オババと聖水の小瓶
ネトコン11応募作品、一日一回、17時更新を目指します。
「おや?マリアロイゼはともかく、テンジもバハムートを知っておるのか?」
リヴァイアサンは意外そうに二人を見つめていた。知っているも何も、かつてはゲーム少年だった天児からすれば、バハムートは知らない方があり得ない程の有名なモンスターである。もちろんそれはリヴァイアサンも同じなのだが、ゲーム的に言えばバハムートの方が上だろう。天児個人としては、昔からリヴァイアサンの方に惹かれるものがあったので、相性がいいというのはそういう事なのかもしれない。
「僕の世界の神話にも、バハムートというモンスターが登場するんですよ。もちろん、リヴァイアサンもね」
「ほほう」と顎を撫でつつ、リヴァイアサンは満更でもない様子である。女神エリクシアは他の世界を参考にこの世界を創り上げたというし、色々被る事もあるのだろうが、ここまで同じというのも妙な感覚がする。とはいえ、そんな伝説の存在に関われるというのはやはり嬉しくなるものだ。天児の喜びに合わせて、彼の周りではかすかだが楽し気な精霊の笑い声が絶えない。
かたやマリアロイゼは、バハムートという名に動揺しているようだ。彼女は竜人という種族だけあって、バハムートに対して特別な何かがあるのかもしれない。見かねた天児が背中をさすってやると、マリアロイゼは数回深呼吸をして、ようやく落ち着きを取り戻したようだった。
「バハムート様と言えば、我がドラグ家では守護神として崇めている伝説の存在ですわ。よもや、そんなお方とお近づきになろうだなんて…考えただけで身体が震えてしまいます」
興奮する二人を余所に、黙って聞いていたオババが口を開いた。無表情だった先程までとは違い、どこか不満そうな、不機嫌そうな顔をしている。
「人間が覇龍に会うなど、止めた方がよろしいでしょう。あれは気性が荒いものです。もしこの二人が害されてしまったら、新たな瘴気が生まれる事になってしまいます。転生のシステムを任される者としては、それは看過できません」
オババは凛とした態度で、反対の意を示した。考えてみれば、人が天寿を全うしなければ転生のシステムは正しく作用しないのだから、それを管理する彼女の言い分はもっともである。まして瘴気は人を襲うものだ。それが増えるような事は許容できるわけがないだろう。
するとリヴァイアサンは、つまらなさそうな顔をしてオババの顔を見つめた。彼女が反対するとは思わなかったようだ。
「オババはこの二人の事を知らんからな。特にテンジは大したものだぞ、男だが、聖女のスキルを持っていて瘴気を浄化できる。かくいう我も、瘴気となったラハブに襲われていた所を救って貰ったのだからな。それに、マリアロイゼも中々の実力者だぞ、加護を与えてみて解ったが、血筋もよい。心配はいらぬ」
天児が瘴気を浄化できると聞き、オババは目を見開いて驚きの表情を見せた。
「そんな…まだ聖女が産まれるべき時では…まさか、聖女召喚?しかし、この者はどうみても…」
「ええ、僕はれっきとした男です。女神様が失踪したせいで、聖女召喚を成功させられなかったみたいなんです。僕は術が失敗して呼び込まれてしまったんですよ」
天児がそう言うと、オババは目を伏せて考え込む素振りをみせた。考えてみれば、聖女とは転生のシステムを支える存在のはずだ。管理者からしてみれば、イレギュラーな天児の事は快く思えないのかもしれない。
「ふむ、では、一つ私にもその力を見せて頂きましょうか。…これを」
オババは再び懐を探り、手のひらサイズの透明な小瓶を取り出した。表面には小さく花の意匠が施されていて、中身は何も入っていない。だが、何か不思議な力を感じる小瓶だ。天児が何故か目を離せずにじっと小瓶を見つめていると、オババはそれを天児に手渡した。
