燃える空
ネトコン11応募作品、一日一回、17時更新を目指します。
満月の柔らかな月明かりが、周囲を照らしている。夜空には雲一つなく、美しい満天の星空が手の届きそうなくらい近くに見えていた。
「月が綺麗ですわね…」
「ええ、本当に」
夜空を切り裂くように飛ぶ黒い巨体の背の上で、天児とマリアロイゼ、そしてフレスヴェルグは静かに佇んでいた。
ヤクト山を下り、近隣の街へ向かった一行は、次の目的地であるバージニアへの移動を予定していた。陸路を使うとなると、竜車を使っても三カ月は必要だというマリアロイゼの目算も、バハムートが協力してくれるお陰でずっと短縮できそうである。バハムート曰く「数時間で着く」ということだったので、竜車を街で返却して、翌日出発する事になるかと考えていたのだが。
「俺の背に乗って行くなら夜の方がいいぞ。昼の空は太陽の光が凄いからな」
という鶴の一声で、夜の内に移動をしようという事になった。詳しく聞いてみれば、バハムートは雲の上を飛ぶというから、相当な高さだ。当然、太陽光を遮るものなど何もないので、昼は確かに危険だろう。一応、世界樹の枝葉は雲よりも高い位置にあるが、飛行するのに邪魔なので避けて通るという、その為、日除けにならないのは仕方がない。
天児達がドラゴンの背に乗って移動するというのは、リヴァイアサンに続いて二度目になる。深海の次は高高度の上空と、文字通り落差が激しい。上空故の気圧や気温の低さ、それに空気の薄さは、バハムートが気を使って、魔力で影響を抑えてくれているらしい。なので、とてつもないスピードで飛んでいても天児達は強い風に吹き飛ばされる事も、また凍える心配もなく、平穏無事で快適な空の旅が出来るというわけだ。
「この高さだと、月明かりでも相当明るいんですね。これは確かに昼間じゃ厳しいなぁ」
「ええ、私もこの高さを自力で飛んだことはありませんから、初めて知りましたわ。あ、テンジ様、見て下さい。あんなに星が近くに」
マリアロイゼが指差す方向には、他の星よりも一等耀く赤い星が見えた。元の世界で言う一番星のようなものだろう。小さな星は、満月の光に負けて良く見えないのだが、少し距離がある為か或いは他よりも大きな星だからなのか、マリアロイゼが指摘した星は他の星よりもはっきりとよく見える。そもそも一番星は金星だっただろうか、元々あまり天体に興味はなかったが、異世界ともなると元の世界との違いという意味では興味が湧くものだ。天児は少し気分が上がっていた。
「どの星も本当に綺麗ですね、こんなに大きな満月も綺麗だなぁ。…ああ、そう言えば僕の国では、月が綺麗ですねという言葉を愛してますって意味で使ったりするんですよ」
「えっ?」
少々浮かれていたのか、余計な事を言った気がする。今の流れだと、まるでマリアロイゼに愛の言葉を囁いたように聞こえなくもない。それにさっきはマリアロイゼの方からも言っていた。天児は口にしてからしまった…と思ったものの、今更取り消すことも出来ず、ただ愛想笑いで誤魔化す事しか出来ずにいた。フレスヴェルグも、天児の迂闊さには呆れているようでジト目で睨んでいる。今回ばかりは助けないぞという心の声が聞こえてくるようだ。
「ふふ…それは、とても素敵なお話ですわね」
「え、ええ…僕の国では有名な作家が考えたんだそうです」
予想に反して、マリアロイゼは暴走せずに、微笑みを絶やさずに話に乗るだけであった。てっきり目をハートにして、抱き着いてくるくらいは覚悟していたのだが、嵐の前の静けさのようで逆に恐ろしいものがある。冷や汗を背中に感じていると、わずかにバハムートの身体が揺れた。
「わっ…?!」
「すまん、揺れたな。どうも人間の船が同じように下を飛んでいるようだ。離れているし、こちらの方が上を飛んでいるから姿は見えんだろうが、影までは消せないからな、少し進路を外した」
バハムートはそう言うと、ちらりと顔を向けた。天児達も背の上からそちらを覗いてみると、確かにバハムートいる高度よりも下の方で、複数のワイバーン達が大きな箱状の船を引っ張って飛んでいるのが見える、あれが飛龍船というものか。天児はワイバーンを見るのも初めてだが、いかんせん少し距離があるのと、それよりも遥かに凄いバハムートを間近で見ているので、あまり感慨が湧かないのが正直な所だ。
