お嬢様大号泣
ネトコン11応募作品、一日一回、17時更新を目指します。
「う、ううぅ…」
「お、目覚めたようだな」
天児が目を覚ましたのは、竜車のベッドの上であった。どうやら意識を失っていたらしいが、どうやって竜車に戻ってきたのか解らない。何故ここにいるのだろう。混濁する記憶を整理しつつ、ゆっくりと起き上がってみると、向かい側のソファに見慣れない人物が座っていた。
「いやはや、異世界人とは大したものだ。いかに世界樹の奴めが協力したと言っても、ほぼ単独でラハブに勝ちおるとはな。しかも聖女のスキルを持った男とは、またなんとも面白い」
「誰…?」
ソファに座り、果物を口に放り込みながら、その人物は妖艶な笑顔をみせている。マリアロイゼとは形が違うが、二本の角を生やし、朱い瞳は白目の部分が黒く染まっている。なにより目を引くのはその青い肌だ。透き通っているかのような青さは、凡そ人のものとは思えない肌色をしている。元より眉目秀麗な男性ではあるが、まるで滝の傍に立ったかのような冷たい気配は、寒気がするほどの美しさをもっていた。
「ふむ。人の姿をとるのは久方振りだが、そんなにおかしいか?…ああ、そもそも我の事が解らんから警戒しておるのか」
言葉には出していないはずだが、目の前の男は天児の心を読んだように独り言ち、納得してみせた。段々と意識が覚醒して天児が状況と言葉の意味を理解し始めた時、本来ここで眠っているはずの人物がどこにもいない事に気付く。
「ろ、ロゼさん…!ロゼさんはどこに?!」
「落ち着け、あの竜の娘なら無事だ。貴様が我を救ってくれた礼と詫びも兼ねて、しっかり治してやった。今は外に出ておる。貴族…とかいう立場があるようでな。人間のああいう所は、我は好かんな」
そう言いながら、男はまた一つ果物を咀嚼して飲み込み、笑顔をみせた。どうやら、よほど果物が好きらしい。さっきから食べているのはパラという、みかんに似た果物だ。以前、ジョゼフィーヌの屋敷でデザートとして食べた事がある。みかんと違って酸味がほとんどなく、純粋な甘さと、一噛みで口いっぱいに広がる水分が特徴の果物だ。ただ、みかん同様、本来は皮を剥いて食べる果物なのだが、男は皮ごと口に放り込んで食べている。
若干の違和感を覚えつつ、マリアロイゼが無事だと聞いて、天児はホッと胸を撫で下ろした。するとその肩に、フレスヴェルグが乗ってきた。だが、心なしかその表情は恨めしそうな、怒っているような顔にみえる。初めて見る顔つきに、天児は完全に気圧されてしまっていた。
「ふ、フレスヴェルグ。ど、どうしたの?」
天児の言葉を聞くや否や、フレスヴェルグは天児の頭を突きだす。まるで子供が癇癪を起して八つ当たりをしているようだ。
「アダダダダ!?ちょちょちょ痛い!痛いって!?なに、何で!?」
「ハッハッハ!そ奴も心配しておったのさ。我が貴様を海中から引き揚げた時は血相を変えて飛び掛かってきたくらいだ。そ奴にも礼を言っておけ」
「そ、そうだったのか。フレスヴェルグ…ありがとう。あ、いやいやいや痛い、痛いから!」
フレスヴェルグはムキになって天児を突いているが、もちろんちゃんと手加減をしている。少し強めの甘噛みといった感覚なのだろう。それでも天児にはだいぶ痛いようだが、心配をかけてしまったのだからと多少は大目に見ようとするのが、天児の甘さであった。
「ん?来たか」
男がそう言うと、突然、ガチャリと客車の扉が開く、そこに立っていたのはマリアロイゼであった。フレスヴェルグにじゃれつかれている天児を見て、マリアロイゼは目を見開いて立ち尽くしている。
「ろ、ロゼさん…?」
天児の問いかけに応えず、マリアロイゼはずんずんと足を踏み鳴らして、天児の元へ歩いてきた。逆光で顔がよく見えないが、凄まじいプレッシャーだ。何故だか解らないが、明らかにマリアロイゼは怒っているようだった。天児はあまりの迫力に言葉も出せず、目の前に立つマリアロイゼから目を離す事もできない。次の瞬間、パシンッ!という乾いた音が客車の中に響いた。それはマリアロイゼが天児の頬を張った音だと、天児自身が気付くまで、わずかな時間がかかったほどに、何が起こったのか解らなかった。
「ロゼさ…」
「どうして…どうして!いつも貴方は!戦う度に死にかけてっ…いつもいつも私の為にっ!どうしてもっとご自分を大切になさってくれないのですか!?今度という今度はもうダメかと…っ!私…わたくしぃ…うわああああああああん!!」
大粒の涙をボロボロ零しながら、今度はポカポカと天児の胸を叩いて、マリアロイゼは子供のように大声で泣いていた。ついさっきまで、フレスヴェルグにも同じように怒られたこともあって、天児は胸が苦しくなって、咄嗟にマリアロイゼを抱き締めていた。少しいやいやと抵抗していたものの、やがて、今度はマリアロイゼの方から力一杯抱き締め返している。
やはり彼女も不安だったのだろう、考えてみれば、マリアロイゼの前で命の危機に陥るのは、もう何度目だか解らないほどだ。元々平和な世界で一般人として生きてきた天児なのだから、荒事に巻き込まれれば無事では済まないのも当然なのだが、それでも限度がある。
マリアロイゼが目を覚ました後、アクシスから事の次第と顛末を聞いて、心臓が止まるような思いに襲われていた。
聞けば天児は、フレスヴェルグと共に巨大な海龍に挑んだだけでなく、高所から竜巻の中心にまで飛び込んだと言うではないか。フレスヴェルグの放つ竜巻の威力は、実際に戦ったマリアロイゼ自身がよく解っている。あのウッドゴーレムの硬い身体を粉砕したほどだ、一歩間違えば生身の人間など、切り刻まれて欠片も残るまい。そんなものに自分から飛び込んだのだ、しかもそれは他の誰の為でもなく、マリアロイゼを救う為にである。
二人共に、お互いを犠牲にすることなど許せないタイプなだけに、行き場のない思いが溢れてしまったのだ。
天児はマリアロイゼやフレスヴェルグを悲しませてしまった事に謝りながら、それでも後悔はしていない。泣き腫らすマリアロイゼの背中を優しく叩きながら、天児は囁く。
「ロゼさん…ごめんね。それと、心配してくれてありがとう。…ただいま」
お読みいただきありがとうございました。
もし「面白い」「気に入った」「続きが読みたい」などありましたら
下記の★マークから、評価並びに感想など頂けますと幸いです。
宜しくお願いします。




