バハムート・ゾンビ
ネトコン11応募作品、一日一回、17時更新を目指します。
「テンジ様、もうすぐ到着致しますわ。準備はよろしくて?」
マリアロイゼの言葉とほぼ同時に、竜車が減速を始めた。目的地であるヤクト山の頂上まではあとわずかだ。
「はい、荷物の確認は終わってます。いつでも行けますよ」
天児は昨夜の内にリュックサック型の鞄に食材や着替えを、また簡単な調理器具までを詰め込んでおいた。それに水が入った携帯用の革袋を肩から斜めに二つ提げれば準備は万全だ。毎度の事ながらバトルスタイルの都合上、前衛であるマリアロイゼにはあまり荷物を預けられない為に、その大部分を天児が背負って歩く事になるのだが、平地ならともかく山や森ではかなりの負担になる。
その意味でも、リヴァイアサンの加護を得られた事で、身体能力に補助が掛かっているのは大きい。天児にこそ、加護が必要だと言ったリヴァイアサンの見る目は正しかったということだろう。あの時は嫌々だったが、加護を受けて正解だったなと天児は胸の中でリヴァイアサンに詫びた。
バーズタウンを出発して二日目。現在、天児達はヤクト山の山頂付近となる八合目に到着している。ヤクト山は、かつては多くの人々が行き交う場所だった為に、ここ八合目まではある程度登山道が整備されていて、スムーズに竜車で登ってくることができた。しかし、ここから山頂までは道などなく、徒歩で登らなければならない。残り二合ほどの距離ではあるが、この辺りから先は霧が深く立ち込めていて視界が悪く、足元はゴツゴツとした岩肌が露出しており、山頂まで簡単には辿りつけそうにない。
幸運なことに、ここ八合目には大きな池があって、グラウンド・ドレイク達を休ませておくにはちょうどいいスペースもあった。彼ら専用の餌を用意して、ここで待機するように言い含めれば待っていてくれるのだから、グラウンド・ドレイクの引く竜車とは便利な乗り物である。
外に出ると、山特有の澄んだ冷たい空気が肌をくすぐった。ここは活火山ではないので、独特の硫黄臭のようなものはしないが、どこからか風に乗ってかすかに鼻を衝く妙な臭いがする。本当にかすかだし、肩に乗るフレスヴェルグも気にする様子がないので、天児はあえて気にしない事にした。
「さて、テンジ様、参りましょうか。ここから山頂までは、ゆっくり進んでも三~四時間で行けるはずですわ。ああ、足元、お気を付け下さいましね」
グラウンド・ドレイクの背を撫で、軽くブラッシングをして手入れを終えたマリアロイゼは、天児の右手を取り、先導するようにゆっくり歩いていく。立ち込める霧のせいで、手を放して先を行かれたら立ちどころにはぐれてしまいそうだ。「すみません」と謝りながら、天児は素直にマリアロイゼに従って歩いて行った。
そのまま二時間程歩いただろうか?天児はバーモント村に行く途中のカイネ山でも慣れない山道に苦戦していたが、今回は霧と足場の悪さが最大の敵である。幸い、今の所人を襲うようなモンスターと出くわしてはいないが、こんな場所で戦闘となるとかなり厄介だ。二人は慎重に歩を進めながら、先を急いでいた。
しかし、この辺りまで来ると、やはり何かの異臭を感じる。八合目でははっきりしなかったが、物が腐ったような、明らかな刺激臭だ。ヘスペリデスの木に散々異臭で苦しめられた天児は、匂いに敏感になってしまっているようだった。
「ロゼさん、何か臭いませんか?腐ったような…嫌な臭いを感じるんですけど」
「ええ、私もずっとそれを感じておりました。霧でよく視えませんけど、近くに動物かモンスターの死骸でもあるのかしら…?」
いくら山頂付近と言えど、多少は生き物もいるだろう。当然、それらが命を落とすこともあるので、死骸があっても不思議な事ではないが、もし八合目で感じていたものがこれだとしたら、匂いの元は相当なものだ。一向に晴れない霧を恨めしく思いつつ歩く二人を、霧の向こうで鈍く光る二つの瞳がじっと見つめている事にはまだ気付いていない。
さらに登って行くと、どうやら頂上に辿り着いたようだ。そこはまるで何者かが均したように平地になっていて、霧で全貌は見えないが、かなりの広さがあるように思える。同時に、腐臭ははっきりと解るほどに強くなっており、それと共に、強烈な殺意を含んだプレッシャーがそこら中から感じられた。
