悪役令嬢の歪んだ性癖
ネトコン11応募作品、一日一回、17時更新を目指します。
衝撃的な告白を受け、天児はただただ呆気に取られていた。まだ牢内で出会ってから数時間しか経っていない。
二人がまともに顔を合わせたのも、ほんの数分前が初めてなのだから無理も無いだろう。
しかし、状況が状況なので、いつまでも呆けているわけにもいかず、天児は言葉を詰まらせながらも、とりあえず話を聞いてみることにした。
「えーっと…こんなことを言うのはどうかと思うんですが、正気…あ、いや、本気ですか?」
愛の告白に対する返事が、正気を疑う言葉というのは、余りにも失礼かと思い、言葉を変えて言い直してみる。それでもだいぶ酷い質問ではあるが。
当のマリアロイゼといえば、そんなことは意に介さないようで、両手で拳を握り、瞳をキラキラと輝かせて、笑顔で答えた。
「ええ!私は本気も本気!本気で正気でガチでマジですわ!」
「マジなのかぁー…」
どうも自棄になっている様子でもない、この目は本当にマジだ。天児もさすがにアラフォーまで生きてくれば、恋する乙女の瞳は、何度か見た事がある。
残念ながら、それが自分に向けられたことはほとんどないのが悲しい所だ。そして多分に漏れず、記憶の中のそれらと、今の彼女の目は同じ輝きを放っていた。
先程とは別の意味で頭が痛むので、左手を額に当て、考えをまとめながら質問を続ける。
「あー…その、何故でしょう?」
「何故ってそれは決まっていますわ。テンジ様が、私の理想にピッタリだったからです!」
「理想?」
「はい!」
こんな冴えない中年のどこが理想なのかと思うが、からかっている様子でも状況でもないのが少し怖かった。
そんな天児とは裏腹に、マリアロイゼは舞台女優のように両手を広げ、くるりと振り向きながら独白を続けた。これでスポットライトでも当たっていれば、高級な舞台芸術のワンシーンを見ているようだ。
「恥ずかしながら、今まで私は本当の恋というものを知らずに生きて参りましたわ…正直、婚約者とはいえ、あのバカ王子には恋愛感情など、これっぽっちも持っておりませんでした。幼い頃からお母様の集めた書籍を読み耽り、いつかはアレに対してそんな気持ちを持つことがあるのかと疑っていたくらいですわ」
短時間の内にバカ王子から、アレ呼ばわりに格下げされていくのが何とも言えない気持ちになるが、ツッコんでいるとキリがなさそうなので、とりあえず横に置いて話の続きを待つ。
「大体、私の周りにいる男性と言えば、お父様もお兄様もアレも、皆一様に脳筋のマッチョばかり…男性は女性を守る者という役割は重々承知しておりますが、私は守られるより守りたいのです」
横座りに、よよと泣き伏す彼女の姿は、とても美しい。これが牢の中でなければ、感動さえ覚えただろう。
「その点、テンジ様は違います!亡き奥様や娘さんを想い慕う一途さと誠実さ!ご自分の身が危うい時でも私を気遣う優しさ!非力ながらも立ち向かおうとする健気さ!その上、私よりも年上で、自信なさげな儚さと哀愁漂うお姿…どれを取っても私の理想そのものですわ!」
立ち上がり、こちらへ向き直って、ずいっと顔を寄せて笑顔をみせるマリアロイゼ。最後の一文が完全にフェティシズムのそれだが、どうやら彼女が少々歪んだ好みの持ち主であることは理解できた。
「その、お気持ちは解りました。こんな状況でなければ、嬉しい事は嬉しいんですが、僕はまだ妻の事が…」
「ええ…!ええ!解っておりますわ!それでこそ私の愛するテンジ様です。お母様の蔵書にもありました、結ばれるだけが恋ではなく、耐え忍ぶ恋もある、と。今すぐ亡き奥様への想いを捨てて、私を選んでくれなどとは申しませんわ。ただ私が貴方を愛する気持ちだけでも知っておいて頂ければよいのです、いつか振り向かせてみせますもの!」
天を仰ぎ、右手を掲げて高らかに宣言する彼女をみて、天児は一つ腹を括る事にした。
「解りました。…貴女のように若くて美しい女性が、僕なんかにかまけているのは良くないと思いますけど、思って下さるのはとても嬉しいです、ありがとうございます」
「ああ、やっぱりお優しいですわね、テンジ様は…では、一つだけお願いがございます」
「お願い?」
「ええ、私、親しい方からはマリアロイゼではなく『ロゼ』と呼ばれておりますの。ですから、これからは私の事をロゼとお呼びくださいませ、よろしいですか?」
「ロゼさん…ですか」
「そうです!」
「解りました、覚えておきます…それで、これからどうしますか?」
なにかとんでもないお願いでもされやしないかと、内心恐れていたところだが、呼び名を変えることくらいなら、特に問題はなさそうだ。
それよりも、そろそろ先程の兵士が仲間を連れて戻ってきてもおかしくない頃合いなので、そちらに気が向いてしまう。
「マリ…」
「ロ・ゼ♪」
「ロ、ロゼさんだけでも逃げた方がいいんじゃないかと…いくらなんでも処刑だなんて、酷過ぎますよ」
「私も黙って処刑などされるつもりはございませんわ。今や私の命はテンジ様の為にあるのですもの。それに、恐らく処刑するつもりなのは私だけでなく、テンジ様もでしょう。どうせアレや取り巻きの法王達の事です。聖女の召喚に失敗したというのなら、テンジ様も亡き者にしてしまった方が、後腐れがないと言うに決まってますわ。もうここは正面から打って出て、アレの首を獲ってしまえば…」
仮にも一国の王子の首を獲ろうなどと、恐ろしい作戦を立てようとするので、天児は慌てて方向を修正する。
「そ、それなら僕と一緒に逃げましょう。僕は貴女にそんな危ない橋を渡って欲しくありません!」
「テンジ様…イイですわね、それ!ああ、愛の逃避行…いただきですわ!何てロマンチックな響きでしょう、お母様の蔵書で読みましたわ!」
(彼女のお母さんってどんな本を読んでるんだ…?)
どうも彼女の歪んだ好みは、その辺りに問題がある気がしなくもない。
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