運命の出会い(※牢の中)
ネトコン11応募作品、一日一回、17時更新を目指します。
しばらくそのまま、無言の時が流れた後、不意にマリアロイゼが溜息をつきながら話し始めた。
「それにしても、まさか聖女召喚の儀を行うなんて…私の婚約者ながら、つくづく度し難いおバカさんですわ」
「え…こ、婚約者?」
「ええ、テンジ様を召喚したミッシェル王子は、私の婚約者ですの。…まぁ、先日婚約破棄をされてしまいましたから、元、がつきますけれど」
マリアロイゼがこの国の公爵家令嬢だとは今までの話で聞いていたが、まさか王子と婚約関係にあるとは思っていなかった。しかも、婚約破棄とは決して穏やかな話ではない。
一体何があったのか気にはなるが、聞いてもよいものかも解らず、天児は黙って聞き役に徹することにした。
「先程、仕来りの事は少しお話しましたけれど、私達6公爵家は、それぞれ持ち回りで王族と婚約し、結婚しなくてはならない掟がありますの。今の代では私の番…だったのですが」
はあ、と再び溜息を吐くマリアロイゼ。言い出すのにも抵抗があるのだろう、どういう理由であれ、年頃の女性が捨てられたなど認めたくもないはずだ。
「あのおバカ…いえ、ミッシェル王子は学園で他の貴族令嬢と浮気をしやがりまして…挙句の果てには、私が彼女に嫌がらせをしただのと、ありもしない事をでっち上げてきやがったんですわ」
段々と言葉が悪くなってきた気がするが、あえてそこには触れず相槌を打って続きを促す。天児が営業で培ったトークスキルは、異世界でもそれなりに有効なようだった。
「確かに?婚約者のいる男性にちょっかいをかけるなんて、貴族令嬢としては愚にもつかない行為ですから私やんわりと忠告をさせて頂くことはございましたけれども、いえ!町娘なら許されるなんて思ってるわけじゃございませんのよ?ただ、肉体を使って殿方を誑かすような真似は、いくらなんでもあんまりじゃありませんこと?そう思われますわよね?大体、私が嫉妬に狂って彼女を階段から突き落としただの、取り巻きを使って彼女を襲わせようとしただのは、完全な言い掛かりですわ!」
「そもそも彼女と違って、男性の取り巻きなんて私にはおりませんし!」と付け加えながら、徐々にヒートアップしてきたマリアロイゼは、かなりの早口で不満を捲し立てている。
よほど腹に据えかねたものがあるのだろう、全て吐き出させてあげた方がいいなと、天児は思った。
「挙句の果てには、お茶会に誘って毒を盛ったなどと言う始末…!ちゃんちゃらおかしくて、私思わず爆笑してしまいましたわ。そもそもあの方をお茶会に誘ったことなどございません、勝手に参加してきて喚いて帰っていっただけですわ。第一、私が毒を盛るなど万に一つもあり得ません。本当に排除したいなら、この手で引き千切ってやれば済むことですしね」
「引き…え?」
黙って聞いていようと思っていたが、さすがに今のは聞き逃せずに反応してしまった。
「引き千切るんですわ、こういう風に」
何やら雲行きが怪しくなってきたかと思えば、バキバキッ!っと何かが壊れる音がする。
ぞくりと寒気がしたので、マリアロイゼが何を引き千切ったのかは、考えないことにした。
「私、腕力には自信がございますの。ドラグ家は竜人の血を引く家系ですから、人間の首や腕の一本や二本、お茶の子さいさいですわ」
先程とは違う意味で言葉が出ない天児を尻目に「これも淑女の嗜みというものですわね」と誇らしげに語るマリアロイゼだが、さすがに嗜みで首を引き千切るのは勘弁してもらいたい。天児は想像しただけで血の気が引いていく気がした。
彼女がどういう表情で言っているのか解らないが、この時ばかりは顔を合わせていなくて助かったと思う。こんな話を笑顔でされていたら、彼女のイメージがとんでもないことになりそうだ。
しかし、これだけの力があるのならば、階段から突き落としたというのはどう考えても嘘だろう。建物の構造次第では、床にはとても愉快とは言えないアートが生み出されるはずだ。