「一体、何が…?」
「テンジ様、お気をつけ下さいまし!何かいますわ!」
マリアロイゼがそう叫ぶより先に、霧の向こうで何かが蠢く音が聞こえた。ゆっくりと近づいてくるその気配は、異質で、明確な敵意を持っていた。やがて現れたそれは肉が腐り落ち、所々に骨や内臓が見え隠れする、恐ろしく悍ましい死者の群れであった。
「ぞ、ゾンッ…!!」
「え、テンジ様!?」
その姿を目の当たりにした途端、天児は意識を手放していた。ホラーが大の苦手な天児だが、ゾンビ映画は輪をかけて苦手だったのである。スタンディングベアーの時は蹲って震えている程度で済んだというのに、ゾンビが相手だと完全にK.Oされてしまうらしい。マリアロイゼは天児を護るべく、即座に倒れた彼の前で仁王立ちして壁を作った。
ゾンビたちは人であったり動物であったり、中にはモンスターであったりと種類は様々だが、皆一様に一目で死者と解るほど、その身体は傷んでいるようだった。恐らく素早い動きは出来ないだろう。天児を護りながら戦うマリアロイゼにとってはありがたいことだが、逆にどのくらい破壊すれば動きが止められるのかが解らない。見るからに死んでいるはずの存在が動いているとなれば、五体をバラバラにしたところで動き出すかもしれない。
ちなみに、この世界にゾンビというモンスターは存在していない。マリアロイゼにとっては海魔に引き続いて未知の怪物達である。
「死体が動くだなんて、まるでこの世の終わりのようですわね。女神様がおられないということは、こんな事態すら引き起こすのかしら…ふっ、上等ですわ!例え世界が終ろうとも、テンジ様だけは護ってみせます!さぁ、どこからでもかかって来やがりませ!」
マリアロイゼはハルバードを構え、威嚇するように啖呵を切ってみせた。すると堰を切ったようにゾンビ達が一斉に向かってくる。幸い、後ろは下り坂で、敵の気配は正面のみである。長柄の得物を持つマリアロイゼにとっては護るに易い状況であることは間違いなかった。
横薙ぎの一閃を放てば、最初に向かってきたゾンビ共は真っ二つになって千切れ飛んだ。人型のゾンビは、四つ足の動物やモンスターのゾンビよりも行動が遅いのか、吹き飛ばされた死体に当たって倒れたり、ぶつかっただけで身体が崩れたりと防御力はほぼ皆無に等しいようだ。
マリアロイゼはそれを好機と見るや、すかさずゾンビの群れに飛び掛かり次々に切り伏せ、蹴散らしてその数を減らしていった。
「せい、やぁっっ!!」
大きい獣型のゾンビの腹を突き刺し、持ち上げて力の限りに投げつければ、複数のゾンビ達は巻き込まれてボロボロと崩れ落ちる。どうやら、ゾンビはある程度以下のサイズになると活動が停止するらしい。おおよそ元の身体を四分割くらいにまですれば倒せるとマリアロイゼは理解した。もちろん、天児を護ることは忘れていない。戦いながら、冷静に天児を視界に入れて、近づくものがあればすぐに切り伏せている。まさに八面六臂、鬼神の如き戦いぶりである。一方、倒れた天児の荷物の上に乗っているフレスヴェルグは、じっと上空を見上げて睨みつけていた。何かを酷く警戒している様子だ。
取り囲むゾンビ共の数が残り少なくなった頃、それは起こった。フレスヴェルグが高い声で警戒の声を上げると、マリアロイゼは咄嗟に天児の元に飛び
、武器を置いて彼を庇うように抱え上げて空へ飛んだ。
その動きと前後して、上空から猛烈な勢いで、巨大な何かが落ちてきた。真っ赤に焼けた隕石のような、大きな熱量を持った火球が彼女らのいた頂上を直撃し、ゾンビ達を一気に焼き払ったのだ。
「な…っ!?」
熱波はゾンビだけでなく、立ち込めていた霧をも吹き飛ばし、視界が一気に開けた。マリアロイゼ達が着地して火球の落ちてきた空を見上げると、所々に身体が腐り落ち始めた、巨大なドラゴン…変わり果てた姿のバハムートが、こちらを見つめているのだった。
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