「それは、かつてこの神殿を訪れた初代の聖女によって創られたアイテムです。初代の聖女はクラフトのスキルを持っていて、色々なアイテムを生み出していました。ちなみにそれは聖女にしか扱えず、中身のなくなった今は、役に立たない小瓶でしかないのですが…それを浄化してみせてくれませんか?」
「浄化?この瓶をですか?」
「ええ、聖女はそれに浄化のスキルを使う事で機能するのだと言っていました。貴方が聖女のスキルを使うと言うのなら、やってみせてもらいましょう」
オババから手渡された小瓶を見つめ、天児は思わず息を呑んだ。確かに、この小瓶からは何かの力が感じられる。ただ、それが何なのかは解らない。上手く言葉にできないが、これを見ていると、胸騒ぎのような期待と不安の入り混じった思いが溢れてくる。去来する複雑な感情を抑えながら、天児はそれに浄化のスキルを使った。
「くっ…!?なんだ?力が、吸われる…っ?!」
「テンジ様!?」
マリアロイゼや天児が何度も目の当たりにしてきた浄化の光は、どんどんと小瓶に吸い込まれていき、その代わりに小瓶そのものは、透明から美しいコバルトへ、さらに輝くようなウルトラマリンブルーへと変化していく。同時に、空っぽだった中身には液体が満ち、やがて溢れ出していった。
じゃばじゃばと激しい水音を立てて、小瓶に入っていたとは思えないほどの量の液体が溢れ出ている。その勢いは一向に止まず、足元には水溜まりが出来始めていた。
「テンジ!もう止せ、スキルを止めろ!おい、オババ、これは一体どうなっている?こやつに何をさせたのだ!?」
リヴァイアサンもさすがに焦りを見せて制止するが、天児の意志に反して、浄化のスキルは止められない。マリアロイゼは焦りつつも、天児の背中を抱いて、崩れ落ちるのを防いでいる。
その様子を見つめるオババの表情は淡々としたものだが、しばらくすると何事かを呟き、足元に溜まった小瓶から流れ出た液体を操って水球を作り出してみせた。
「これは予想以上…ですが、心配いりません。魔力が尽きれば聖水の生成も止まるでしょう」
「聖水?これが?」
リヴァイアサンも驚きながら、集められた水球と未だ溢れ続ける液体に目を向けた。神殿内部の光にあてられ、それは七色に輝いてみえる。
「それは初代の聖女が創り出した、この海と神殿を護る為の浄化の聖水を生み出す小瓶なのです。ただし、起動させるには浄化のスキルが必要なので、聖女がいなければ意味を成しません。これまで幾人もの聖女がここでそれを使って聖水を作ってくれました。最後の聖女が居なくなってから百年…近頃、聖水も尽きて困っていたのですが、これほどだとは思いませんでした。この水球一つで、聖女一人が一生の内に生み出す聖水の半分近い量になります。大したものですね」
オババがそう語る間にも、どんどんと聖水は湧き出し続けている。力を吸われ、真っすぐ立っていられなくなった天児は前屈みになるが、その手に握った小瓶からは絶え間なく流れ出て…聖水だけあって、後ろから見るとなんだかいかがわしい姿に見えなくもない。
「いやですわテンジ様そんな、お母様の蔵書で読んだ官の…おほん、大人向け恋愛小説みたいに…!」
「ロゼさんが何を読んだのかはツッコミませんけど…もう、意識が…」
ふらつく天児の手から、リヴァイアサンが小瓶を強引に奪い取る。天児の手を離れてもまだ、小瓶から聖水が出るのは止まらなかった。
「おい、これ壊れてるのではないか?テンジが手放しても止まらんぞ」
「そんなはずは…と、とにかくそれはこちらに。神殿の奥に安置しておきます」
そう言って、オババはリヴァイアサンから小瓶を受け取り、そそくさと神殿の奥に消えてしまったのだった。
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