牢の中のお嬢様
本日二話目の更新です。
明日以降は、一日一回の更新を目指していきます。
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どこをどう歩いたのかも解らないが、広い建物の中をしばらく歩かされた後、中年男は、中庭のような場所を抜け、やはり石造りの細い尖塔の中へ入らされた。
人間二人がすれ違うのがやっとという狭い階段を下っていくと、その先は短い廊下に繋がっていて、突き当りには一人の兵士らしき姿の男が椅子に座り、頑丈そうな木製の扉を見張っているようだった。
(もしかしなくても、これは、牢屋…では?)
ここに来るまでに、騎士達に話を聞いてみようかと思ったものの、彼らは異常なまでの緊張感を醸し出していて、結局、何も情報は聞き出せなかった。余計な話をしようものなら、首でもはねられかねない…そんな雰囲気だったからだ。
とはいえ、解らないまま牢屋に入れられてしまうのも困りものである。先程のやりとりから察するに、招かれざる客であることは疑いようがないが、一体何の罪で牢に繋がれねばならないのか、このまま牢屋などに入れられては、自宅に帰ることもできないのではないかという不安と心配が、彼の頭の中を駆け巡っていた。
兵士と騎士たちは何やら小声で話をした後、小型の石板のようなものを中年男の方へ向けた。向けられた石板には、赤く光る宝石のようなものがはめ込まれている。
何をするものなのかと見ていると、その石から一瞬だけ強い光が放たれて、中年男は眩しさに目を背けた。
「うぁっ!眩し…!」
そもそも暗い石造りの廊下だったので、目が闇に慣れてしまっていたせいか、背けはしたが、一瞬目がくらむ。中年男の怯む姿には目もくれず、兵士たちは石板を覗き込んで、何かを確認しているようだった。
どうやら、その隙にここで切り捨てられる…というわけではなさそうだ。そんな最悪の事態を想定しながら、すぐに目は落ち着いて見えるようになっていた。
その間に、確認を終えた兵士たちは鍵束を持って傍の扉を開けて、中年男に中に入るよう言った。
「入れ」
「やっぱり牢屋…ああ、解りました、入りますよ」
おっかなびっくりしながら扉を抜けて、黴臭い牢の中へ足を踏み入れる。扉の先はまたも短い廊下があって、左右に二間ずつ続いて、鉄製の格子がかけられた独房が確認できた。
兵士が一番手前、右側の格子扉を開くと、中年男は無理矢理そこへ押し込まれた。
「大人しくしていろ」とだけ伝え、鍵を掛けると、兵士は再び、木製の扉を開けて外へ出て行った。
「参ったなぁ、これからどうなってしまうんだろう…こんなことをしている場合じゃないのに…」
粗末な備え付けのベッドに座り、頭を抱えて独り呟くと、少し間をおいて、隣の独房から小さな声が聞こえてきた。
「もし…大丈夫ですの?」
「え!?あ、誰かいるんですか?…すみません、てっきり誰もいないものかと…五月蠅かったですかね」
予期せぬ反応を受けて、中年男は反射的に謝ってしまった。だが、もしかすると、相手は牢名主のような存在かもしれない。
そもそもこんな所に入れられているのだから、危険な存在の可能性は十分にある、下手に人間関係をこじらせてしまって、何かされては堪らないと平謝りするしかなかった。
「いえ…謝るようなことではございませんわ。私の方こそ、急に話しかけてしまって申し訳ございません。…あまりにも弱ったお声でしたので、つい気になってしまって…」
よくよく聞いてみれば、声の主は女性のようだった。優し気な声色にお嬢様言葉が斬新だが、こんな所にお嬢様がいるなんてどういうことだろうと、中年男は訝しみながら話を続けることにした。
「あ、いや…すみません、正直、僕もよく解っていないんです。外を歩いていたら突然目の前が真っ暗になって、気付いた時にはこの…お城のような場所で、たくさんの人に囲まれていて、あれよあれよという間に、この牢に入れられてしまったもので」
