おじさん聖女と魔女の対峙
ネトコン11応募作品、一日一回、17時更新を目指します。
「ということだ。…ゲフッ!忌々しい話だが、あれは魔女としか表現できん女だった」
咳き込みながら、バハムートは話を終えた。話の通りなら、バハムートは今でも相当な苦痛を味わっているはずだ。よくぞこれだけ耐えられていると天児は舌を巻いて感心している。マリアロイゼは元々敬愛しているバハムートの受けた仕打ちがよほど辛かったのか、目に涙を浮かべているようだ。
「なるほど…それは、酷いですね」
あまりにも理不尽な話に、天児はそう口にするのが精一杯だった。想像していた以上に、魔女と呼ばれた女の性質が悪く、逆にバハムートには何も否がない。まさか殺したい人間がいるからとバハムートをけしかけようとして、それが失敗したら殺してしまおうとは、反社もビックリなやり口である。バハムートをここまで追い詰めるだけの力を持ちながら、自分の手を汚したくないというのもおかしな話だし、その上で、言う事を聞かないからとバハムートを殺してしまおうというのでは、言行がまったく一致していない。結局、手を汚す気があるのかないのか、よく解らない。
今の話からすると、マリアロイゼが言っていたように王子が犯人というわけではなく、魔女の単独犯である可能性が高いような気がする。もちろん嘘を吐いていた可能性もあるが、今の段階でそれは断言できないだろう。確実に解っているのは、魔女のその力が相当なものだということだけだ。
ただ、天児には気になる点が一つだけあった。それは違和感というだけでなく、直感のようなものも混じっている。しばらく考えた後、天児は思い切って、提案して見ることにした。
「すみません。その呪いについて、試してみたい事があるんですが、いいですか?」
天児がそう言うと、バハムートは怪訝な顔をして彼を見つめた。未だバハムートは天児を認めていないので、試してみたいと言われても快く許可は出せないのだろう。試すと言うからには妙な実験をするつもりかもしれないし、もしかすると魔女とグルになっている可能性もあると思っているのかもしれない。実際、考えてみればこのタイミングで天児達が現れたのは、怪しいと思われても無理はない。天児は言葉で何を言っても伝わらないだろうと考えて、その瞳をじっと見つめ返していた。
やや長い沈黙の後、バハムートは折れて、天児の言葉に従う事にしたようだ。
「いいだろう、お前に何が出来るのか知らんが、試すってんなら許可してやるよ」
「ありがとうございます。それじゃ、早速なんですが…少し頭を下げて貰えますか?」
「む…こうか?」
バハムートは渋々横たわるようにして、天児の目の前に頭を下ろした。重量のある頭部が地面に着くと、鈍い重低音が天児とマリアロイゼの身体に響き、それと共に、腐りかけた血の匂いが辺りを包んだ。二人に気付かせまいとしていたのか、顔が近くにくると、呼吸が荒いのがよく解る。いくら不死身とはいえ、この状態が長く続けば負担は大きいだろう。手を借りたいという打算もあるが、それは別として、一刻も早くバハムートをその苦痛から解放してやりたいと天児は考えていた。
(ロゼさん程じゃあないけど、子供の頃から憧れのモンスターの一つだったもんな…)
天児はリヴァイアサンの方がより好きだったとはいえ、やはりバハムートと言えば、ファンタジー作品では押しも押されもせぬ人気のドラゴンである。天児も子ども心に格好いいと思っていたし、空を飛び、戦うその雄姿には憧れもあった。
今、その存在が目の前にいて助けを求めているのであれば、何とかしてやりたいと思うのは人情というものだろう。
そっと鼻先に手を触れ、天児は目を瞑って、意識を集中した。するととてつもないスピードで、瞼の裏にバハムートの体内が映像のように映し出される。リヴァイアサンが海中から飛び出してきた時にも、似たような事があった。天児は気付いていなかったが、これは世界樹の実を食べた事で手に入れた彼の新しいスキルであった。今もはっきりとスキルを認識しているわけではないのだが、こうするのが自然なようにスキルを偶然に発動させている。
浮かび上がるバハムートの身体の中に、異様な影があった。それはバハムートの核とでも言うべきものに絡みつき、食い込んでいる。これは間違いなく、リヴァイアサンの時と同じものである。
(やっぱり、瘴気だ…!)
