勝負開始
ネトコン11応募作品、一日一回、17時更新を目指します。
ジャンが不思議なポーズと共に高らかに言い放った後、辺りは一気に静寂に包まれた。本来ならば、倒れている部下達が賑やかしてくれるのだろうが、肝心の彼らはマリアロイゼの殺気にあてられて、完全にダウンしている。外で鳴く、ウミネコっぽい鳥の鳴き声だけが、室内に響いていた。
「お、おい!お前ら、いつまで寝ているのだ!起きろっ!」
格好がつかなかったせいか、ジャンは部下達を突っつきながら起こそうとしている。彼にも一応、羞恥心というものはあるらしい。かなり間抜けな光景を目の当たりにして、さすがのマリアロイゼも毒気を抜かれたのか、先程まで全開だった恐ろしいまでの殺気は鳴りを潜めているようだった。しかし、モンスターを狩る事を勝負にするとは予想外であった。どうやらそのモンスターは相当な数がいて、困っているのは間違いないのだろう。でなければ勝負にならない。
「はぁ…それで、何と言うモンスターを倒せばいいんですの?この辺りは確か…巨大梟か、蛮虎が有名だったと記憶していますが…」
さすがはマリアロイゼ、地域毎に有名なモンスターまで覚えているようだ。考えてみれば、彼女は王子と結婚すれば、王子が次の国王となった後に、この国の妃となるはずだった女性だ。当然、職務として国内の事情に精通している必要があった。特に現王子であるミッシェル王子は、マリアロイゼだけでなく、アビーやフィナすらも認めるバカ王子である。学生時代から既にその尻拭いに奔走していたマリアロイゼの双肩には、将来を考えて、とてつもない責任と重圧がのしかかっていたに違いない。その為に、彼女は多くの努力をした。それによって、豊富な知識を得たのだろう。
マリアロイゼの挙げたどちらのモンスターについても天児は知識がないが、名前からある程度の想像はつく。少なくとも今までに出会ったモンスター達も、その名と、天児が元々いた世界の動物に共通点があった。となると、梟よりは虎の方が厄介そうだ。だが、それに対するジャンの返答は、想像もしていないものだった。
「残念だが、そのどちらも違う。近頃この辺りで猛威を振るっているのは豪角馬だ」
「豪角馬ですって?!」
驚くマリアロイゼとは対照的に、天児は全くピンと来ないので、どういう反応をすればいいのか解らずに戸惑っていた。緊張感の漂う中で水を差したくなかったが、やむを得ず、天児がマリアロイゼに耳打ちをした。
「ロゼさん、豪角馬ってどんなモンスターなんですか?」
「豪角馬というのは、その名の通り角の生えた馬型のモンスターですわ。多くの場合は、額に三本の角を生やしていて、その体格はグラウンド・ドレイクより大きいのです。性格は凶暴かつ、普通の馬とは違い肉食で、ドラゴン種ですら戦って討ち取るほどの力を持っています。通常は、もっと南の寒い地域にいるモンスターなのですが…」
この世界の南方は、温かいのではなく、寒くなるものらしい。しかし、グラウンド・ドレイクより大きいとなると、相当なサイズだ。本来の姿のフレスヴェルグや、バハムートに匹敵するかもしれない。そんな巨大な暴れ馬がいるなんて、天児は背筋が凍るような気がして思わず身震いしていた。
「その通りだ!さすがはマリアロイゼ、博識だな!まぁ、どういう訳か知らんが、この所、突然豪角馬共が群れを成して現れたのだ。お前達もこの街へ来たのなら山道を越えてきただろう?よく出くわさずに済んだものだ、奴らはそこを根城にしているのさ」
天児達はバハムートの背に乗って飛んできたので、出くわさなかったのは当然である。だが、バージニアから少し離れた場所へ降り立った時に出会わなかったのは、幸運だったのかもしれない。いや、先に倒してしまっていればよかったのかもしれないが。
「…まぁ、いいでしょう。何が相手であろうとも、私こそ逃げも隠れも致しませんわ。…それと、ジャン、これだけは言っておきます」
「む?おお!何だ、愛のこと…」
ジャンは軽口を最後まで発せられなかった。マリアロイゼの真っすぐな瞳に見抜かれ、ただ言葉を失ったからだ。
「貴方は私のテンジ様を何度も虚仮にしました、絶対に許しません。…必ず、貴方に報いを受けさせてやりますわ」
