災いの影
ネトコン11応募作品、一日一回、17時更新を目指します。
「いやぁ、中々面白いものだったぞ。まさか、するすると雨雲が船に入って行くとはなぁ。水の精霊をあんな風に使うなぞ、リヴァイアサンの奴が見たらさぞかし驚いただろうよ」
そう語るバハムートは、実に上機嫌である。一方の天児は全身ずぶ濡れで、いくら魔力で風除けされているとはいえ、深夜に差し掛かる時間帯にこの格好は余りにも辛いものがあった。
飛龍船での騒動は、天児とマリアロイゼの活躍により、なんとか事なきを得た。魔物使いの男は、瘴気を浄化した状態で自殺防止も兼ねて縛り上げ、目を覚ました乗員に引き渡したのだが、マリアロイゼが戦ったゾゴスという男はやはり助からなかったようだ。マリアロイゼのせいというよりは、肉体が完全に変異していて、しかも、それが人間の身体に耐えられる限界をはるかに超えるものだった為である。
瘴気によって人間の体を怪物に変えてしまうなど、途方もないことではあるが、その代償は大きいと言う事だろう。厄介なのは、彼ら魔女の信奉者達は、その結果、命を失う事を何も恐れていないという点だ。魔物使いの男など、むしろそれを求めていたくらいである。そういう意味では、生かして捕まえたのは失敗だったのかもしれない。再び魔女の手に堕ちれば、今度こそ悲惨な結果につながりかねないが、マリアロイゼが男を乗員に引き渡す際、実家の名と連絡先を伝えていたので後は対処してくれるだろう。
その意味では、飛龍船がマリアロイゼの実家がある王都に向かう便だったことも不幸中の幸いと言えよう。
ちなみに、使役されていたフレア・タイマイは浄化によって瘴気を祓う事ができたが、過剰な力を注がれたせいか、炎を操る能力が使えなくなっていた。元々は大人しく、危険な生物ではないらしいので一安心だが、野生に戻ることは出来ないだろう。こちらも幸いにして、テイムスキルの影響からも外れたようだし、いい飼い主が見つかる事を祈るしかない。
「必死だったもので…いてて!」
フレア・タイマイの熱光線で負った傷を消毒しながら、天児は痛みに悶絶していた。肉の一部を消し飛ばすほどの火力だったのだから、痛いのは無理もない。一応、水の精霊は肉体の回復も得意で、これほどの傷でも、清潔にしておけば数日で治してくれるようだ。これまではアクシスが世界樹の雫を送ってくれるので、それで傷を癒していたのだが、実はここ数日、アクシスと連絡が取れなくなっている。
海底など、連絡が取り難い場所もあるのは解るが、これだけ長期間連絡が取れないのは気になる所ではあった。
「アクシスさん、何かあったのでしょうか…」
天児の手当てを終えたマリアロイゼが、不安そうな声をあげた。今までは天児が無茶をしても、アクシスのおかげで無事に済んでいたのに、このまま連絡がつかない状況が続くと、いざという時が怖いのだろう。そんなマリアロイゼを尻目に、バハムートは暢気な態度であった。
「世界樹の奴なら、この世界が無くなりでもしない限り問題ないさ。タブレット…というのが俺にはよく解らんが、その内、なんとかなるだろ」
バハムートはアクシスの作ったタブレット(木板)が起動している所を見ていないので、いまいち感覚が掴めないようだ。この世界には通信というものが手紙で止まっているので、想像もつかないらしい。これだけ魔法が発達しているのに、通信手段だけが突出して遅れているのは何故なのか、天児にはその理由が解らなかった。
「それにしても、魔女の動きは活発になってますね…」
天児はそう呟き、改めて魔女の恐ろしさを痛感した。実際の魔女がどういう存在なのかは未だ不明だが、まさか罪もない人々を死に追いやって、手駒となる瘴気を増やそうと画策するとは思ってもみなかった。今回は偶然、天児達が現場に居合わせたからいいものの、これが全く別の場所、別の時間帯に行われていたら止める事はできなかっただろう。乗員乗客合わせて、300人近い犠牲者が出たとなれば大惨事である。
浄化のスキルは対処療法に過ぎない以上、一刻も早く魔女本人をどうにかしなくては、この世界そのものの存亡に関わる事態になるだろう。
ただ、現状で魔女本人を追いかけるのはかなり難しいと言わざるを得ない。バハムートの時もそうだったが、魔女はかなり人前に出る事を嫌うようで、それと接触した者達も実際に魔女本人と会った人間はいないようだ。それはあの魔物使いの男からも同様の証言を得ている。なんでも、魔女は決して姿を見せず、心に闇を抱えた者や、魔女本人が狙った存在に幻を飛ばして接触してくるらしい。それは、魔物使いの男の仲間に対しても同じだったという。やろうとしている事はこうも大胆なのに、尻尾を掴ませない慎重さも兼ね備えているというのは、油断ならない相手だ。
天児がバハムートにかけられた瘴気の塊を浄化した際にも、魔女の影と思しき存在と対峙したが、その実像を見る事は叶わなかった。若い女性であるという感じはするが、それだけでは特定出来ない。それこそ、女神のような人智を超える力がなければ難しいだろう。何につけても女神の捜索と確保が、今できる事の中では最優先である。
「これから行く先の街に、女神の生まれ変わりがいるんだろう?あいつに会うのも久々だな」
「ええ、そのはずです。ただ、高齢のようなので急がないと…」
芳魂の神殿で聞いたところによると、女神の生まれ変わりの女性は、現在80歳になるかならないかと言った年齢である。マリアロイゼ曰く、この世界における女性の平均寿命は70代後半くらいらしいので、もし持病などがあれば危険な年齢と言える。これでもし間に合わなかったら、再び芳魂の神殿に出向かねばならない。無駄足になってしまうし、それは避けたい話だ。
「ふふん、俺が本気で飛べばそんな距離などあっという間だ。少し飛ばすぞ」
バハムートは自信満々に鼻を鳴らして、速度を上げた。空の上なのであまり速さが実感できないが、流れていく雲の動きからすると、途轍もないスピードが出ているのが解る。これならあと数時間もかからないかもしれない。天児達は輝く満月の下で、次の目的地であるバージニアへの到着を待った。
その頃、世界樹アクシスの元に、一人の人間の娘が訪れていた。娘は貴族風の出で立ちをしているが、どこか陰を纏った雰囲気がある。背丈は普通だが顔立ちはやや幼く大人びた化粧をしていて、なんともバランスが悪い。真っ赤な口紅をひいた唇が印象的で、口角が不自然に上がった笑顔を見せていた。
「や~~~っと、着いたぁ。もう、なんでこんなに遠いのかなぁ。まぁいいや、フフフ、ねぇ、世界樹さん、ワタシお友達が減って困ってるの。今は聖女なんていないはずだったのに、邪魔な奴が出てきて…だから、アナタも私の仲間に入れてあげるね」
ざわざわと木々が騒めき、不穏な空気が世界樹の森全体を覆っていく。やがて、娘の足元から濃い瘴気の塊が噴き出すと、一気に世界樹の一部を取り込んだ。まるで森全体が悲鳴を上げるように、一際大きな風が吹くと、娘は姿を消し、世界樹の幹には謎の徴が残されていた。
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