児が最も嫌う話だ。しかも、マリアロイゼを相当下に見た発言をされて、温厚な天児も、さすがにカチンときた。
「な、なんだって…?」
「聞こえなかったか?マリアロイゼを抱いたのかと言ったのだ。ああいう女は、一度ヤレばすぐに情が移って何でも言う事を聞くようになる。お前もそうしたんだろう?肌を見せるのは夫にだけだなどと言う、この牢のように頭の中は古くてカビ臭い女だからな。身体に蜘蛛の巣が張っていてもおかしくないな、ハハハハッ!」
「ふ…」
「ん?」
「ふざけるな!お前がロゼさんをバカにするのか?仮に貞淑であっても、それの何が悪いんだ!お前のその軽薄さと、何も考えていない言動が、彼女を追い詰めて苦しめてきたんだろう!?…彼女を侮辱するなんて許さない、取り消せ!」
天児の中で、ぶちっと何かが切れる音がした。こんなに激昂したことなど、これまでの人生で一度あるかないかだ。出会ってまだ一ヵ月足らずではあるが、天児はマリアロイゼがどういう人間なのか、よく解っている。天児から見たマリアロイゼは、誰よりも貴族としての務めを重んじる真面目で、優しい女性だ。
そんな彼女は、アビーの屋敷でフィナから聞いた話では、悪役令嬢と揶揄されていた過去もあるらしい。それらは全て、目の前にいる王子の後始末を買って出た事によるものだ。古い仕来りに縛られて王子と婚約させられても、黙って支えてくれていたというのに、そんな恩も知らずに彼女を侮辱する王子の言葉が、何よりも許せなかった。
「あ、な…なんだぁ!?ヒィィッ!」
天児の怒りをぶつけられ、王子は恐怖に顔を歪めて後ろに飛びあがって壁にぶつかり、意識を失い倒れ込んだ。ビクンビクンと痙攣しつつ、水溜まりに顔を突っ込んでいるが、さすがに死にはしないだろう。あまりの驚きっぷりに、天児は毒気を抜かれて呆然としている。天児は気付いていないのだが、彼の中には契約により、闇の精霊であるアランがいる。天児の怒りに触発されて、アランの力が漏れてしまっていたのだ。
「ンッフフ…王子ったら情けな~い。でも、そんな所も好きなんだけどね。ホントいい玩具」
後ろに立ってずっと様子を伺っていた女が、前に出て倒れた王子を見下ろす。その笑みには嗜虐心が溢れていて、情欲に塗れた本性が窺える。
「その声、やっぱり…!」
「声?私の声がどうかした~?おじさんに好かれても嬉しくないんだけどぉ。さっきのコワイ顔は、ちょっと好きだよ~」
女の媚びたような甘ったるい声に、天児は顔を顰めた。聞き間違いではないし、忘れるはずもない。その声は、バハムートの中で聞いた、魔女の声そのものだ。天児はそれに気付くと、一段と警戒心を増して、女を睨みつけた。
「きゃっ!怖~い。私を怖がらせるなんて凄いことだよぉ。おじさんってホントに凄い魔法使いなのかな~?」
えらく大袈裟に驚いたフリをしつつ、女は楽しそうに笑っている。その一挙手一投足に天児は嫌悪感が募って行った。
「お前が、魔女か…!」
「え?…ああ、もしかして、おじさんが聖女の力で散々邪魔してくれた人?ふ~ん、そっかぁ。あの女の大事な男だって聞いてたから、奪っちゃおうかと思ってたけど、そういう事ならおじさんなんかいらないや。どうせ、私の事を浄化しようとか思ってるんでしょ?」
天児の指摘を聞いた途端、さっきまでの媚びた声はどこへやら、女は天児に興味をなくしたようにそっぽを向いた。どうやら、マリアロイゼへの当てつけが目的だったらしい。彼女の名を口にした時、はっきりと憎悪の感情が透けて見えた。同時に、女はそこから数歩後ろに下がり王子の頭を踏みつけている。
「そうだよ、私が魔女…ヘル・ドロアだよ。よく解ったね?顔を合わせるのは初めてだと思うんだけど」
「その声…忘れるものか。バハムートさんだけじゃない。リヴァイアサンに瘴気をけしかけたのもお前だな?どれだけの人が犠牲になったと思っているんだ?!」
「へぇ…そんな事まで知ってるんだ?凄いね。でも、私だって知ってるよ。おじさんには特別な力があるんでしょ?離れた所のものに触れるんだっけ?…でも、ここまでは届かないみたいだね」
ニヤニヤと笑うヘルの顔は、恐ろしい程に歪んでいた。だが、何故ヘルがメートル・ゼロの事を知っているのかは天児には解らない。そもそも、天児が聖女のスキルを持った人間だと、どうして気付いたのだろう?考えてみれば、マリアロイゼが天児に惚れている事など一緒に旅をした仲間か、旅先で出会った人々しか知らないはずだ。妙な引っ掛かりを覚えた天児が黙っていると、ヘルは勝ち誇ったように笑ってみせた。
「アハハ!図星なんだー!ちょっと警戒してたけど、大したことないね?おじさん!ふふ、私こう見えてもおじさんとあの女には感謝してるんだよ。だって二人のおかげで、一番欲しかったものが手に入っちゃったからさ」
ヘルはテンションが上がったのか、踏みつけていた王子の頭をさらにグリグリと踏みにじった。どうやら、根っからのサディスト気質らしい。
「欲しかった、もの…?」
「そうだよ、探してたんでしょ?女神のた・ま・し・い」
一瞬で血の気が引いて行く。おかしい、天児達の目的をそこまで知っているのは本当にごく一部の人達だけだ。いや、それを手に入れたということは…
「私も今まで散々邪魔されてたから、ちょっと仕返ししてあげようと思っただけだったんだけどさー。まさか、あんなのを探してたなんてね…でも、お陰でその魂も私のモノになったんだから、ホント二人には感謝してるんだよ。女神の魂があんなに強い力を持ってるなんてね、フフフ」
ヘルの口振りからすると、あの夜の放火はヘルか、或いはヘルが何者かにやらせたということだろう。瘴気の魔女であるヘルが、その魂を手に入れたと言う事もさることながら、あの放火で亡くなったのはエリーゼだけではない。この女は、ただ仕返しがしたいというだけで、何人もの人の命を奪ったのだ。悪びれず語るその事実に、天児はただただ唖然として、言葉を無くしてしまうのだった。
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