ゾクリと、ジャンの背筋を冷たい汗が伝った。それは先程から何度も彼女が見せた、烈火の如き憤怒とはまた違う、心臓そのものを凍らされたような、冷たく静かで重い怒りの言葉であった。
「マリアロイゼ、君は…」
何かを言いかけたジャンは奥歯を強く噛み締め、その恐れを振り払うようにマリアロイゼの隣に立つ天児を睨みつけた。嫉妬、憎悪、悔恨、そのどれもがない交ぜになった昏い瞳だ。ドロドロとした感情が溢れ出てくるようで、天児は見ていられずに視線を外す。決して、天児に非がある事ではないが、ジャンとマリアロイゼの間に、突然割り込む形になったのは紛れもない事実なのだ。例えジャンがマリアロイゼから蛇蝎の如く忌み嫌われていようとも、天児がいなければ…そんな風にジャンが思うその気持ちは、天児にも痛い程理解できた。人を羨む気持ちとは、そういうものだろう。
その後、ジャンとマリアロイゼは街の入口まで移動し、門の前に立った。既に陽は落ち、街には月明かりが届いているが、街に至る山道は闇に包まれている。現在確認されている豪角馬の数は二十頭ほどらしい。制限時間は翌朝まで。より多くの豪角馬を倒した方が勝ちだ。豪角馬は夜行性で、これから活動を開始する時間帯なので、頃合いと言えるだろう。
勝負開始の合図を待つ間、マリアロイゼは瞳を閉じて、ひたすらに集中しているようだった。万に一つも負けるわけにはいかないそんな気合が見てとれる。一方、隣に立つジャンは、同じように集中している姿を見せた後、マリアロイゼに近寄り、声をかけ始めた。
「マリアロイゼ、君にどうしても伝えたい事がある」
「勝負の前に、ずいぶんと余裕ですわね。私は貴方と話す事などありませんわ」
けんもほろろにその目を閉じたまま、マリアロイゼはジャンを突き放す。そんな彼女の姿に、ジャンは再び歯噛みしながら、言葉を発し続けている。
「俺は、本当に君を愛しているんだ。…初めて君に出会ったのは、六大公爵の集まるパーティだったな。あの頃の俺は生まれ持ったスキルの為に、仲の良い友人も持てず、家族にすら疎まれていた。俺自身、得体の知れぬ力に怯えて、己を呪っていたぐらいだ。だが、あのパーティ会場で出会った君は、君だけは俺に笑顔を向けてくれた。誰もが忌み嫌う俺を恐れず、疎まずに接してくれたのは、君だけだった。思えば、あの時俺は既に恋に落ちていたのだろう。そして、再び学園で出会った時にその想いはより強くなった。…だが、君の隣には王子がいた。王子と古の約定が、俺と君の恋を阻んだのだ。一時は、それでもいいと思っていた。バルテル家の人間として、貴族として君と王子を盛り立てて、君が幸せに生きる世界を作れるなら」
ジャンの独白は、尚も続く。それを聞いている周囲の人間達は皆、彼の思いに胸を打たれているようだった。ただ一人、マリアロイゼを除いては。
「だが、今や王子は君を捨てた…!ならば、俺の想いはどうなる?!俺の中に燻っていたこの気持ちは、どうしても捨てられないんだ!だから…俺はどんな事をしても君に勝つ!勝って君を手に入れてみせる!…伝えたかったのは、それだけだ」
「…聞いてみればやはり下らない話ですわね。貴方の独り善がりな想いとやらに、私が付き合う必要がどこにあると?大体、貴方の力を知っている私に、そんなものは通用しませんわ」
マリアロイゼはそう言って、ジャンの独白を斬って捨てた。その背後に近づく気配に気付かずに。
「解っているさ、君には通じない事は百も承知だ。そう、君には…な」
薄気味悪い笑みを浮かべるジャンの言葉と同時に、マリアロイゼの背後から彼女を抱き締め、その動きを封じるものがいた。マリアロイゼが驚愕しつつ見たその人物は、他の誰でもない、天児その人であった。
「なっ?!テンジ様!…ジャン!貴方は!」
「悪く思うな!これも勝負だ!」
ジャンが叫ぶと共に、勝負開始の合図が鳴り響く。身動きの取れないマリアロイゼを置き去りにして、ジャンは猛烈なスピードでその場を走り去っていくのだった。
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