暑苦しい男達
ネトコン11応募作品、一日一回、17時更新を目指します。
「ん…?ああ、もう朝か」
部屋に差し込む朝の光は、とても暖かい。揺れないちゃんとしたベッドで寝るのは久し振りで、ついこのまま二度寝をしたくなるが、そうも言っていられない。何せ、マリアロイゼが街中を動けないとなれば、天児が動くしかないのだ。
ベッドの中でたっぷりのびをしてから、天児は起きた。隣のベッドでは、少女の姿になったバハムートを抱き枕にしてマリアロイゼがすやすやと寝息を立てている。マリアロイゼはバハムートを守護神と崇めていたはずだが、この数日一緒に暮らす内にだいぶ打ち解けてきたらしい。バハムートが少女の姿をとっていることもあって、まるで姉妹のように仲良く過ごしているようだ。マリアロイゼが天児のベッドに潜り込んでくることも無くなったので、天児としても安心して眠れるのがとても嬉しい。
ただ正直に言って、疲れはあまり取れていない。昨日はあの若いエリーゼを怒らせたせいで、マラソン並みに走らされた。最終的に捕まりはしたものの、若いエリーゼの方も走り回って息も絶え絶えだったので、二人して地面に倒れ込み、痛み分けのような形で幕を閉じた。その後、ある程度の事情を説明して誤解は解けたのだが、やはり彼女も天児が探しているエリーゼの事は知らないという。このバージニアには数万以上の人が住んでいるというのだから、無理もない話だろう。一応、何か解ったら教えてくれると言ってくれただけ、若いエリーゼは好人物と言っていい。
「今日は、山側の方を当ってみるか…?でも、まだ海側の住宅街も全然だしなぁ」
ベッドを抜け出て歯を磨きながら、計画を立てる。昨日聞き込み出来たのは、海猫亭周辺の狭い地域だけだ。この辺りは道行く人も多いが、収穫は無かった。せめて名前と年齢の他に、人相や背格好でも解ればいいのだが、そうもいかないのが難しい所である。そう言えば、この世界には写真のような技術もないようだ。ジョゼフィーヌの屋敷で、肖像画と思しき絵画は見かけたが、それくらいである。魔法という、元の世界の科学に匹敵するものがあるのだから、写真などもあってもいいような気がするのだが、どうもその辺りはアンバランスな感じがして仕方ない。
顔を洗い終え、あれこれと色々な事を取り留めも無く考えていると、目を覚ましたフレスヴェルグが窓の外を眺めていた。いつもならば、天児の方を監視するように見つめてくるのだが、今日はこちらに目も向けようとしない。何か気になる事でもあるのだろうか。
「フレスヴェルグ、おはよう。どうしたんだ?珍しく窓の外ばかり見てるけど」
天児はフレスヴェルグの背後に回って、同じように窓の外を見てみたが、そこにはバージニアの街並みと、その向こうに山が見えるだけで、特に何か変わったものは見当たらなかった。天児に声をかけられ、フレスヴェルグは小さく鳴きながら天児の方を見た後、また窓の外に向き直ってしまった。今日はそういう気分なのかなと思い、天児はそれ以上深く質問するのを止めた。
着替えを済ませて部屋を出ると、ちょうど宿の主人が玄関前の掃除をしている所だったので、歩きながらつまめる軽食を頼んでおく。やはり今日は、海側の離れた場所へ聞き込みに行きたい。まだ少し足が痛むので、傾斜のある山側を調べるのは辛かったからである。食事を作ってもらう代わりに、玄関前の掃除を引き受けた。天児は客なのだから黙って待っていればいいはずなのだが、何かしていないと気が済まないような、妙な焦りが胸に渦巻いていた。
「よし、こんなもんかな」
しばらく黙々と掃除をして頭を空っぽにしていたおかげか、天児の気分もいくらか晴れたようだ。額の汗を拭って顔を上げると、視界の端で、数人の男がこちらを見ているのに気付いた。昨日は散々追いかけられて走り回っていたし、もしかすると変なヤツとして目立ってしまったのかもしれない。とはいえ、別に悪事を働いているわけでもないし、誰に憚る事もないのだが、ジロジロと見られるのは居心地がよろしくない。
(こっちから声をかけてみるか…?)
