氷点下のお嬢様
ネトコン11応募作品、一日一回、17時更新を目指します。
(またずいぶん濃い人達が出てきたなぁ…)
あまりの出来事に、天児は思わず声を失い、そう思った。なるほど、マリアロイゼが会いたくないと言った理由が解った気がする。この短い時間だけでも、かなりキツい印象を受けた。マリアロイゼは侯爵令嬢だが、ジャンという男は公爵嫡男というだけあって家格も同等だ、邪険に扱いにくいのだろう。
さきほどからジャンはずっと両手を開け放しているが、マリアロイゼが両手を組んだまま一向に動こうとしないので、男達は汗をかきながら同じポーズでジャンを引き立たせ続けている。しばらくすると紙吹雪が尽きたのか、いそいそと床に落ちた紙吹雪を拾い集めてまた撒き散らす様は、どこか哀れだ。
それが三周ほどした辺りで、ジャンはようやく腕を下ろし、金髪をかき上げた。ちなみにマリアロイゼも金髪ではあるが、彼よりも少し薄い。所謂、プラチナブロンドの髪色である。それに伴い、周囲の男達も動きを止めて、楽な立ち姿に戻っていた。これも余談だが、取り巻く彼らも天児からすれば、整った顔立ちのイケメン揃いである。マッチョなイケメン達が統率されて滑稽な姿を晒すと、こうも物悲しい雰囲気を漂わせるのかと、天児は同じ男として、居た堪れないものを感じていた。
「フッ、相変わらず照れ屋だな、君は。だがそこがいい!俺は君がフリーになるのをずっと待っていたんだ!」
「その様子だと、私があのバカ…ミッシェル王子と婚約破棄したのも知っているようですわね」
「当然だ、愛する女の事を知らぬ男がいるものか!学園を卒業して君と離れ離れになっても、君の事を片時も忘れた事はなかった…君の事は常に一挙手一投足の全てを調べていたんだよ。無実の罪で牢に入れられたと知った時は、王家に反逆しようかと思ったくらいだ!」
殊勝な事を口にしているが、やっている事はストーカーのそれである。というか、仮にも公爵嫡男が王家に反逆しようなどと言っていいのだろうか。まぁ、この国で兵団を持つことを許されているのは、マリアロイゼのドラグ家のみだというから、反逆と言ってもそう大したことは出来そうにないが。
マリアロイゼは心底うんざりと言った表情で、大きく溜め息を吐いていた。こんなに嫌そうな顔をした彼女を見るのは、もしかすると初めてかもしれない。バカ王子に対しては怒りの表情を見せていたが、ジャンへの場合は彼女の顔に嫌悪という文字が書いてあるのが見えるようだ。ここまで明け透けに嫌われているのに、何故ジャンは気付かないのだろう。天児は逆にそれが気になっていた。
「貴方ね…何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も言っているでしょう。私は貴方のものにはならないと。どうして理解してくださらないのです?私、貴方のように聞き分けの無い男性が本っっっっっっっっっ…当に、大嫌いなんですのよ?言葉が理解できず、聞き取れもしないのなら、何の為にその耳と頭が付いているのかしら。いっそのこと、取り外してしまったらいかが?」
「ハッハ!我が愛する姫の言葉となれば、罵倒すら心地よい!だが、そんな強がりはもう必要ないのだ。君と王子との婚約関係だけが、我らの間に横たわる唯一にして最大の問題だったのだからな。いくら俺とて、古の約定には逆らえぬ、ままならぬものだった…しかし、それはもはや過去の事!」
言葉に合わせてジャンがよく解らないポーズを取ると、後ろの男達の一部がジャーン!と音楽を鳴らす。先程の紙吹雪といい、もしかしてこの為だけに部下達を連れているのだろうか。それに気付くと、天児の中でより居た堪れなさが増す。酷い、本当に酷い上司だ。元の世界でパワハラを繰り返していた上司の顔が頭に浮かび、天児は一人、無性に腹立たしさを覚えていた。
「王子が婚約破棄をしたのだから、君はもう自由だ!フリーだ!リバティだ!俺を受け入れない理由がないだろう?さぁ!今こそ俺の胸に飛び込んでくるがいい!」
ジャジャーン!という、とびきり大きな音が鳴り、再びジャンが両手を広げた。もしかして、ジャンだから?と天児は思ったが、さすがにオヤジギャグが過ぎるので、口には出さなかった。なお、先程から最後尾に二人ほど、ずっとトランペットを構えている男達が見える。この二人だけは、やけに緊張感を醸し出して、そのタイミングを待っているようだ。
(まさかあの二人、ファンファーレ役…なのか?あ、そうだ間違いない、ロゼさんの事、凄く見てる…!きっとロゼさんが彼の胸に入ったら鳴らす手筈なんだ!可哀想に…いつでも鳴らせるように息を吸ったままだぞ。顔が凄く赤くなってる。息継ぎしていいんだよ…?)
