恋は遺伝子の病
ネトコン11応募作品、一日一回、17時更新を目指します。
「香水ですか、素敵な贈り物じゃありませんの!でも、自作するのはなかなか難易度が高そうですわね…」
マリアロイゼは一瞬目を輝かせたが、それを自作するという事を考えた時、決して簡単なものではないと思い至ったようだ。
作成する為の機材などの用意もそうだが、調香師のようなプロでもなければ、繊細な香りを生み出す事は難しいだろう。
ましてや、複数の香りの元を掛け合わせて目的の香りを作るというのは、素人に出来る芸当とは思えない。
「その、どうして香水を?こう言ったら失礼かもしれないけど、素人がそれを作るのは難しすぎるんじゃ?」
天児はハンネスに共感するあまり、完全に素の話し方に戻っている。年齢的にはハンネスは二十代半ばという所なので、年長者の天児が砕けた話し方をするのはおかしくないことだが、誰に対しても丁寧な口調を崩さなかった彼が、この世界へきてここまで気を許したのは初めてかもしれない。
「確かに、大変な事なのは解っていました。でも、仕来りの贈り物は、自分の力と相手への想いを形にするためのものなんです。だから、皆必死に頑張って、自分の限界に挑戦します。難しい事や大変な事というのは、むしろ誇らしいくらいで…」
なるほど、確かに男性が総マッチョイズムであるこの世界では、ありそうな話である。
ハンネスは涙を堪えるように言葉を詰まらせていた。
「それでも、本人に好みを聞くことも出来ない…か」
「…そう、なんです。父の研究室を引き継いで、機材や調香の手法は独学で勉強しました。もう七年になります…ここまで時間がかかってしまったのは、どうしても正解が解らなくなってしまって…彼女にピッタリ合う香水を作りたいと思って始めたのに、何度も試作を繰り返していたら、もう何が正解なのか…」
これは由々しき問題である。一般的に販売する目的なのであれば、ある程度のリサーチも出来るし、何より自分の感覚で勝負を仕掛ける事ができるものだ。しかし、これは世界でただ一人に向けて贈るもの…しかも、相手に渡すまで相談する事も出来ないとなると、ハードルは著しく高くなる。
これでハンネスが考える、シモーヌに最も合う香りというものがブレてしまうと、もはや完成させるのは至難の業だろう。
「うーん…あ、女性意見の参考までに、ロゼさんはどんな香りが好きですか?甘い香りとか、爽やかな香りとか」
天児がそう聞くと、マリアロイゼは胸に手を当て、静かに目を伏せて何かを思い出す仕草をみせた。
マリアロイゼは貴族で、しかも公爵令嬢だ。きっと色々な香水を試したり、使ったりしてきたのだろう。彼女ならば、具体的な意見を言ってくれるかもしれない。天児とハンネスは一縷の望みをかけて、彼女の言葉を待った。
「私、私の一番好きな香り…そうですわね。今までの人生で一番と言われるとやっぱり…」
「やっぱり?」
「テンジ様の匂いですわ!」
これでもかというほど胸を張るマリアロイゼとは対照的に、天児とハンネスは盛大にズッコケた。それはもう、見事なズッコケであった。何を言っているのだろう?この娘は。
ある意味予想通りではあったが、天児はそれを認めたくない一心で話を続ける。
「あ、あの…」
「テンジ様と言ったら、絶妙な匂いがするのです。こうなったらもうぶちまけてしまいますが、普通は汗の匂いなんて酸味はキツイし、不快なもののはずなのに、テンジ様はそれがまるで花のように甘くて実際に舐めたら本当に甘いんですけども…それを一嗅ぎすると頭の奥の方で何かが弾けたような感覚がするのですわ。そしてそれが段々と喉を通って肺に伝わり、次第に肺から酸素として血液に染み込み全身へ駆け巡っていくのです。そうなるともはや、私の身体はテンジ様と一緒、いえ一つになるなんてものじゃありません!細胞がテンジ様そのものと混ざり合っていくように感じられて、まさにアレは大宇宙の真理を全身に浴びているのと同義…それでいて決して飽きる事など全く無く、気付いた時には一晩中離れる事も出来なくなります。それに…」
「はい、すいませんそこまで。ストップで」
完全にトリップを始めたマリアロイゼの口を両手で塞ぐ。マリアロイゼが興奮しているせいで、若干いかがわしい絵面になっているが、そんな事は気にしていられない。いくらなんでも酷過ぎる、何を他人の前で口走っているのか。人間というものは、自分の遺伝子から最も離れた相手の匂いを好ましく思うと聞いた事はあるが、まさか静かに目を伏せてこんな事を考えていたとは、天児は頭が痛くなった。
そもそもその理屈で言うと、異世界人である天児はこの世界の人間から最もかけ離れた遺伝子の持ち主のはずだ。となると、マリアロイゼだけでなく、他の人も天児の匂いに惹かれるのだろうか?
口元を塞ぐ天児の手の匂いだけでマリアロイゼの目つきがとろんとして、表情が緩みっぱなしになっているのを見て、天児はゾッとしてそこで考えるのを止めた。
「ま、まぁ、好きになった相手の匂いが好き…というのはよくある話だけどね。…って、ハンネス君、どうしたんだ?」
ハンネスは椅子に座り直した所で、ぶつぶつと何かを呟いている。まさか、マリアロイゼの病気(失礼)がうつってしまったのかと焦る天児を横目に、ハンネスは必死に何かを必死に計算しているようだった。
光りなく虚ろだが、どこか強い芯を感じる瞳で、ハンネスはさらに呟きを続けていた。尋常ではないその様子に天児が引いていると、今度はトリップしたマリアロイゼが、天児の手のひらをペロリと舐めた。
「うわぁっっっ!?」
予想外の攻撃を受けて、天児は驚きのあまり飛び上がって両手を離す。さすがに不意打ちは心臓に悪い。高鳴る動悸を抑えて、マリアロイゼを見てみれば、彼女は恍惚の表情で座り込み、だらしのない笑顔で宙を見つめていた。
「な、なんなんだ、これは…?!」
室内は完全に異様な空気に包まれている…その異常さに気圧されて天児がふらつき、ハンネスの肩に手が触れると、ハンネスの瞳に光が宿り「これだ!」と叫んで彼はどこかの部屋へ駆けこんでいった。
「え…?なんなんだ…一体…」
「ウフフフフ…テンジ様ァ…」
残された天児は、一向に帰ってこないマリアロイゼに抱き着かれながら、自問自答を繰り返すのであった。
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