決着
ネトコン11応募作品、一日一回、17時更新を目指します。
「何と巨きな…フレスヴェルグよりも巨体ですわね。どうやら、貴方が群れのリーダーというところかしら?」
マリアロイゼの前に現れたのは、優に十二~三メートルはあろうかという、巨大なホーンギャロップであった。今までに倒したホーンギャロップ達は精々七~八メートルといった所だったが、この個体はそれを大きく上回っている。しかも、他の個体とは違って、大きな角が四本も生えていた。額から縦に長さの違う角が二本、顔の両脇に同じ角が一本ずつという奇怪な出で立ちだ。
黒光りするその身体には、全体に白い隈取が入っており、全身の筋肉が激しく脈動しているのが、見て解るほどだった。
「ゴルルルルル…!」
その重低音のいななきは、ビリビリと空気を震わせ、周囲の生き物達全てを恐怖の底に陥れた。危険を察知して飛んでいく鳥だけでなく、じっと様子を伺っていた小動物達までもが、一斉に我先にと逃げ出していく。本来であれば美しく夜を彩るはずの、虫たちの鳴き声さえも消え去って、向かい合う一人と一頭の呼吸音だけが、かろうじて静寂を崩している。
「てぇいっ!」
真っ先に動いたのはマリアロイゼだった。翼に強力な魔力を蓄えて、爆発するかのように一気に駆け出し、ホーンギャロップの右前足を狙って強力な飛び蹴りを放つ。馬に限った話ではないのだが、大型の四足歩行生物は、足が行動の要であり、生活の基本である。機動力のある生き物であればあるほど、脚部へのダメージは生死に直結する大怪我に繋がるものだ。特にこのような巨体で、かつ、高速で移動するのが武器であるホーンギャロップの足を壊す事は、確実に勝利へ結びつく。マリアロイゼの狙いは、まさに正確無比な一手と言えた。
「くっ!硬い…っ?!」
ホーンギャロップの関節部分を狙った一撃は、まるで鋼鉄同士がぶつかったような音を立てて弾かれた。今のマリアロイゼの蹴りを弾くとは、恐ろしい頑強さである。弾かれたマリアロイゼは、そのまま後方に飛んで距離を取ろうとするが、ホーンギャロップはその隙を見逃さなかった。瞬時に距離を詰め、マリアロイゼを跳ね飛ばそうと突進してくる。
「ふっ!」
マリアロイゼもまた、すぐに敵の行動を予測して咄嗟に空中へと身を翻した。ドレスのスカートを鋭い角が掠めたものの、ダメージはない。だが、後一瞬遅ければ角がドレスを巻き込んで、避けられずに直撃を受けていただろう。あの巨体があの速度でぶつかってくるのだ、まともに当たれば、ひとたまりもない。
巨体だけあってすぐにはUターンできず、大きく回り込むようにして走り、再びホーンギャロップはマリアロイゼの正面に立った。マリアロイゼはそれを追って背後を狙う事も出来たはずだが、それはしない。馬型のモンスターに背後から攻撃するのは悪手であるからだ。なにしろ彼らの後ろ足の蹴りは繰り出す攻撃の中でも最大の威力を持っている。正面からぶつかるのも得策ではないが、背後はもっとも警戒せねばならない位置だろう。体格差があるので、低い位置にいれば蹴りは避けられても、走る足に巻き込まれるだけで相当の危険が伴うはずだ。
(攻め手としてベストなのは側面ですわね…足があれだけ硬いとなると、出来れば骨のない部分を狙うべきかしら)
とはいえ、翼で自由に飛び回る事が出来、ホーンギャロップ最大の武器とも言える機動力すら上回れるマリアロイゼには、未だピンチという状況でもない。冷静に弱点を探しつつ、次の一手を考える余裕はあった…この時までは。
「ゴルルルッ…ガァッ!!」
「ホーンギャロップが、魔法を…っ?!」
一際大きないななきが響くと、突如として周囲に無数の風の刃が発生する。マリアロイゼを単独で狙ったものではなく、周辺一面を覆い尽くすほどの広範囲を巻き込んだ、烈風の結界だ。さすがのマリアロイゼもそれから逃げ切る事は出来ず、空中で身を屈めて耐え凌ぐ事しか出来なかった。
この世界の一般的なモンスターの中でも、魔法を扱える種族や個体はそう多くない。大概のモンスター達は、それほどの魔力を持ち合わせていないか、外に放出するのではなく、本能的にその肉体を強化する方向に使うのが主流だからだ。そもそも、天児が何度か魔力切れを起こした事からも解るように、自然界で魔力を使いきるような行為は、命を危険に晒す行為である。いかにモンスターと言えども、生物としての基本的な制約から逃れることは出来ないのだ。
それ故に、マリアロイゼは完全に虚を突かれた。元々、ホーンギャロップが魔法を扱うなどという話は聞いた事がない。確かに、彼らの角には魔力が蓄えられていて、その角は霊験あらたかなお守りになると言われてはいたが、まさか魔法を使うほどに潤沢なものだとは想像もしていなかった。
「くぅ…翼が!」
