お嬢様、参戦
ネトコン11応募作品、一日一回、17時更新を目指します。
ほんのわずかに防御が遅れ、天児の身体がくの字に曲がる。
強烈な一撃が、天児の腹を抉った。
「うぐっ!?」
それまでは奇跡の反射とも言うべき動きで防御に成功していた天児だったが、いかんせんずっと走り続けた後に大笑いをして、体力を削り切っていた事もあり、ついに集中力が切れてしまった。
今までは臭いだのホラーな見た目だのと、直接的な攻撃を受けて来なかったこともあり、異世界に来て初めて受けた直接的なダメージは、予想以上に効いた。しかも、ディミーゴはただの雑魚ではなく、それなりに実力のある猛者である。
その威力は一発で天児の意識を刈り取って余りある打撃であった。
「はぁっはぁっ!…て、手こずらせやがって!このクソ野郎が!」
息を切らせながら悪態を吐くディミーゴ。それでも苛立ちは収まらなかったようで、彼は倒れた天児の頭を踏みつけていた。
そしてさらにもう一度頭を踏もうと足を上げた時、勢いよく飛び込んできた何かに吹き飛ばされ、ディミーゴは思い切り塀にぶつかった。
「ぼ、ボスぅぅぅぅ!?」
「うごごごご…こ、この野郎っ、どこのどいつだ?!アビーか!」
ディミーゴがフラフラと起き上がって周囲を見回すが、アビーは未だ自分の手下たちに取り囲まれているようであった。
代わりに、先程まで自分が立っていた場所に、美しいドレスを身に纏った貴族令嬢そのものといった姿の女が座り、天児を抱き抱えている。
その女、マリアロイゼは、愛おしそうに天児を抱え、頭を撫でているが、その背中からは、尋常でない殺気が溢れでていた。
その場にいた誰もが、息を呑んだ。
聖女をモチーフにした絵画は、この世界に住む者達なら一度は必ず目にした事があると言っていい程有名で美しいものだが、目の前にいるマリアロイゼの姿はそれに匹敵するほどの鮮烈な印象を受ける。
ディミーゴやその手下達、そしてフィナやアビーまでもが動きを止めて、マリアロイゼの姿に見入っていた。
ややあって、マリアロイゼは天児をその場に寝かせると、ゆっくりと立ち上がって振り返り、底冷えのする笑顔でにっこりと笑った。
「よくもまあやってくれやがりましたわね?…この場に居る皆様全員、一人残らずぶち殺しますのでお覚悟なさいませ。ああ、もちろん命乞いの類いはお受け致しませんので、ごめんあそばせ」
洗練された所作で頭を下げるその姿とは裏腹に、口にした言葉はとても恐ろしい処刑宣告であった。普通ならば、恐怖の余りパニックになったり、この場から逃げ出そうとするものが現れるだろうが、彼らは皆一様に身動きを取れずにいた。蛇に睨まれた蛙よろしく、竜に睨まれたと言うべきだろう。
竜人種であるマリアロイゼは、まさに竜の威迫を持って、この場の全てを制圧したのである。
「さぁて、どなたから葬って差し上げようかしら?」
その言葉の一文字一文字が、聞く者の胸に恐怖を植え付ける。そんなマリアロイゼの殺気を浴びて、大半の男達は恐怖で涙を流していた。
哀れな最初の獲物を探して歩くマリアロイゼは、男達の顔を品定めするように見比べながら、優雅に庭を進む。アビーはその姿を見て、かつて彼女が学園で、悪役令嬢と影で噂されていた頃を思い出した。
愚かな王子の影となってその采配を振るい、後始末に追われる日々…時には非情な決断を迫られた事もあったが、その全てにおいてマリアロイゼは私情を滅して判断を下してきた。そんな彼女の苛烈な様子を揶揄する言葉が『悪役令嬢』であった。だが、久々に会ったマリアロイゼは、その冷たく非情な気配など微塵もなく、明るくどこか抜けた幼い頃の彼女に戻ったようで、アビーはそれがなにより嬉しかった。しかし、話を聞けば、それをしたのは得体の知れないおじさんである。
彼女の親友を自負する自分やフィナではなく、どこの馬の骨とも知れぬ人物が、無理をして辛そうだった彼女を救ったという事実が、アビーには面白くなかった。…それが、天児を認めないと言った本当の理由である。
それなのに、今、彼女はあの頃の冷たい悪役令嬢に戻ってしまっている。
自分がこんな勝負など挑んだせいで、そうなってしまったなど考えたくはなかった。
「ま、待てロゼ…!落ち着け!」
アビーを取り囲んでいた男達を飛び越えて、マリアロイゼの元へ近づき、その手を握る。
しかし、返ってきた反応は、アビーでさえ命の危機を感じるような、氷のように冷たい視線であった。
「あら、どうしたのかしら?アビー。この手はなんですの?…まさか、私の邪魔をするなんて、仰いませんわよね?」
容赦のない殺気は、アビーにも向けられていた。さすがに問答無用で殴りかかってくるような事はないだろうが、今のマリアロイゼは本当に邪魔をするならば例えアビーでも容赦しない、そんな瞳であった。
その威迫にたじろぎつつ、ぐっと堪えてアビーは声を絞り出す。
「お、落ち着けよ…さすがに殺しはマズい。いくらアタシでも、それはもみ消せない…」
そう、ここは公爵ウィリアム家の別邸である。これだけの騒ぎでも街の衛兵や憲兵が来ないのは、彼女が暴れてもそれを無かった事にできるからだ。
普段から悪人相手に暴れ回っている彼女は、公爵である父親からある程度の裁量と権限を与えられているが、精々それはチンピラをのした程度の事までしか許されていない。例え相手が悪党であっても、裁判もなしに殺しなどすれば、それは殺人だ。なかった事になどできるはずがない。それはマリアロイゼにも重々解っている事のはずだった。
しかし、そんなアビーの説得など、マリアロイゼは意にも介さない。その瞳には狂気に満ちた怒りが秘められている。
「それが何か?テンジ様に傷をつけた愚か者の処分など、私が行います。貴女に揉み消せなどと頼むつもりはありません。もしそれを咎とするのなら、私は何が相手でも戦いますわ。…例えそれがアビー、貴女であっても」
「っだよ、それ…!親友のアタシより、あのおっさんの方が大事だってのか?!」
そんなつもりではないと解っていても、マリアロイゼの言葉はアビーを酷く傷つけ、怒らせた。
言うべきではない言葉を言ってしまったと思う反面、否定して欲しいと心の中で願うアビーに対し、マリアロイゼは静かに、だが、強い意志を持って答える。
「もちろんですわ。比べるものでもありませんが、私は王子の処刑宣告によって、一度は死んだようなもの…であるからこそ、この命はテンジ様の為に使うと誓ったのです。アビー、貴女にそれを邪魔する権利などありませんわ」
「…っ!そうかよ、ならアタシも容赦しねぇ。力づくでもお前を止めてやる!」
こうして、二人は人生で幾度目かの大喧嘩をする事になってしまったのだった。
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