「まぁ、百歩譲って浮気だけならば私も我慢できました。側室だと思えば、よくあるお話ですものね。しかしながら、私を悪役令嬢と罵り、やってもいない咎でこのような所へ押し込まれるのは、さすがに腹が立ちますわね…!」
彼女がまた何かを壊しやしないかとヒヤヒヤしていると、ギギギ…という音を立てて、外へのドアが開き、騎士が一人、牢の中へ入ってきた。
破壊音に気付いて様子を見に来たのかと警戒していると、騎士はマリアロイゼの独房の前に立ち、鍵を開けて冷たく言い放った。
「マリアロイゼ・ドラグ…処刑の時間だ、出ろ。」
「処刑…?私がですの?どうしてか教えて下さる?」
突然、処刑という言葉を聞いて、天児は頭が真っ白になりかけたが、当のマリアロイゼはどこ吹く風といった感じで、飄々と質問している。度胸があるというか、肝が据わっていると言うべきか、天児は素直に凄いと感心した。
「貴様は、ドロア侯爵令嬢に毒を盛り、殺害を企てたばかりか、この度の聖女召喚の儀を失敗するよう仕向けた疑いがある。処刑は相当と、王子を始め、バーロ法王他大臣達も満場一致でのお達しだ、裁定に覆りはない」
「…そう。王はなんと?」
「王は既に実権を王子にお譲りになり、現在は床に臥せっておられる…そのような事、貴様も知っているだろう」
「確認しただけですわ。仮にも王子の婚約者でもあった公爵令嬢を処刑しようと言うのですから、王のご意向も伺ったのかと思いまして…根回しは万全ということですのね、解りました」
何度目かの溜息を吐いて、マリアロイゼは立ち上がり、促されるままに独房から歩み出る。
その時初めて、天児は彼女の姿と表情を目の当たりにすることが出来た。
彼女が纏っているのは黒を基調としたドレスだが、胸元ははだけ過ぎず、適度にその豊かなバストを強調している。所々に赤や紫の差し色が施されていて、彼女の陶器のように白い肌が、それらを引き立てていた。それに加えて、心臓の辺りには銀色の薔薇を模したコサージュが揺れている。
何より目を引いたのは、こめかみから後頭部を回り、額にかけてティアラのように頭を覆う鋭い角と、背に折り畳まれた漆黒の翼である。龍人の血を引くと言った言葉の意味が、それだけでハッキリと解った。
(綺麗だ…)
薄暗い牢の中だというのに、彼女の全身は朝日を浴びて光り輝く彫刻のようだった。しかし、その表情は目を伏せて、諦めに支配されている。
掛け値なしに美しいと思えた彼女の顔が、そんなもので終わって欲しくないと、天児は強く願う。
(死なせたくない…でも、どうしたら…!)
天児の願いとは裏腹に、マリアロイゼに手枷を付けて、騎士は彼女を連れ出そうとする。
「あ…!ま、待って…!」
天児の声など聞こえないように無視をして歩こうとする騎士の足が、突如止まった。
「ぬ?!な、なんだ!?」
はっきりとは目に見えない何かが、騎士の足を抑えている。
その異常な様子に、マリアロイゼは顔を上げ、ハッとして天児の居る独房に目を向けた。
「ま、マリアロイゼさん…!に、逃げて…」
まるで捨てられた子犬のような目をして、くたびれた中年男性がこちらに手を向けて必死に訴えかけている。天児の手先はぼんやりと靄がかかったように歪んで見え、それと同じ現象が、騎士の足にも起きていた。
その姿を見た瞬間、マリアロイゼの全身にまさに落雷を受けたかのような衝撃が駆け巡った。
「はうっ…!!」
マリアロイゼは、そのまま胸に手を当てて蹲ってしまった。それはまさに異様な光景だ。
独房の中から、必死に何かを行うくたびれた男…
何が起きているのか解らず、パニックになっている騎士…
突然蹲り、震えながら息を荒くする美女…
狭い牢内で、三者三様に繰り広げられる何か。その均衡が崩れたのは、天児が力尽き、騎士の足が自由に動くようになった時だった。
「う、動く…!?なんだったのだ?今のは…!」
