迷える贈り物
ネトコン11応募作品、一日一回、17時更新を目指します。
とっつぁんと呼ばれた男性…二コラに懇願された天児とマリアロイゼは、ハンネスの自宅へ向かった。
本当ならば先を急ぎたい所なのだが、天児にはどうにもハンネスが過去の自分と重なる所が、そしてマリアロイゼは天児を婚約者として対外的にアピールしたいという欲求が合わさって、話だけでも聞いてみようということになった。
どの道、店主が水を二日分用意するのには、それなりに時間が必要らしい。
超高速で仕事をする店主とはいえ、重い物を運ぶのは簡単ではないようだった。
「ここがハンネス君の家ですか、割と立派なお家ですね」
天児はハンネス宅の前で、そう呟いた。
確かに周辺の住宅と見比べると、ハンネスの自宅は大きい。大体普通の家と比べて二軒分はある大きさだ。赤い屋根と青い外壁がミスマッチで、印象的ではあるが、やや落ち着かない。
「なんでも、お父様が薬学の学者様らしいですわ。私も一度著書を拝読した事があります。最近は王都に詰められているはずなので、ハンネスさんは独り暮らしのようですが」
「へぇ、学者さんの御宅ですか」
天児の知る学者というのは、幼い頃に読んだ偉人の伝記程度の知識しかないが、なかなかエキセントリックな存在であると記憶している。
研究に全てを捧ぐからこそ偉業を成し遂げる事が出来るのだと思えば、多少は人格や性格に難があるのも無理はないだろう。
実際の学者の多くはそんなことはないのだが、変わり者が多いというのもまた事実である。
そんな会話をしつつ、ひとまず玄関のドアをノックしてみる。すると、やや時間を空けて、中から若い男性の声が聞こえてきた。
どうやら家には帰っているらしい、とりあえず無駄足にならずには済んだようだ。
「はい…どちら様でしょうか?」
扉を開けて顔を覗かせたのは、先程けんもほろろに突き放されていたあの青年で間違いない。しかし、何やら顔色が悪く、表情だけでなく体全体に疲れが見えるようだ。
「ああ、すみません。僕は九鬼天児と申します。こちらはマリアロイゼ・ドラグさん。実は、ニコラさんという方に、ハンネスさんの相談に乗ってやって欲しいと頼まれまして」
「マリアロイゼ・ドラグです。お父様のロスタン氏の著書は興味深く読ませて頂いておりました」
二人共に会釈をしながら挨拶をすると、ハンネスは少し考えて何か思い当たったようだった。
「マリアロイゼさんといえば、ドラグ家の公爵令嬢様じゃないですか!?そんな方が…すみません、ニコラさんが勝手な事を…村の人たちは良い人達なんですが、あまり世間の事を知らなくて、本当すみません。あ、立ち話もなんですので、どうぞ」
父親が王都で働いているだけあって、息子であるハンネスは社交的にも詳しいようだ。
慌てて頭を下げて、二人を家の中へ迎え入れてくれた。
玄関に入ると、いかにも学者らしい整然された佇まいが目に入った。
靴箱の靴から観葉植物に至るまで、計算された配置や配色がありそうである。
それとどこからか、少し薬っぽいような、甘い匂いが漂っている。
「きちんと整頓されてますね。今は、お一人で?」
「あ、はい。父と母は王都に家を構えています。昔は通いだったんですが、王都からこっちへは世界樹の大森林があったりして、かなり遠回りをするようですから…僕が大人になってからは別々に暮らしているんです」
ハンネスは二人をダイニングに招いて、飲み物の用意をしてくれている。
男の一人暮らしというと、少々だらしのない生活になりそうだが、ハンネスは独りで済むには大きなこの家を立派に管理していて、その性格が伺えた。
見た目にも真面目そうだし、とても女性をいい加減に扱うタイプとは思えない。
どうぞ、と言って出されたリャミーを礼を言いつつ口に含む。
リャミーは見た目と香りこそコーヒーそのものだが、苦みはあまりなく、すっきりとした味わいが特徴の飲み物だ。いい香りが鼻を抜けて、何とも心地よい。
