不安なバハムートさん
ネトコン11応募作品、一日一回、17時更新を目指します。
マリアロイゼの宣言を聞き、バハムートは静かに二人を見据えている。今の所は敵意こそ感じられないが、先程の言葉通り不信感が強いようだ。人間の手によってああも無残な姿にまで追い詰められているのだとすれば、人を信じられないのも無理はない。逆にさっきはよく助けてくれたというべきだろう。
「テンジというのは、お前の腕の中にいるその男か?俺はずっと見ていたぞ、そいつは戦いが始まる前に恐怖で意識を失って倒れた。しかも、今も怯えて夢の中に引き籠ったままだ…そんな奴に何が出来る?」
「確かに、テンジ様には弱点もありますが、そんなものは補って余りある実力をお持ちなのです!リヴァイアサンさんもテンジ様とこのフレスヴェルグがお助けいたしました…私達を信じて任せて頂ければ、必ず、バハムート様のお力になれるはずです!」
「根拠がないな。では、俺の身体にこの呪いをかけた憎きあの魔女を殺せと言えば、お前達は同胞を殺せるのか?お前達人間に、そんな事が出来るとは思えんな」
「それは…」
マリアロイゼは答えに窮してしまった。この世は綺麗事だけでは済まされるものではなく、時として為政者はその手を汚す必要がある。公爵令嬢として生まれ、貴族の役目と義務を教え込まれてきた彼女には、それは解り切った話だ。そもそも、あのバカ王子の尻拭いの為に、自ら、或いは間接的にその手を血で染めたことも一度や二度ではない。それでなくとも、天児と共に脱獄する際にはマリアロイゼ自身の意志で、王宮の騎士を一人殺害してきた。続く兵士達には手加減をしたが、打ち所が悪く命を落とした者がいる可能性もある。彼女は今更、人の命を奪うと言う事に必要以上の抵抗を感じない心を持っていた。
だが、この世界そのものは、それを良しとしない。どんな理由があれ、天寿を全うできなかった生命は、魂が瘴気という悪性に変わり果ててしまうのだ。天児と出会ってから、特に強く瘴気と出会い戦ってきた今だからこそ、マリアロイゼは迂闊に瘴気を生み出すような殺生をするべきではないと思い始めていた。
「…確かに、瘴気の事を考えれば無益な殺生をするべきではないと、私は考えております。しかし、悪事を働き他人を苦しめるものの命と、今まさに苦しめられている命を比較した時、その思いが何よりも優先されるべきとは思っておりません。…私の名はマリアロイゼ・ドラグ。ドラグ家はバハムート様を守護神と崇める武家であり、私はその娘ですもの。力が命を奪うその意味と責任は誰よりも理解し、何よりその覚悟を持って生きているのですわ!」
威勢よく放たれたマリアロイゼの名乗りと揚言を聞き、バハムートは大きく目を見張った。それと共に、何かに気付いたように、小さく呟いている。
「ドラグ…?そうか、こいつはニーズヘッグの…」
「ニーズヘ…ッグ?」
「いや、いい、何でもない。…いいだろう、信じてやる。だが、その男は何とかならんのか?そんな臆病者など、役に立つとは思えんが…」
口の端から血の混じった泡をこぼしながら、バハムートは天児を見つめて言った。何も知らないバハムートからすれば、天児はゾンビを見ただけで卒倒した気弱な軟弱男である。そういう感想になるのは仕方ないのだが、それでもマリアロイゼは胸を張っていた。
「ふふふ、こう見えてもテンジ様は聖女のスキルを扱えるお方なのです…瘴気に襲われたリヴァイアサンさんを窮地から救ったのも、この方なんですのよ」
「聖女の?いやいや、そいつはどう見ても男だろう…聖女なはずがあるまい」
「そうです、テンジ様は男性でございます。この方は聖女召喚によって呼び込まれてしまった被害者なのですわ。しかし、その気高き精神と万物に対して分け隔てなく与えられる比類なき優しさをもって、この私だけでなく、この世界に住まうすべての存在をお救いになってくださるのです!」
「ええ…なんだそれ、恐…本当に大丈夫なのか?怪しい奴なんじゃないだろうな?」
瞳を輝かせ、鼻息を荒くして、マリアロイゼは高らかに言い放つ。彼女の天児に対する評価は、既に限界を振り切っていて、知らない人間からすれば狂信者と間違えられてもおかしくないほどだろう。当然、バハムートにしても、男の癖に聖女のスキルを使うだのと言われた所で、得体の知れない人物という認識がより強化されるだけであった。一抹の不安を胸に抱き、バハムートは迂闊に信じると言った自分の言動を後悔していた。
「ともかく、テンジ様に起きて頂きましょう。話はそれからです。…テンジ様、起きて下さいまし。もう恐ろしい怪物はいませんわ」
「う、うぅ…ゾンビ…頭が取れて…うう…」
マリアロイゼが優しく囁いてみせるも、天児は一向に悪夢から帰ってくる気配はなかった。よほどゾンビが苦手なのだろう。余談だが、マリアロイゼはゾンビというものを知らないので、天児が何に怯えているのかもよく解っていない。何しろこの世界にはアンデッドという種族が存在しないのだ。死んだ魂は転生するか、瘴気に変わるか、そのどちらかなのだから。
「あらあらテンジ様、そんなかわいい寝顔で…こうなったらやはり目覚めのキスしかありませんわね!さぁ、テンジ様…あっつぅいキスで起こして差し上げますわね、ハァハァ!」
「ピィッ!!」
天児の唇を狙うマリアロイゼの後頭部を、フレスヴェルグが思い切りどついた。その拍子で彼女の角が天児の額に突き刺さると、天児は驚いて飛び起き、肩でマリアロイゼの顎を強打した。悶絶するマリアロイゼと、痛みでパニックになる天児。そして怒るフレスヴェルグ。まさに惨憺たる有り様だ。
「!?ぎゃあ!…い、痛ぁ!!?え、あ、わ!ロゼさん?!一体何が…!」
「イタタタ…!こ、この鳥ぃぃっ!今日という今日は許しませんわ!!」
「グルルルル…!」
大騒ぎする天児達を見つめ、置いてきぼりのバハムートは呟く「こいつらに任せて大丈夫だろうか…?」と。
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