騎士は訝し気に天児の独房へ近づくと、倒れ込んだ天児を見つめ、まるで気味の悪いものでもみるかのような表情で、吐き捨てるように言った。
「何の能力も持たない、無能な中年男と聞いていたが…貴様一体何をした?答えろ!」
怒りを露わにして怒鳴りつける騎士の後ろで、今度はマリアロイゼがゆらりと立ち上がり、そして笑った。
「うふふ…フフフフフ、アハハハ!」
「な、なんだ!?」
「ああ、これが…一目惚れ、ですのね!?いつかお母さまの本棚で読んだ恋愛小説の…あの表現が、やっと理解出来ましたわ!心、いえ、身体全体でしっかりと、愛を感じます…!」
ある種、官能的にすら思える表情を浮かべながら、マリアロイゼは再び手枷をはめられたままの腕を胸に当て、その場でゆっくりと回転している。
「あ、愛だと!?…何を言っている?!」
騎士は振り向き、彼女の動きに目を見張った。恐怖におののくその視線の先で、マリアロイゼは背を向けて動きを止めると、一際澄んだ声で、語り始めた。
「ねぇ、そこの騎士の方…聞いて下さる?私ね、実を言うとつい先ほどまで、王子…いえ、この国の為には一貴族令嬢として処刑されるのもやぶさかではないと、そう思っていたんですのよ。ミッシェル様に愛はないけれど、私が育ったこの国と、私を育ててくれた家族は愛しているもの…その為になるならば、とね。…でも、もうダメですわ。私は真の愛を見つけてしまったのですから。もう、あんなバカ王子の手にかかって死ぬなんてあり得ませんわ!」
「なっ!?き、貴様、王子を愚弄するか!」
この騎士には、彼女が何を言っているのかその大半が理解できなかった、或いは、理解したくなかったのかもしれない。
ただ、主君たる王子をバカ呼ばわりした、その一言だけは許せず、怒りに任せてマリアロイゼの元へ近づくと、肩を捕まえて、強引に自分へ向き直させた。
次の瞬間、ドゴンッ!!っと大きく鈍い音を立てて、騎士の身体は宙に浮かび、天井に首から上が突き刺さっていた。
逆ダブルスレッジハンマーとでも呼ぶべきだろうか、手枷をはめられた状態で彼女は両手を組み、握り込んで顎を下から殴り抜いたのだ。
「…嫌ですわね、誰の許しを得て、この私の身体に触れているのかしら?私の身体に触れていいのは、真に愛した男性のみですわ」
今の一撃で、彼女に科せられていた手枷は粉々に破壊され、自由になった両手で、汚れを落とすように騎士の触った場所を叩いている。
そこへ
「何だ今の音は?!…あっ!?」
物音を聞きつけた牢番の兵士が牢へ飛び込んできた。直後、牢内の惨状を目の当たりにした兵士は、大慌てで踵を返し牢を飛び出していった。
応援を呼ぶつもりだろう、一刻も早くこの場を離れた方がいい。ズキズキと痛む頭をおさえながら立ち上がり、天児はマリアロイゼに声をかけた。
「マリアロイゼさん…早く逃げて下さい。さっきの兵士が、仲間を連れて戻ってくる前に…」
「ああっ…!テンジ様!ご無事ですの?!無理をなされてはいけませんわ!」
「だ、大丈夫ですよ。ちょっと頭痛と、一瞬意識が飛んだだけですから…それより貴女の方こそ、怪我はありませんか?」
「まぁまぁまぁまぁ!このような状況でも私の心配をなさってくれるなんて…テンジ様は優しすぎますわ!好き!!」
さっきから真実の愛とか好きだとか、聞き流すわけにはいかないワードが聞こえているが、天児はそれを理解しきれない。
「す、好きって、僕をですか?そんな、急に…どうして」
「テンジ様、恋とは落ちるものなのです。急だとかどうしてだとか、そんなものは関係ありませんわ」
マリアロイゼは独房の前に立ち、天児と視線を合わせて真っすぐに見据え、優しく微笑んで言った。
「お慕いしています、テンジ様…!」
「ええええ…?!」
突然の愛の告白を受け、力ない天児の声が牢内で空しく響いていた。
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