さて、どう話を切り出そうか考えていると、ハンネスの方から、話を始めてくれた。
「それで、ええと…ニコラさんが何か?」
「ああ、それなんですが、実はハンネスさんとシモーヌさんの事を皆さん気にされているようで…」
「私とこちらのテンジ様が婚約関係にあるとお話をしましたら、相談に乗ってあげて欲しいと頼まれたのです」
婚約、という言葉を聞き、ハンネスの顔色が変わった。
その表情は強張り、思いつめたような顔で俯いてしまう。
天児は何か余程の事情があるのだと判断して、優しく話を聞きだすことにした。
「立ち入った事を聞いてすみません。ただ、ニコラさんだけでなく商店の店主さんも、お二人の事は心配しているようでした。僕らに何が出来るか解りませんが、少し話をしてみませんか?」
天児の言葉に、ハンネスは黙って俯いているだけだった。
時折、何かを話したそうな素振りを見せるものの、言葉にはならない。ここは我慢比べになるだろう。
それからしばらくの沈黙があって、ようやくハンネスはその口を開いた。
「ご迷惑をおかけしてすみません。どうも僕は、うまく言葉や態度に表せなくて…彼女、シモーヌには大変申し訳ない事をしていると思ってます」
ハンネスの言葉を聞いて、天児は彼に共感を覚えた理由が解った気がした。彼は、この世界の男性にしては、あまりにも気弱で、口下手だ。
優しさを持っているようにも思えるが、この世界における男性に求められる役割からすると、それはかなりマイナスなことなのだろう。
その意味でも、彼が待たせているシモーヌという女性が、彼に心から惚れていて、辛抱強く待っていてくれたのだと言う事が解る。
「一体、お二人の間に何があったんですの?先程並んで歩かれている所を拝見しましたが、とても仲睦まじいとは言えない雰囲気でしたわよ?」
「…ニコラさんから聞いているかもしれませんが、この村では、結婚する際に男から女へ贈り物をする仕来りがあるんです。その、人によって何を贈るかは様々なんですが、僕の場合、それがどうしてもうまくいかなくて…」
「うまくいかない?何か作っているんですか?」
天児の質問にハンネスは黙って頷いた。学者の息子だけあって、何か自作を試みているらしい。
それが長い事完成しない故に、シモーヌを待たせてしまっているのだろう。
「その…贈り物というのは、自分の力を相手に証明することでもあるんです。だから、腕自慢な奴はモンスターの牙を取ってきたり、金を稼いで良い物を贈ったりするんですが…僕は力もないですし、こんな性格なのでなかなか…彼女もずっと待っていてくれてたんですが、待たせ過ぎてしまったのか、最近はもう見切りをつけられて…もう、どうしたらいいのか…」
話しながら、ハンネスはどんどん落ち込んでいくようだ。過去の自分を見ているようで天児は放っておけない気持ちが強くなる。
「その辺りはちゃんと説明しているんですか?」
「ある程度は…ただ、仕来りとして贈るものがなんなのかは、先に伝えてはいけない事になっているんです。なので、僕が何かを作ろうとしているとは解って貰えても、具体的に教えることは出来なくて…」
つまり、シモーヌからすれば、ハンネスが贈り物を用意しようとしてるのが口先だけに見えてしまっているのだろう。
ハンネスの気弱さが、その不信感に拍車をかけてしまっているのは想像がついた。
天児は少し考えて、何を作ろうとしているのかを聞いてみることにした。
「何を作ろうとしてるのか、僕らには話せませんか?決して、シモーヌさんには伝えませんから」
「僕は、彼女に香水を贈ろうと思うんです。彼女にピッタリな、世界に二つとない香りの香水を…」
そう語るハンネスの表情は、明るいものではなかった。
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