最悪のシナリオ
ネトコン11応募作品、一日一回、17時更新を目指します。
「どうして、こんな…こんなことが…」
焼け落ちた建物の前でマリアロイゼと天児が呆然と立ち尽くしている。その横には、少女の姿をしたバハムートが、フレスヴェルグを肩に乗せつつしかめ面をしていた。せわしなく後処理に働く街の人々とは対照的に、彼らの時間は、まるで止まってしまったかのようだった。
ジャンから連絡が届いたのは、昨夜の事である。
夕食を終えて風呂に入り、寝支度を整えていた時間帯に、朝方に会ったトマがジャンからの報告を持ってやってきたのだ。
「夜分にすみません。ジャン様から報せを持って参りました」
「ああ、えっとトマさんでしたっけ。こんな時間までご苦労さまです。報せというのは?」
宿の一室で応対した天児に、トマはずいぶんと緊張した面持ちを見せていた。朝に会った時とは明らかに態度が違う、雲の上の存在と話をしようとしているような緊張っぷりだ。よく見ると、トマの身体がわずかに体が震えているのが解る。天児は嫌な予感がしつつ、まずは話を聞いてみる事にした。
「昼間、ジャン様にエリーゼという女性を探すように依頼されていたかと…その女性の居場所が確認できましたので、お伝えしに伺ったのです」
「え!?もうですか?」
それは余りにも早い報告であった。いくら街を治める領主といえど、数万の人間が暮らす中から、たった一人を見つけ出すのは楽な作業ではないだろう。ましてや、この世界には戸籍のように個人の身分を公的に証明するものがあるとは思えない。よしんば名簿のようなものがあったとしても、パソコンすらないのだ。通常の業務の傍らに紙の台帳のようなものから探すとなれば、かなりの時間が必要になるのではないかと、天児は思っていた。
それがわずか数時間で見つけたとなれば、天児が驚くのも無理はない。とはいえ、実の所は天児の思い違いである。戸籍とはいかないまでも、街の住民のリストはあるし、それらは魔法で管理されている。個人を検索し特定するだけなら、管理者の手さえ空いていれば、そう難しいことではないのだ。
「さすがに、貴方方は優秀ですわね。返す返すも本当に残念ですわ、どうして次の公爵がジャンなのかしら…」
天児の横で話を聞いていたマリアロイゼは、頭が痛いと言わんばかりの仕草で溜息を吐いている。なんでも、現領主であるバルテル候は非常に優秀な人間らしく、人材の育成には人一倍力を入れているという。元々、催眠や洗脳と言った、人に良く思われないスキルの持ち主である為だろうか。ジャンは幼い頃の一件から、家族に疎まれていたというが、実際にはバルテル候は彼を嫌ったり疎んでいたわけではなかった。むしろ、次代の公爵となるジャンの為に優秀な人材を集め、彼を抜かりなく補佐するよう教育してきた結果が、現在に活かされているのだろう。
恐らくバルテル候はジャンを疎んでいたのではなく、彼の行動に責任を感じ、一歩引いていたに違いない。ジャンの兄の件は、彼の生まれ持ったスキルがあれ程強力だと気付いていれば防げたことだったのだから。その証拠に、ジャンはマリアロイゼに出会ったあと若干歪みはしたが、悪の道に走る事なく成長した。これは、バルテル候や他の家族が、ジャンに愛情をもって接していたからであろう。ジャンは自分で思う程、不幸ではなかったのだ。
「ジャン様とて、決して悪い人間ではないのです。少し自意識過剰で傲慢でセンスがおかしい所はありますが…」
「う、うーん…」
何ともコメントに困る人物評だ。ただ、概ね間違っていないのだというのは、僅かな付き合いの天児からもよく解るので、余計に言い辛いものがある。下手な事を言う訳にも行かず、天児は言葉を濁すことしかできなかった。
その後、トマはエリーゼの住所を伝えて帰っていった。場所的には、今泊っている海猫亭から少し離れた住宅街の外れのようで、一人暮らしをしているらしい。まだ天児が聞き込みに行っていない場所だ、見つからないのも当然である。
「今日はもう遅いですし、明日の朝に出向いてみましょうか」
「そうですわね、お年寄りは朝も夜も早いと言いますから、それがいいと思いますわ。正直、私も少し疲れておりますので…」
そう、マリアロイゼは夜通しホーンギャロップ達と戦った後である。若く体力もある彼女は、普段なら一晩くらいの徹夜は気にしないのだが、あれだけの大立ち回りをした後となると、さすがに疲れを見せていた。朝食べた天児の手料理に加え、昼からは海猫亭の主人が朝食を出せなかった詫びにとスペシャルメニューと題された料理を食べさせてくれたので、栄養面と気力は充実しているが、疲労による眠気はどうしようもないだろう。
そうして、早めに就寝した天児達であったが、街全体が眠りに就いた深夜未明に、件の火事が起こったのであった。
天児とバハムートが先に海猫亭に戻ると、しばらくして、詳細な情報を手に入れたマリアロイゼも戻ってきた。その表情は暗く、悲痛な胸の内が見ただけで解るほど憔悴している。
「…収容されたご遺体の中に、エリーゼさんと思しき女性のものがあったようですわ。現在、確認作業が行われておりますが、ほぼ間違いないものと聞かされました」
「そう、ですか…どうしてこんなことに…」
マリアロイゼと同様に、天児もかなり落ち込んでいた。話によると、エリーゼは晩年足を悪くしていたようで、一人暮らしだったこともあって、火災から逃れられなかったのではということらしい。やりきれない結末を前に、二人は大きく打ちのめされている。一方、黙って話を聞いていたバハムートが、驚くべきことを口にし始めた。
「しかし、解せんな。ちょうど我々がエリーゼという人間を見つけたその夜に放火だと…そんな偶然があるものか?」
「バハムート様、それは聞き捨てなりませんわ。どういう意味ですの?…まさか、エリーゼさんを狙った犯行だとでも?」
「そう考えるのが自然じゃないのか?失火ならまだしも、放火なのだろう?それも、我々が接触する直前だ。何者かの意志が介在していると見るべきだ」
「そんな!?一体誰がそんな事をすると言うんです?私達がエリーゼさんを探している事など、そう多くの人間が知っているわけではないのですよ!」
マリアロイゼは抗議しているが、バハムートの考えを否定しきれるものでもなかった。マリアロイゼの言う通り、天児達がエリーゼを探しているのは、たくさんの人間が知っていることではない。天児が聞き込みをして回ったとはいえ、話を聞けたのはごく僅かだ。それをたまたま知った放火犯が、天児達への嫌がらせに放火をするというのは考えにくい。
だが、同時に、放火が起こるタイミングが出来過ぎているというのも事実である。今の時点では状況証拠に過ぎないが、疑う余地は十分にある事件であった。そして、天児は二人の会話を聞きながら、犯人の事よりもさらに恐ろしい事に思い至っていた。もし、これが天児の思いついた仮説通りなら、最悪な事態を招くだろう。
「…もし、仮に犯人の狙いがエリーゼさんだったとして、エリーゼさん、いえ女神の魂はどうなるんでしょう?」
天児のその一言に、マリアロイゼとバハムートは愕然としながらも、天児の言いたい事がすぐに理解できたようだ。苦々しさと想像した恐怖を滲ませながら、バハムートは吐き捨てるように答えた。
「女神の魂は転生のシステムに組み込まれていた。…であれば、殺害されたアイツの魂は、瘴気へと変わるだろうな」
それはまさに最悪の事態を予想したものである。それぞれの脳裏に、魔女の高笑いが聞こえるようであった。
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