和解するおじさん
ネトコン11応募作品、一日一回、17時更新を目指します。
「あ、痛てて…そろそろ時間かな」
朝の陽射しが室内に入り、眩しさで天児は目を覚ました。
眠っていたのはとても高級なベッドで、寝心地はいいが、ディミーゴに殴られた腹がまだ痛むのでそれを満足に味わえなかった。
さすがは公爵家の別邸というだけあって、バーソロミューの街に居を構えていたジョゼフィーヌの屋敷に負けず劣らずの充実した設備が揃えられている。
あの騒動から二日、今日はマリアロイゼが手配したグラウンド・ドレイクの竜車を借りる予定日だ。
あの後、天児は一度目を覚ましたものの、マリアロイゼに抱き着かれた際に腹部を強打し、痛みの余り悶絶して身動きが取れなくなってしまった。
結局、そのままマリアロイゼと共に、空いている部屋を借りて休ませて貰っていたのだった。
今までは多少の怪我でも、世界樹の雫を分けて貰ったお陰で全快していたのだが、この街ではアクシスとの中継が上手くいかない事から、現在はフィナの魔法で治療をしてもらっている。
ディミーゴに殴られた腹は、実はかなりの大怪我だったらしく、これでもかなりハイペースで回復しているらしい。
「ふぅ…この水、美味しいな」
ごくごくと喉を鳴らして、ベッド脇のサイドテーブルに用意されたコップの水を飲み干し、天児は独り呟いた。
この二日は、痛みのせいでろくに食事が喉を通らず、水分の補給すらままならなかったので、美味しく水を飲めるだけでも回復の兆しが見えると言っていいだろう。フィナが旅に同行してくれるわけではないし、後は自然治癒に任せるしかなさそうだった。
「それにしても、戦う度に寝込んでるよな…僕は」
着替えの為に姿見の前で裸になって、全身を確認する。
こうしてみると、この世界にくるまでろくに運動もしていなかった割に、以前に比べて多少は筋肉がついたようだ。
特に鍛えたつもりもないので、気のせいでないのなら、世界樹の雫や、金のリンゴによる恩恵なのだろう。それがなければ、ディミーゴに殴られて天児は一発であの世行きだったかもしれない。鳩尾付近に残る赤黒い痣が、ダメージの深さを雄弁に物語っていた。
女神を探す旅の中で、これからはもっと危険な目に遭う事が容易に想像がつく。そう思うと、もう少し鍛えなければならないだろう。
旅をしながら鍛えるのは大変そうだなと自嘲しつつ、生きて元の世界へ帰る為に、やれる事をやっておきたいと天児は考えていた。
「テンジ様、おはようございます。入ってもよろしいでしょうか?」
ノックの後、マリアロイゼの美しい声が部屋の外からかけられた。あの後、案の定マリアロイゼは烈火の如く怒りを露わにし、チンピラ達を全員抹殺しようとしたらしい。それを止めようとしたアビーと壮絶な戦いになってしまった事も、寝物語に聞かされた。
それを聞き、殴られた腹の痛みで悶絶しつつ、天児は頭を抱えた。自分が不甲斐無いばかりに、親友である二人にそこまでの大喧嘩をさせてしまったのだ。恋で友情を失うようなことはして欲しくないと思っていながら、結局はその寸前まで彼女達を追い込んでしまった事に、天児は罪悪感すら覚えている。
「はい、どうぞ」
「失礼致します。テンジ様、もうすぐ出発のお時間ですが、お加減はいかがですか?お休みになっている間に荷物の整理や準備は整えておきましたので、後はお身体の具合だけなのですが…」
マリアロイゼは心配そうに、天児の様子を伺っている。ちょうど着替えは終えているので、腹の痣は見られていないだろう。もっとも、手当の際には服を着替えさせてくれていたようなので、概ね彼女は知っていそうだが…あまり心配をかけたくないので、天児は努めて明るく返事をすることにした。
「はい、僕の身体の方は問題ないですよ。何から何まですみません、ロゼさんに頼りっきりで申し訳ないです」
それは、天児の偽らざる本心だ。普段彼が担当しているのは、旅の間の調理が主である。何度かマリアロイゼのピンチを助けはしたが、それ以上に、天児はマリアロイゼに助けられている。元来ただの一般人である彼が戦いに巻き込まれれば、死にそうになるのは当然の結果だが、それでマリアロイゼに負担がかかってしまうのは何とも申し訳が立たない。
これでも聖女のスキルに加えて、『メートル・ゼロ』という特殊能力を得てはいるが、それだけでは今回のような事態に対応できないと言う事が骨身に染みて解った気がする。とはいえ、身体を鍛えると言う事は、一朝一夕に行くものでもない。無理を通さねば道理が邪魔をするだろうが、何かをしなければという焦りが、天児の心に生まれていた。
マリアロイゼと共に部屋を出ると、屋敷の玄関でアビーとフィナが見送りに立っていた。
仮にも公爵令嬢の二人を待たせた挙句に見送りまでさせるというのは、不敬にも程がある。天児は平謝りで二人に頭を下げた。
「すみません!まさかお待ちいただいているとは…」
「あ、大丈夫ですよ。私達の方から見送りたいって言ってたので。…ほら、アビーちゃん」
フィナが優しい笑顔でアビーの背中を押すと、ばつの悪そうな顔をしていたアビーが勢いよく頭を下げた。腰を直角近くにまで曲げて、古い日本のサラリーマンもかくやという頭の下げ方だ。
「お、おっさん、すまねぇ!ロゼから色々詳しく聞かせてもらった、アンタ異世界人だったんだな。しかも、病気の娘さんまでいるってのに、無理矢理連れて来られて…それでもアンタはこの世界の為に動いてくれてる。…アンタは弱っちいけど、スゲェヤツだ。アンタみたいな奴なら、ロゼを任せてもいいって思えたよ。無茶な勝負なんてけしかけて、ホントにすまねぇ」
アビーの謝罪の勢いに、天児は逆に驚いていた。どうやらマリアロイゼが詳しい事情を話したらしいというのは解ったが、この掌の返し方は正直な所、胃に悪い。天児は頭を下げるのに慣れていても、下げられるのには慣れていないのだ。
「と、とんでもない!頭を上げて下さい!僕はただ自分の世界に帰りたいだけなんです、そんな大それたことをしてるわけじゃないんですよ!僕なんていつもロゼさんのお世話になりっぱなしですし、アビーさんにはあんないいお部屋まで貸して頂いて、本当になんとお礼を言えばいいのか…フィナさんも治療ありがとうございます、助かりました」
若干パニック気味になった天児は、ここぞとばかりにアビーとフィナに礼を言いつつ頭を下げた。
どうにもお人好しな所が先に立つその姿は、この世界の男にはありえない仕草ばかりである。
アビーとフィナは、目の前の男があまりにもマリアロイゼの話し通りだったことがおかしくて、顔を見合わせて笑っていた。
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