バハムートと魔女の邂逅
ネトコン11応募作品、一日一回、17時更新を目指します。
「あれっ…?!えっと、どういう状況、ですかね?」
一悶着が済んで落ち着いてみれば、霧は晴れて、あれだけいたゾンビ達はいなくなっている。代わりに目の前にいたのは、巨大なドラゴンだ。これがバハムートだろうかと、天児はしげしげと観察していた。その身体の所々には傷があり、腐汁や血膿が傷口から溢れている。先程のゾンビ達と状態は似ているが、不思議と天児は恐ろしさを感じていない。漠然とだが、まだ生きていると、そういう確信があったからだ。
さきほどのゾンビ達は、風貌からして間違いなく死んでいると解る者達だったが、見た目にはバハムートもあまり変わらない様子だ。ではなぜ、生きていると感じるのか、天児自身にもよく解っていないようだった。
「テンジ様、実はバハムート様は何者かに呪われて、このようなお姿になってしまったようなのです…恐らくはあのクズバカ王子の仕業でしょう」
「クズバカ…」
本当にマリアロイゼは、バカ王子に関してだけは口が悪くなる。ある意味、歯に衣を着せぬ特別な関係と言えなくもないが、そこにはマイナスな意味合いしかない。天児はコメントしづらいのか、乾いた笑いを見せることしかできなかった。とはいえ、呪われているというのは、見過ごすわけにはいかない話だ。
「呪いとは?リヴァイアサンのように瘴気に襲われているんじゃないんですか?」
瘴気が原因ならば、対処は簡単である。天児の浄化スキルを使えばいいのだ。しかし、呪いとなるとどうすればいいのか、さっぱり見当がつかない。
「魔女の呪いだ。俺の命そのものに縄をかけて、操ろうとしているのさ。…俺は不死身なんでな、強引に言う事を聞かせようとしてやがる」
「不死身、ですか」
不死身とは凄まじいものだが、それならば確かに、その身体の状況で生きていられるのも納得である。だが、決して苦痛がないわけではないはずだ。天児の目から見ても、明らかにバハムートは痛みを堪えている。いくつもの大きな傷を受け、身体が腐っているのだ、それがどれほどの苦しみか、想像するだけで恐ろしい。
「俺は元々、この世界に危機が迫った時に対処するよう、女神に生み出された存在だ。瘴気なんざ敵じゃねぇ、リヴァイアサンの奴とは違う。だが、まさか、その俺が人間なんぞにここまでしてやられるとはな。あの魔女め、許さん…!」
ぎりぎりと歯を食いしばり、バハムートは怒気を強めている。つまり、言うなればバハムートは最終的なストッパーなのだろう。瘴気を浄化するのが聖女だが、聖女とて人間である。当然、その力に限界はあるはずだ。正式な聖女ではない天児ではあるが、瘴気を払う為に何度も死ぬような目に遭ってきた。本来の聖女が天児以上の力を持っていたとしても、生物としてそれほどの違いがあるとは思えない。拳で天を裂き、蹴りは大地を砕き、空を自由自在に飛び回る…そんな怪物ではないだろう。
聖女の力ではどうしようもない程の事態に対処する為の最終兵器とでもいうべきもの、それがバハムートなのだ。では、そんなバハムートをここまで追い詰める魔女とは、一体何者なのか?天児は思わず息を呑んでいた。
「その、魔女というのは何者なんです?そいつは、ここに来たんですか?」
「いや、ここに来たわけじゃない。幻影を飛ばしてきやがったんだ。あれは、確か…」
バハムートは苦々しい表情を見せて、絞り出すように話しを始めた。
それは嵐の夜であった。雷鳴が轟き、山頂にはいくつもの雷が落ちている。そんな中、バハムートは平然と眠りに就いていた。いくつもの山の頂を住処とするバハムートにとって、嵐など日常茶飯事だ。ただでさえ山の天気は移ろいやすく、平地より高い場所である為に、落雷も多い。しかもバハムートはその巨体だけあって、身体に雷が落ちることなどしょっちゅうである。そんな事を気にしていては、ここでは暮していけないだろう。そもそも、たかが自然の雷如きで、ダメージを受けるほどやわな身体をしてはいないのだ。多少の刺激程度にしか感じない嵐や雷など、バハムートにとっては心地よい自然音楽であった。