「テンジ様、おはようございます。お食事の用意が出来ましたわ!」
「わぁっ!?…ああ、ビックリした。お、おはようございます。え、どうしてロゼさんが?」
「起きたらテンジ様がいらっしゃらないものですから、急いで支度をして部屋を出たのです。そうしたら、ちょうど宿のご主人に呼び止められまして」
「ああ、そうだったんですか。すみません、よく眠っていたようなので、起こすのも悪いかと思って」
驚いた天児を見て、マリアロイゼはころころと笑っている。昨日はあまり目立ちたくないと言っていたが、よく見れば気分が落ち込んでいる風でもないので、天児はホッとして胸を撫で下ろした。彼女が会いたくない人物というのが誰かは知らないが、その為に気落ちするようでは可哀想だ。天児は礼を言いつつ弁当代わりの軽食を受け取ると、これから聞き込みに行く場所を伝えて出発する。ちらりと視線を送ると、さっきまでこちらを見ていた男達は、いつの間にかいなくなっていた。
ここバージニアは、小さな半島の一角をそのまま街にしたような形の街である。天児達の泊まっている海猫亭は、街の入口に程近い海辺に店を構えていて、そこから海に沿って歩いていくと、綺麗な海岸線と並んで海の家のような商店が立ち並ぶエリアに入る。昨日若いエリーゼに会ったのはこの辺りだ。ちなみに商店の裏手は大通りになっていて、そこから山に近づくに従って住宅街が現れ、さらに住民向けの商店が並んでいく。そして山の中腹には海を眺められるように宿泊施設が軒を連ねているという、中々不思議なつくりをした街並みだ。なお、山の反対側は切り拓かれて、棚田などの農地になっているらしい。
どうやらここは元々港町で、観光客向けに開発を繰り返した結果らしいが、それでこれだけの街に発展させているのだから、街を治めるバルテル候という人物がよほど優秀なのだろう。天児はエリーゼを探す傍ら、所々にある街の歴史などにも触れて、すっかり観光を楽しんでいた。
その日の夕方、特に収穫もなしに天児が海猫亭へ戻ると、宿の前には何人もの屈強な男達が押し寄せていた。団体客かと思ったが、どうも怪しい雰囲気だ。一見軽装に見えるが、誰も彼も腰には剣を佩いていて、まるで海賊のような出で立ちである。天児が困った顔で対応している主人に近づくと、男達の一人が、天児の顔を見て声を上げた。
「ジャン様、コイツです!」
「え?」
天児は唐突に声をかけられ、きょとんとした顔で間抜けな声を出している。その間に男達は手慣れたように天児を取り囲み、あっという間に逃げ場を封じていた。そして、訳も解らず呆然とする天児の前に、他の男達の後ろから歳若い男がゆっくりと現れた。他の男達とは違い、貴族のような綺麗な服装をした男の顔はいかにも自信家のようで、挑戦的な鋭い目つきをしているが、整った顔立ちだ。金色の少し長い髪をかき分ける様は、いかにも物語の主人公のようであった。
「おい、貴様。何処の者だ?」
「へ…?僕ですか?どこって…うーん」
何処と言われても、異世界から来ました九鬼天児です!とは言えないだろう。以前にもこんな事があったような気がする。さりとて、上手い返答も思いつかず、天児は考え込んでしまった。男達はせっかちなのか、考え込む天児を囲んだまま、乱暴な言葉で口々に囃し立てていた。その中で金髪の男だけが、じっと天児を見つめている。
「騒がしいな。ん?おい、テンジが絡まれている…」
ぎゃあぎゃあと喚く声につられて、部屋からバハムートが顔を出し、その状況をマリアロイゼに伝えた。バハムートがその言葉を言い終わる前にマリアロイゼは部屋を飛び出し、男達の中心に飛び込んだ。その勢いで、男達のほとんどは吹き飛ばされ、両の足で立っていたのは天児と、金髪の男だけであった。
「おお…!やはりマリアロイゼ!我が麗しの姫よ!」
「…やはり貴方ですか、ジャン。何故私がここにいると?」
「ふ、君がこの街に来たようだと部下から報告を受けてな。しかし、待てど暮らせど君は俺の元に来ない。気になって部下に探らせてみれば、妙な男に軟禁されているというではないか…!だから俺は君を助けに来たのだ。…この、胡散臭い中年男の魔の手からな!」
「ええ…僕ってそういう風に見られる事多くないですか?そんなに悪人っぽいですかね…?」
思い返してみれば、天児はアビー達に出会った時も散々な言われようであった。そして、思い出す、この空気はまさにアビー達と出会った時のそれと同じものだ。天児は嫌な予感に襲われながら、恐る恐る口を開いた。
「ロゼさん、この人ってもしかして…?」
「ええ、お察しの通りですわ。彼はジャン…ジャン・バルテル。アビー達同様、学園の同窓で、公爵嫡男の男性です。彼にだけは会いたくなかったのですが…」
「ハハハ!そう恥ずかしがらなくてもよいのだぞ、マリアロイゼ!久し振りに会う俺は美しいだろう?さぁ、照れずに俺の胸に飛び込んでくるがいい!」
まるで歌劇の主人公のように、ジャンは大声で叫び、両手を広げて抱き入れる姿勢を取っている。その周囲には、海賊然としたマッチョな男達が、紙吹雪を撒き、鳴り物を鳴らしてジャンを称えているのだった。
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