「突然って…まさか、聖女召喚ですの?!…あら、でも、貴方は失礼ですけれど、男の方…ですわよね?」
「はい、あ、申し遅れました、僕は九鬼…九鬼 天児と言います。頼りないとよく言われますが…れっきとした男、ですよ」
半ば苦笑しながら、天児は自己紹介をする。完全に名前負けをしているのが、幼い頃からの悩みの種だったが、さすがにこの訳の分からない状況ではそんなことを気にしている余裕はない。
「まぁ、テンジ様と仰るのね?素敵なお名前ですわ。私の方こそ申し遅れました、私はマリアロイゼ・ドラグと申します。以後お見知りおきを…とはいえ、このような場所では、いつどうなるかも解りませんけれど」
「マリアロイゼさんですね、宜しく…というのも何だか変ですけど、宜しくお願いします」
「そうですわね、本当にこんな場所でなければ、お茶の一つでもお誘いしたい所ですが。宜しくお願い致します」
顔を合わせられるわけでもないのに、丁寧な挨拶を交わしているのがおかしくて、二人は自然と笑い合った。まるで良縁のお見合いをしているかのような雰囲気だ、ここが牢屋であることを考えなければ。
一頻り笑ってから、二人はお互いのことをぽつりぽつりと話し始めた。内容は生い立ちや、家族の事、そしてこの世界の仕来りの事など様々だ。
特にマリアロイゼは社交的な性格をしているのだろう、初対面だというのにとても話しやすく、束の間、牢に入れられていることも忘れるくらい、天児はリラックスして話をすることが出来た。
「ああ、楽しい…こんなに笑ってお話をしたのは本当に久しぶりですわ。テンジ様はとってもお話上手でいらっしゃいますのね」
「いや、僕は口下手な方ですよ。娘にもよく叱られてしまいますし…早く帰りたいんですけどね」
「まぁ!娘さんがいらっしゃるのね。おいくつでいらっしゃいますの?」
「今年で6歳ですね。かわいい盛りなんですが、病気で入院しているので、僕がいないと寂しい思いをさせてしまうのが心苦しいんですよ」
「ご病気ですか、それはお可哀想に…早く戻らなければ奥様も大変ですわね」
奥様、という言葉を聞いて、天児は一瞬息を飲み、声を詰まらせた。
「…妻は、事故で亡くなりました。三年ほど前に」
「なんてこと…!大変失礼を致しました。私、無神経な事を言ってしまいましたわ、申し訳ございません…」
マリアロイゼの声色が涙ぐむようなものに変わり、見えないというのに頭を下げているのが解る。さっきまでの楽しい雰囲気を壊してしまって、天児は慌てて取りなそうと声をかけた。
「ああいや、とんでもない!マリアロイゼさんは事情を知らなかったんですから、何も悪くありませんよ。僕の方こそすみません、もう三年も経つというのに…ダメですね、いつまでも忘れられなくて…」
「テンジ様はお優しいんですのね…いいんですのよ、愛した方を簡単に忘れられないなんて、素晴らしい事じゃありませんの。それだけ想われているなら、奥様もきっとお喜びになられていると思いますわ」
「…妻は豪快な人でしたから、いつまでもメソメソしていたら、背中を叩かれているかもしれませんけどね」
そう言って、天児は亡き妻の笑顔を思い出す。酒が好きで、酔うといつも上機嫌にガハハと笑っていた妻。酔った時の笑い方が恥ずかしいからと、彼女は天児の前でしか呑もうとしなかった。
一方で、仕事に才覚を発揮し、若くして起業した会社は成功を収め、誰の目にも順風満帆な人生を歩んでいた彼女は、三年前、不慮の事故でこの世を去った…
残された娘の事を思えば、自分が代わりに死ねばよかったのにと塞ぎこみながらも、娘のためにこの三年を生きてきたが、まさかこんな事態になるとは思いもよらなかった。
一刻も早く、最愛の娘の元へ帰りたい、妻を思い出すほど、天児の胸の中には愛娘への気持ちが溢れていく。
どうしたら元の世界へ帰れるのだろう?天児は再びその疑問に返り、言葉を無くしていた。
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