天児は余計な事に気付いてしまったことで無駄にハラハラしつつ、マリアロイゼとジャンの顛末を眺めていた。当のマリアロイゼは、指先で自分の腕をトントンと叩いていたが、やがて業を煮やしたように口を開いた。
「この際だからはっきり言わせて頂きますが、私は貴方の事が心の底から大っ嫌いですわ。あのバカ王子と同じ位です、出来れば目に入れたくもないですし、同じ空気を吸いたくもありません。そして、貴方にも解るように申し上げておきますが、私、もう既に心に決めたフィアンセがいます。いえもう、睦言で愛の言葉を交わし合うほどに相思相愛ですから、フィアンセというより夫婦と言っても差し支えありませんわね!」
「…んん?」
マリアロイゼが天児の事を言っているのだろうことは解っているが、愛の言葉を交わし合ったとはどういうことか。いや、それ以前に睦言の部分が問題だ。睦言とは、要はピロートークの事である。だが、天児にそんな覚えは全く無いのだ、差し支えがあり過ぎる。全力で異議を申し立てたい所だったが、声を出そうとすると、猛烈なプレッシャーで何も言えなくなった。突然、深い水底に引きずり込まれたかのような、恐ろしい圧力であった。
「あ、新しい婚約者…だと?それはまさか、その…隣に突っ立っている、いかにも貧弱で冴えない中年の貧乏臭い男の事か?」
「私のフィアンセを悪く言う事は、例え誰であろうと許しません…やはり、その素っ首ねじ切る必要がありそうですわね?」
もはやマリアロイゼは殺意を隠そうともしなくなった。先程も頭を取り外せと、言外に死ねと言っているような物言いだったが、今度は直接首を獲ると言い始めている。そして、天児はこの流れに覚えがあった。
「ほう、君がそこまで言うのならば…おい、貴様!マリアロイゼを賭けて、この俺と勝負しろ!」
「ほらきた!やっぱりこうなるんだっ…!」
天児にとって、もはやこの流れは既定路線であった。アビーの時とほぼ一緒である。せめて、自分の言い分も聞いてから判断して欲しいと涙ながらに思っていると、そこに待ったをかける人物がいた。
「…お待ちなさい、ジャン。貴方、先程私のテンジ様の事を散々っぱらバカにしてくれやがりましたわね?」
「ぬ?」
「え?」
マリアロイゼからの思いもよらぬ待ったがかかり、天児とジャンは思わず彼女の顔を同時に覗き込む。冷徹な笑みを浮かべるその表情には、マグマの如き憤怒が宿っていることに、二人はその時初めて気が付いた。
「私を賭けて勝負をする相手が、貴方曰く貧弱で冴えなくてどうしようもないダメ中年の貧乏男ですって?貴方にとって、私はそんな低い相手に賭けられる相手なのかしら?」
「いや、そこまでは言われてないんじゃ…」
「ぬ、それは…言葉の綾というか…」
「どんな綾だろうと同じ事です。私も甘く見られたものですわね!ならば、この際です。私から貴方に決闘を申し込みます!貴方が勝てば、私の事をご自由になさい。触れようが舐ろうが慰もうがお好きにどうぞ?…出来るものなら、ですけどね」
自信満々に言い放つマリアロイゼの言葉に、ジャンと天児は同時に反応した。そんな事はさせられないという天児と、ついにマリアロイゼがデレたと勘違いするジャンの考えはまるで違うものだ。
「乗った!」
「ちょ!ダメですよ、ロゼさん!」
「た・だ・し!私が勝ったら…ジャン、貴方は私の言う事に全て従って頂きます。私が死ねと言ったら、例え火砕流に飲み込まれても踊りながら笑って死んで頂きますわ。よろしいかしら?」
やけに具体的で嫌な死に方を要求しつつ、マリアロイゼはにっこりと笑った。その顔は、本気でジャンの命を狙っている…天児の目には、そんな風に映っているのだった。
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