お嬢様の逆鱗
ネトコン11応募作品、一日一回、17時更新を目指します。
あの後しばらく物陰に潜んでいた天児は、衛兵が立ち去った後、戻ってきたマリアロイゼと合流した。
「何か騒がしいようでしたけど、何かありましたの?」
「ああ…何か泥棒が出たらしいですよ」
あまりマリアロイゼに心配をかけたくなかったので、天児は適当に話を誤魔化す。
正直に言った所で問題はないだろうが、人助けをして、逆恨みで絡まれたと説明するのも、気恥ずかしいし面倒だ。
この後、すぐにこの街を出るのだから問題ないだろう。天児はそう思っていたのだが。
「え!?竜車がない?」
「ええ、なんでも昨日、大口の依頼が入ったとかで、急遽全部貸し出されてしまったらしいんですわ。二人分が戻ってくるのは、早くて三日後だとか…やれやれですわね」
なんという巡り合わせの悪さか、この街で借りる予定だったグラウンド・ドレイクの竜車は、全て貸し出されてしまった後だったようだ。
天児は漠然と、竜車を現代日本のタクシー感覚でいたが、どうやら見通しが甘かったらしい。
ちなみにマリアロイゼによると、こういう事は稀にあることのようだ。
特に結婚式のシーズンなどになると、遠方の街へ出かける為に、竜車を借りる人が急に増えるのだという。
今回の貸し出しがどういう理由によるものかは定かではないが、そういう事なら仕方がないだろう。
この街にしばらく逗留するしかなさそうである。
止むを得ず足止めを喰らう事になったので、二人は急遽宿を取ることになった。
バーツは貿易で栄える街だけあって、人の流入が多いからか、宿がたくさんある。
さすがに急すぎて、マリアロイゼが普段使うような高級宿は空いていなかったが、中級の宿に泊まれる算段は付いた。
宿の名は『銀の雄鶏亭』といい、庶民向けではあるが食事処としても人気の宿らしい。
系列店は最高級宿の『黄金の雌鶏亭』と、低級冒険者向けの『銅の軍鶏亭』というそうだ。
ちなみにマリアロイゼの取った部屋は一部屋だったが、ベッドは二つだったので、天児はひとまず胸を撫で下ろした。
「そういえば今更ですけど、お金って大丈夫なんですかね?」
部屋について荷物を降ろし、備え付けのソファーに座って一息ついてから、天児は尋ねた。
当然ながら、天児はこの世界の金銭など持っていないし、マリアロイゼも牢から逃げ出してきた身だ。
ジョゼフィーヌに用立てて貰ったのは解るが、こんな風に宿に泊まったり、竜車を借りる事になるのは想定外だっただろう。
懐事情は大丈夫なのか、気になるのも無理はない。
するとマリアロイゼはよくぞ聞いてくれたとばかりに、大きく胸を張って、自信満々な様子を見せた。
「まったく問題ありませんわ!叔母様からはたんまり路銀を頂いて参りましたし、そもそもドラグ家は個人信用が王家に次ぐ超優良貴族ですから、私の個人借料権だけでも屋敷の一つや二つ買ってみせます!テンジ様が今すぐ婿入りされても何も問題いりませんわ!」
婿入りする気は全くないが、それは確かに凄い話である。
天児の今までの人生で、貴族というものにはこれっぽっちも縁がなかった為にピンと来ないが、改めて彼女がお金持ちだと言う事はよく解った。
天児自身、どこかのタイミングで旅のお礼をしたいと思っているのだが、この分では生半可な事では礼になどならなさそうだ。
人間としてのスケールの違いを感じつつ、天児は胸の中で首をひねるしかないのだった。
その日の晩は宿の食事処で、夕食を取ることになった。
人気なだけあってどれも食事は美味しく、特にケタッキという鳥の肉を、たっぷりのスパイスと共に特別柔らかく煮込んだスープは絶品であった。
ただマリアロイゼだけは、どこか物足りなさそうな顔をしている。訳を聞けば、天児の作った食事の方が美味しかったらしい。
そういって貰えるのは嬉しいし、出てくるのが汁物ばかりというのは些か困ったが、天児としては十分美味しかったので、何も言えなかった。
深夜二時、異世界でも草木も眠るとは言わないだろうが、恐らく大半の人間が眠りに就いている頃、マリアロイゼは密かに目を覚ました。
ベッドが二つということで天児は油断していたが、隣り合うベッドで寝ていれば、夜襲は可能である。
ちなみにフレスヴェルグは、ベッドから離れた窓辺に宿り木を置いてそこに止まっているので、邪魔は出来ない。
マリアロイゼはゆらりと起き上がり、そっと気配を消しつつ、自らの枕を持って天児のベッドへ侵入しようとしていた。
するとその時、部屋の外に複数の人の気配がする。
耳を澄ませてみると、どうやら男が二人、マリアロイゼ達の部屋の前で、ボソボソと喋っているようだった。
「おい…いいのかよ、こんなことして…」
「うるせぇ、静かにしろ…あのおっさんのお陰でボスからあんな目に遭わされたんだぞ?黙っていられるか。しかも、おっさんの癖にあんないいオンナ連れやがって…!許せねぇ、おっさんの目の前であの女滅茶苦茶にしてやる!」
慣れない手つきでピッキングを試みる男…どうやら昼間に天児がのした男達のようだ。
マリアロイゼは天児と男達の間で何があったのかは知らないが、どうやら主な狙いが天児であると聞いて、蜜月を邪魔された彼女の怒りは頂点に達していた。
「お前もいい思いできるんだからちゃんと協力しろよ。お!開いた、ぞ…?」
「こんばんは、とってもいい夜ですわね。ところで、誰を狙っておいでになったのかしら?…お返しに、滅茶苦茶にしてさしあげますわね」
下卑た笑顔を張り付けた男達は、開いたドアの先で、鬼の形相を持って仁王立ちするマリアロイゼを目にして声にならない叫び声を上げた。
翌朝、宿の裏手に流れる川に、二人のチンピラがズタボロになって浮いているのが発見された。
二人共かろうじて息はあったものの、彼らは後に「悪魔にやられた…」と衛兵に証言したという。
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