目や太い血管、筋や腱など、身体の重要な部分を庇ったお陰でダメージは少なかったが、代償として剥き出しの翼に大きな損傷を受けてしまった。マリアロイゼの翼は宙に浮く為の魔力を放ち、また空を飛ぶ際にバランスを取ったりと、空中での活動に大きな役割を持った部位だ。滑空する時に風を受ける事も出来るが、それらは全て翼が十全な状態を保てて、初めて成り立つものである。これではとても飛んでいる事など出来ず、マリアロイゼはその場に着地せざるを得なかった。
「はっ!?」
それとほぼ同時に、月明かりを遮る巨大な影が、自らに降り注いでくるのを感じた。空を見上げれば、ホーンギャロップの巨体が宙を飛び、マリアロイゼを押し潰そうと隕石のように落下してきている。翼を封じられたマリアロイゼには、とても素早く身を躱す事など出来ず、彼女の身体の倍以上はあろうかという大きな蹄に、マリアロイゼは成す術もなく飲み込まれた。
鈍い轟音が響き、山間にこだまする。その衝撃で地面は陥没して、マリアロイゼの立っていた場所には小規模なクレーターが出来ていた。ホーンギャロップも、確実にマリアロイゼを仕留めたと確信しているのだろう。満足気に鼻を鳴らして、笑うような低いいななきを響かせている。
しかし、マリアロイゼは死んではいなかった。両の膝下数センチまでを地面にめり込ませながらも、押し潰される事なく両手で蹄を受け止め、押し返そうとしている。その全身から眩い程に紺碧のオーラを放ち、胸元にはリヴァイアサンから受け取った、竜玉が顔を覗かせていた。
「リヴァイアサンさん、ご助力ありがとうございます…!お陰で潰されずに済みましたわ」
『ふむ、お前達が力を使う時は、竜玉を通して我も見ているのでな、状況はすぐ解るが…お前はもう少し我を頼れ。何の為に加護をくれてやったと思っているのだ?しかしまぁ、お前達はまたぞろ厄介な事に首を突っ込んでおるようだな。相手は変異種か、中々強力だ』
ぐぐぐ…と力を込めて、マリアロイゼは蹄を持ち上げていく。これにはホーンギャロップも何が起きたのか解らずに、信じられないと言った表情で呆然とその様を見つめていた。
「ぬぅぅぅ…!ああああああっ!」
腹の底から声を出しつつ、沸き立つ渾身の力を込めて蹄を持ち上げる。竜玉を通してリヴァイアサンの魔力が注ぎ込まれ、その重量に軋む身体への負担はほとんど無くなっている。血が滴り、ボロボロだった翼はみるみるうちに修復されて、あっという間に元通りの美しい翼に生まれ変わった。リヴァイアサンの魔力は水の精霊の力と同じものであり、特に回復能力に優れた力だ。天児の足の傷を癒したのもそれである。
それにより、本来は肉体への負荷を恐れて自らの力を制限するはずの、所謂、肉体のリミッターも完全に取り払われていた。今のマリアロイゼは限界以上の力を遺憾なく発揮できる状態にある。
「ゴルルルル!」
異状を察知したホーンギャロップがその足に体重をかけて、今度こそマリアロイゼを押し潰そうとするも、勢いに乗ったマリアロイゼの力はそれをあっさりと押し返してみせた。急に足を持ち上げられ、力の向きをずらされたことで、ホーンギャロップは体勢を崩しその大きな顎がガラ空きになった。
「はぁぁぁぁぁっっ!!」
すかさずマリアロイゼは勢いをつけて飛びあがり、強烈なアッパーを喰らわせる。ホーンギャロップは頭だけで彼女の全身ほどの大きさがあるが、さすがに無防備な下方向からの強烈な打撃は相当な衝撃があったようだ。何本もの歯が砕け折れ、口中から飛んでいく。そのまま少し距離を取って空中に留まり、さらなる追撃に入ろうとするマリアロイゼに向かい、ホーンギャロップはその角を突き立てるべく突進してきた。
「くっ!んんんんんんんっ…!っせぃ!!」
咄嗟に体を捻り、串刺しになるのを避けたマリアロイゼは、返す刀で角を脇に抱え込み、角を支点にして後方へ投げ落とす。全身の筋肉や骨がバキバキと音を立てているが、リヴァイアサンの加護と魔力により、痛みは感じられず、ダメージも瞬時に再生していった。片や、投げられたホーンギャロップの巨体は、地響きのような轟音を立てて大地に沈み、支点となった太い角は根元からぽっきりと折れた。
それでも起き上がろうとするホーンギャロップ。だが、巨体だけに投げられたダメージは大きく、立ち上がるのも難しそうだった。
「これで…終わりですわ!」
へし折ったその角を巨大な槍にして、マリアロイゼは渾身の力で突貫する。狙うは眼球、頭部で最も脆い場所だ。硬い頭蓋骨もなく、脳に近いその場所は、どんな生き物であっても急所と言えるだろう。通常であれば小さくて狙いにくいものだが、ホーンギャロップは巨体だけあって眼も大きく、難しいものではない。
「グオオオオオオオオンッ!!」
自らの角を深々とその眼に突き立てられ、断末魔の叫びを上げて、ホーンギャロップは息絶えた。その叫びはバージニアの街まで届き、住民達は眠れぬ夜を過ごしたという。
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