確かに、これだけ遠目でも大きく見える船を引いているのならば、あれでは大規模な都市でないと港が用意できないだろう。使い勝手という意味では、やはりグラウンド・ドレイクの引く竜車の方が圧倒的に良さそうに思える。
なんとなしにそのまま遠ざかっていく飛龍船を眺めていると、船の部分の一部から、煙のようなものが見えた。天児は気のせいかなと思いつつ、よく目を凝らしてみた瞬間、先程煙が見えた場所が爆発を起こし、瞬く間に火の手が上がり始めた。
「ば、爆発!?」
「そんな!」
身を乗り出して、マリアロイゼも飛龍船に注目する。外から見る限り、火勢はまださほどでもないように見えるが、距離があるし、内部がどうなっているのかは解らない。飛龍船はワイバーンが引っ張っているので、ワイバーン自体に問題がない限りは墜落の恐れはないだろうが、後方を飛ぶワイバーンは立ち昇る煙を嫌がる素振りを見せている。もし、ワイバーンがパニックを起こしたりすれば、飛行そのものに問題が生じる大惨事を引き起こすだろう。それは避けたい所だ。
「飛龍船には多くの人が乗っているのです。もしものことがあれば、大きな被害がでますわ。どうにかして助けなくては…!」
マリアロイゼはそう呟くが、いかんせん空の上では手の打ちようがない。今はバハムートの魔力で影響を避けているが、この高さとスピードでは飛び移るのも難しいだろう。いくらマリアロイゼが飛べるといっても、急に飛び出せば、マリアロイゼの身が危険である。
「ちっ…厄介だな。おい、これ以上は近づけんぞ!」
バハムートは舌打ちをしつつ、離れていく一方だった飛龍船を追うように飛んでいる。少し高度を落とし、距離も詰めてくれたようだが、まだかなりの距離がある。それというのも、バハムートがあまり近づくと、それによってワイバーン達がパニックになる恐れがあるからだ。ヤクト山の山頂からバハムートを連れ戻った時のグラウンド・ドレイク達も、相当怯えてパニックになっていた。ドラゴン種達にとって、バハムートは頂点であり、恐るべき存在だからだろう。
天児としても何とか助けたいと考えてはいるが、巧い手が思いつかなかった。こうしている間にも、煙がどんどんと増え、外からもちらちらと炎が見え始めている。がしがしと頭を掻いて必死に考えていると、フレスヴェルグが天児の頭を突いていた。
「フレスヴェルグ…?頼んでもいいのか?」
天児が問うと、フレスヴェルグは勢いよく声を上げて天児から離れ、本来の姿に戻った。フレスヴェルグは風を操れる。その背に乗れば、安全に飛龍船に近づくことができるだろう。だが、フレスヴェルグはあくまで天児の護衛として傍に着いている。他の人間を助ける為に力を貸してくれと頼んでいいのか解らずにいたが、自ら手をあげてくれたのは本当にありがたい。天児はその背に乗って、優しく頭を撫でつけた。
「ごめんな、ありがとう。…よし、ロゼさん、行きましょう!」
「フレスヴェルグ…私も背に乗ってよいのですか?」
マリアロイゼとフレスヴェルグは、当初の出会いもあって、あまり仲が良くなかった。喧嘩もしょっちゅうだし、基本的には天児を介さなければ、お互いに接触を避けているフシがあったほどだ。どうも傍目には反目する理由がありそうなのだが、マリアロイゼに聞いても要領を得ず、フレスヴェルグは喋れないのでよく解らないままである。
そんな毛嫌いする相手を背に乗せるというのは、決して簡単なことではないはずだ。マリアロイゼもそれをよく解っているから確認しているのだ。
しかし、フレスヴェルグはマリアロイゼに下らない事を聞くなとでも言うように背を向けて、乗るように促した。毛嫌いするような間柄であっても、憎いと言う事ではないらしい。言葉に詰まったマリアロイゼは、黙って頭を下げると、差し伸べた天児の手を借りてその背に飛び乗った。
こうして、二人と一羽は、燃え盛る飛龍船の救出に向かうのだった。
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