ふと気づくと、その喧騒を打ち破り、一人の女がバハムートの目の前に立っていた。身体はぼんやりと発光していて、表情こそ見えないが、纏っている雰囲気は屈託のない少女のような、どこか甘ったるいが邪悪な感じがする。大雨の中で、傘もささずに手を後ろに組んでバハムートの顔をじっと眺めている。
気配を感じて、バハムートは目を開いた。すると、女は嬉しそうに笑って声を上げた。
「あは、起こしちゃいました?ゴメンなさ~い。あのぉ、あなたバハムートさんですよねぇ?わたし、あなたにお願いがあってきたんですよぉ」
「…人間か?鬱陶しい、失せろ。願いを聞いて欲しいなら女神に頼め」
眠りを邪魔され、不快な視線と苛つく口振りで声をかけられたバハムートは、女を一切相手にせず冷たく言い放った。バハムートはリヴァイアサンと違って人間には詳しくないが、彼らがよく女神に祈りを捧げて何かを願っているのは知っている。それが叶う事はほぼないのだろうが、女神は気まぐれだ。少なくともバハムートに願うよりは叶う可能性があるだろう。だが、バハムートの拒絶などお構いなしに、女は話を続けていた。
「え~、女神様じゃダメですよぉ~。だってわたしぃ、殺して欲しいヤツがいるんだもの。女神様は、そんなお願い聞いてくれないでしょぉ?」
口調とは裏腹に、女の願いは恐るべきものであった。話の内容とはちぐはぐに、女はにこやかに笑っているようでもある。ますます不愉快になって、バハムートは女を睨みつけた。
「…俺を殺し屋代わりにしようってのか?ふざけた事を抜かす人間だな。逆にお前を食い殺してやる方が面白そうだ」
「ええ~、わたしは食べちゃダメっ!だよ。だって、わたしはこれからとっても偉い女王様になるんだからぁ。うふふ、楽しみだなぁ~」
女は、バハムートの睨みなど意にも介さず、うっとりと未来の展望を口にしている。明らかに正気の沙汰とは思えない。だが、単なる異常者がバハムートの威圧に耐えられるはずもない。ましてや、離れた場所に幻影を飛ばし、まるでそこにいるかのようにコミュニケーションをとれると言うのは並大抵の力で出来ることではなかった。
「どこまでも舐めた女だ…!願いがあるというなら、自分の足でここに来い。そんな戯言を聞いてやるつもりはないが、ここに来れば即座にお前を噛み砕いてやる」
そう、目の前の女は明らかに実体ではなかった。何らかの魔法か、魔力によって幻影をバハムートの元に送り込んでいるのだ。それはただの人間の所業とは思えず、バハムートには邪悪な魔女としか思えない。
「噛み殺すなら、わたしじゃなくてあの女にしてよぉ~。わたし、自分の手は出来るだけ汚したくないんだぁ。あの女と違ってぇ、綺麗なままで女王様になりたいんだもの。だから、ね?わたしのお願い聞いてくれる?」
「くどい!誰がお前のような魔女の願いなど聞いてやるものか!消えろ!」
バハムートはそう叫ぶと同時に、口から強大な魔力の込められた熱線を放った。それは目前の女を飲み込み、山間を奔って遠い空の雲間を消し飛ばした。だが、女の幻影は消える事なく何事もなかったかのようにそこにいる。
「ひどぉい!わたしにこんな事するなんてぇ!もういい、あなたを殺してから、わたしのお人形にすればいいや!大人しくわたしのお願いを聞いていればよかったのに…じゃあね、バカなドラゴンさん」
女はそう言うと、一瞬にして姿を消した。すると、バハムートの全身を覆うように黒い靄が立ち込めて、身体を蝕んでいく。
「ぐっ!?ぐああ!な、なんだ、これは!?ううううう…があああああああっ!!」
身体中に染み込むような、突き刺すような痛みを感じ、バハムートは絶叫した。どんなに身をよじっても、空を飛ぼうとも、その痛みは消える事がない。昼夜を問わず襲い来る苦痛は、やがて怨嗟のように周囲に満ちて、霧を呼んだ。霧の中には、山で死んだ哀れな骸達も混じっており、バハムートが苦しめば苦しむほどその数は増え、平和な山頂はまるで地獄が溢れたかのような様相を呈していった。
お読みいただきありがとうございました。
もし「面白い」「気に入った」「続きが読みたい」などありましたら
下記の★マークから、評価並びに感想など頂けますと幸いです。
宜しくお願いします。