天児がバハムートの話を聞いていて引っかかったのは、魔女が発生させたと思われる黒い靄だ。リヴァイアサンの妹だったという黒いリヴァイアサン…ラハブの核に淀んでいた瘴気も、黒い靄のような見た目をしていた。やはり両者は同じものだったのだ。だが、それはつまり魔女が瘴気を操っているという事実に他ならない。
幾度も瘴気と相対してきた天児にとって、それは恐るべき事態であった。もしかすると、リヴァイアサンを襲った瘴気も、ヘスペリデスの木が瘴気に汚染された事も全て関りがあるのかもしれないのだ。そこまで考えて、天児は一旦考えるのを止めた。今はバハムートを救う事に全力を尽くすべき時である。
「…見つけた!」
注意深く瘴気を観察していると、その影の中に、小さな塊になっている部分があった。まるで腫瘍や瘤のような見た目だが、拍動している。恐らくここから瘴気が発生し、バハムートの身体を蝕んでいるに違いない。
天児は目を開いて、バハムートの胴体横へ移動した。外からスキルで見たものは、どうやら体の中心部分にあるようだ。頭の位置からでは、メートル・ゼロを使っても届かない。左肩に乗ってスキルで確認してみれば、予想通り瘴気の塊がメートル・ゼロで届く位置にある。これならば、浄化可能だ。
「始めます…出来るだけ、動かないでください!」
天児はそう叫ぶと同時に、メートル・ゼロを使いその塊に手を触れる。触ってみて解ったのは、それがとんでもなく濃度の濃い瘴気の塊だったということだ。ラハブの核になっていた瘴気と同等…いや、それ以上の気配がする。ゾッとする寒気に襲われながら、それでも天児は手を放さず、浄化スキルを発動させた。普段通りならば、眩い光と共に瘴気は解けて消えていくはずだが、驚くべき事にそれはメートル・ゼロを逆に伝って、天児の身体へと侵入してくる。
どこかでマリアロイゼが天児の名を呼ぶ声が聞こえたが、既に天児は瘴気に包まれてしまっていた。
気づけば、天児は真っ暗な闇の中に独りで立ち尽くしていた。一瞬、何が起こったのかと思ったが、きっとこれは心象風景だ。逆流してきた瘴気が見せているまやかしにすぎない。天児はそう気づいて、心を強くもった。何度も瘴気を浄化してきた事で、多少は耐性がついたのだろう。すると、目の前に、何かの影のようなものが見えた。闇の中だというのに、さらに黒い影はそのまま段々と人の形をとっていく。ある程度の人型になった所で、それは動きを止めて、天児の前に立った。
「あなた、だぁれ?せっかくもう少しでバハムートの身体を乗っ取れたのにぃ、邪魔しないでくれる?」
「君が、魔女か?瘴気を操って、罪もない人やモンスター達を苦しめるのは止めろ!」
「ええ~?ウザいなぁ…わたしはやりたいようにやってるだけなの。誰かが苦しむとかどうでもいいの、くだらないお説教やめてくれる?」
「な…!?」
目の前の魔女と思しき影からは、悪性としか言えない悪意そのものがにじみ出ていた。これが同じ人間の発する気配とは思えない。こんなものに憑りつかれていたら、大変なことになるだろう。天児はバハムートの事を思い、自身の内に滅多に見せない怒りが湧いてくるのを感じていた。
「それよりあなた、浄化できるの?おかしいなぁ。今は聖女なんていないはずなのに…まぁいいや、あなたも殺しちゃえば一緒だよね」
事も無げに言い放つ影がその手をあげると、天児の周りを包む闇が質量を持ったように、身体に纏わりついてくるのを感じた。闇が天児を取り込もうとしているのだ。周囲全てが闇であり逃げ場のない天児だったが、臆する事なく「止めろ!」と叫ぶと、全身から浄化スキルを使った時のように光が溢れ、闇を打ち消していく。その背には、薄っすらと、しかし燦然と輝くマリアロイゼの姿が浮かび上がっていた。
「きゃ…っ!?なにこれ?眩しい…っ。止めろ!わたしを消そうとするな!」
「君がどんなことをしても、僕がその瘴気を必ず打ち払ってみせる…僕は聖女ではないおじさんだけど、君の思い通りにはさせない!」
光にあてられ、魔女の影はドロドロと溶けるように形を失っていく。語気を強めて抵抗しようとするも、包み込む影や闇は成す術もなく消滅していった。天児がより強く浄化を願った時、全ての闇は消え去り、後には温かな光だけが残されたのだった。
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