素直になれないお嬢様達
ネトコン11応募作品、一日一回、17時更新を目指します。
「あーっぶねぇ…死ぬかと思った」
アビーは全身をススだらけにしながら、トコトコと何食わぬ顔で戻ってきた。
爆音と共に台所が火事になり、大慌てで屋敷の召使たちが水の魔法を使って消火に当たっていたが、本人はあまり気にしていないらしい。
あの時、フィナが極端に怖がっていたのは、これのことだったのだろう。
てっきりとんでもない味の料理を作るのかと思ったら、まさかの料理が完成しないタイプだとは…天児は料理対決と聞いて、迂闊にラッキーだなと思った自分を呪いたくなった。
「ふっふっふ…これで一勝ですわねぇ。おやおや、もう一つ勝ったらおしまいですけど?どうなさいましたの?」
勝ち誇るマリアロイゼは、ここぞとばかりにアビーを煽り倒している。
そんなに煽って大丈夫かな…と思いつつ、それに気付いた。もう一つ?
「あれ?今ので勝負は終わりなんじゃ…?」
「はぁ!?何言ってんだ、おっさん!三本勝負だっつったろうが!アタシはまだ負けてねぇぞ!」
天児は失念していた。そう、これは三本勝負だ。
二番目の勝負如何によっては、本当にアビーとステゴロの勝負をしなければならない。
冗談ではない、本当に。
どうにか回避する手段を考えていると、アビーはニヤリと笑って天児の顔を指差した。
「よっしゃ!次はアタシと殴り合いだ、覚悟しやがれ!」
「なん…だって…!?」
三本勝負だと言いながら、いきなり二番目で勝負をしかけてきた。
あまりの展開に、天児だけでなく、さすがのマリアロイゼも絶句しているようだ。
しかし、天児にとってこれはチャンスだった。三本勝負ということであれば、一本は落としてもいいということだ。
既に一勝している天児ならば、次で不戦敗になってもなんら問題はない。
いや、むしろそうするべきだろう。恐らくアビーはそれに気付いていないので、早々に勝負を受けて負けを認めればいい。
天児が了承しようとした時、それよりも早くフィナが口を開いた。
「え、それだとおじさんが負けたって言ったら終わりになっちゃうよ?アビーちゃん、それでいいの?」
遅かった…!というか、フィナは本当に余計な事を言う娘である。
そう言われて、アビーはビックリした顔をして、慌てて撤回する。
「ああ!あぶねー!そう言われてみりゃそうだな。このおっさん、アタシから逃げる事ばっか考えてそうだし。そうは問屋が卸さねーぞ!」
なんてことだ、あと一歩で逃げられる所だったのに、天児はガックリと肩を落とし、己の運命を呪った。
一方、マリアロイゼは空気を読まないフィナを睨みつけ壁際に追い詰めていた。フィナは「ふえぇ…」とすっかり怯え切ってしまっている。
最初にマリアロイゼに飛び掛かってきて投げられた時の元気の良さは、もはや見る影もない。
なんだか哀れに思えてきて、天児はマリアロイゼの肩を叩き、そのプレッシャーを止めた。
しかし、そうなってくると問題は次の勝負の内容である。
出来ればアビーとの殴り合いだけは避けたい所なので、天児はなんとしても次の勝負も勝たなければならない。
だが、そんな事はアビーも承知の上であり、とてもこちらが優位な勝負を引き受けてくれはしないだろう。
そもそも天児が勝てる見込みのある勝負とはなんなのかも思いつかない。
もう一度料理対決なら楽なのだが、台所があの状態ではそれも無理だろう。
というか、あれほど壊れてしまうと修繕に相当な時間がかかりそうだが、それはいいのだろうか?
現実逃避気味に余計な事を考えていたら、コンコンとドアをノックする音がした。
ノックの間隔から言って、かなり焦っている様子が感じられる。アビーは舌打ちをして、そのままドアを開けた。
「なんだよ?今いいとこなんだけど」
「す、すみません!例の無法者共がお嬢様を出せと…」
「あー?あいつらも懲りねぇな…お、そうだ!おっさん、ちょっと来いよ。次の勝負やろうぜ。ロゼ、お前はフィナとここに居ろよ。手を貸されたらつまんねーからな」
この流れでそれは不穏すぎる。嫌な予感しかしない。
どうにかならないものかと、マリアロイゼの方をちらりと見ると、彼女は恍惚の表情で天児を見つめていた。
「ああ…困ったテンジ様のお顔も、す・て・き…ですわ…!」
「おいロゼ、お前…」
アビーでさえ、マリアロイゼの反応には引いているようだ。
もはや逃げ場のなくなった天児は、渋々アビーの要求に従う事にした。
アビーと並んで外に向かう間、しばらくは無言の重い空気が流れていたが、彼女は小さな声で呟く。
「ロゼの奴、本気で惚れると結構ヤベー奴だったんだな。アイツのあんなトコ初めてみたわ…おっさん、なんか、ごめんな?」
「いや、別に…ああ見えて、本当にピンチの時は助けてくれますから」
そう、マリアロイゼは少し性癖が歪んでいるだけである。
天児の事は何よりも大事にしているし、本当に危険な目に遭わせるようなことは決してない。
もし仮に、この後の勝負で天児の身に危険が及んだら、彼女はアビーの言いつけなど一切気にせず、天児を助けに来るだろう。
それは誰よりも天児がよく解っている。だが、それでは恐らくアビーは納得しないだろう。
その行き着く先は友情の破壊だ。色恋で友情を無くすのはよくある話だが、マリアロイゼにそうなって欲しくはないのだ。
「ふーん…信頼してんだな。二人共」
そのアビーは声は意外そうな、どこかつまらなさそうな雰囲気を含んでいる。マリアロイゼの親友を自負する彼女の中では、ぽっと出の天児をそこまで信頼する事も、気に入らない要素の一つなのだろう。
彼女の言う通り、天児達の間には信頼がある。だが、それだけではない事も、天児は知っていた。
「それは、きっとアビーさんも一緒ですよ」
「っ!…へへっ!言うじゃん、おっさん!」
そうだ、マリアロイゼはアビーの事も信頼している。天児を本当に危ない目に巻き込むような事はしないと。
それを気付かされ、アビーは今までにないほどの笑顔を見せて、天児の肩をつつくのだった。
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