スキルの合わせ技
ネトコン11応募作品、一日一回、17時更新を目指します。
暴力的な悪臭が、天児を襲う。
一歩進む毎に、その悪臭は強くなっていくように感じた。
今は鼻をつまんでいる為に口で呼吸をしているが、息を吸うとその悪臭が肺に入り、そこから身体中に染み渡っていくような感覚がする。
それでもどうにかヘスペリデスの木まであと20mほどという所まで来た時、いよいよ我慢できなくなって、天児はそこで膝を付き、吐き出してしまった。
「ううっ!おえぇぇっ…!」
さすがに鼻をつまみながら吐くことは出来ず、天児は鼻から手を放してしまう。
すると、今度はダイレクトに鼻から悪臭を吸ってしまい、天児はその刺激で意識を失いかけた。
「ピュイッピュイッ!」
フレスヴェルグは鳥だけあって、臭いにはそこまで敏感ではないのだろう。
天児の肩に止まったまま、慌てたように鳴き、戸惑っている。
それにしてもこの悪臭は酷過ぎる。吐き気は止まるどころかより強くなる一方で、命の危険すら覚えるほどだった。
「テンジ様っ!?…くっ!」
片やマリアロイゼは、その異常に気付いたものの、ラアドンの攻撃を防いだり避けたりで、天児の許へ行く事は難しい。
ラアドンは戦っている内に、一本、また一本と首が増え、その攻撃は苛烈となっていく一方だ。
「まったく!殺しちゃいけないって、面倒臭い事この上ありませんわねっ!!」
退治するだけなら、マリアロイゼにとってはそう難しい事ではないのだが、相手が女神の手掛かりである以上、そう簡単にはいかない。二人は、予想外の苦戦を強いられている。
天児は止まらない吐き気にのたうちながら、おのれの不明を恥じた。
(これが瘴気の力、あ、甘く見てた…!)
ここに来るまでに、マリアロイゼから瘴気がどういうものかを聞いてはいたが、これほど悪質で、恐ろしいものだという実感はなかった。精々がモンスターを強化するものくらいの感覚である。
だが、実際に体験してみると、それは明らかな間違いだ。
たかが悪臭をここまでのものに変えてしまうその力は、とてつもない脅威であり、危険極まりない存在である。
(なんとかしなくちゃ…村の人達が…!)
若干嘘くささを感じる人達ではあったが、目の前で泣いて困っている人達に変わりはない。
こんなものに生まれ故郷を侵されてしまうのは、あまりに不憫である。
追い詰められた天児は、女神を探すという目標を忘れ、ただ彼らを助けたいという気持ちだけで踏ん張っている状態だった。
しかし、目を開ければその目からも悪臭が身体に染み込んでくるようで、とても目を開けていられない。
こうなってしまっては進む事も退く事も出来ず、やがて天児は衰弱して、その場に倒れ込んでしまった。
「う、ううう…」
仰向けになってもまだ、吐き気は収まらない。
このまま吐けば、喉を詰まらせてしまう可能性がある。天児はどうにか身体を起こし、うつ伏せに倒れ伏した。
その動きだけで目が回り、更なる吐き気に襲われ、胃を直接握られたような苦痛に見舞われた。
力尽き朦朧とする意識の中、天児の耳に、何かが聞こえた気がする。
(誰か、泣いてる…?)
天児の耳に、小さな泣き声のようなものが聞こえ、暗闇の中で孤独に泣く少女の姿が頭の中に浮かび上がった。
「み、こと…?」
それは愛娘のようで、別人のようで、どちらともはっきりしないが、今の天児にはそれを気にする余裕はない。
ただ、父親として、娘と同じ年頃の子どもが泣いている姿は、放っておけなかった。
―苦しい ―寂しい ―誰か ―…助けて
一人うずくまって泣く少女は、ずっとそう叫んでいるようだった。
その姿に天児は胸に痛みを覚え、無性に悲しくなって少女に手を差し伸べた。
「だい、じょうぶ…独りじゃ、ない…」
そう呟いて少女の頭に触れた時、天児の手から眩い浄化の光が溢れ出し、少女を包み込んでいった。
「テンジ様ーっ!!…このっ!いい加減になさいまし!!」
天児の異状を察知したマリアロイゼは、ラアドンに対し、我慢の限界が訪れた。
ハルバードを構えその首を切り落としてでも天児を助けにいこう、そう思った矢先、影のように暗く淀んだ空気を切り拓くように、倒れ込んだ天児から浄化の眩い光が放たれて、一気に瘴気を薙ぎ払っていく。
「ま、まぶしぃっ…!?」
あまりの輝きに、マリアロイゼは目を瞑り顔を伏せる。
彼女の背後で、ラアドンが大きくその顎を開いているとは気づかずに…
「はっ!?し、しまった!」
その一瞬で殺気に気付いたのはさすがだが、いかにマリアロイゼと言えど、このタイミングで身を躱す余裕はない。
既にマリアロイゼの身体は、ラアドンの口の中に収まりつつあったからだ。
もうダメ…!と、強張らせた彼女の身体が、誰かにグッと抱き寄せられた感覚がする。
マリアロイゼが恐る恐る目を開くと、間近に天児の顔があった。
息を切らし、唇には紫のチアノーゼ症状がみられるものの、マリアロイゼを抱き締める手は力強く、ラアドンを見据える瞳には強い意志が満ち満ちている。どうやら、メートル・ゼロを使って、彼女の身体を引き寄せたらしい。
「私が本当のピンチの時には、いつも助けてくださいますのね」
マリアロイゼは呟きながら、天児の腕にその身を預ける。
天児からはほんのり吐しゃ物の匂いがするが、恋する乙女のマリアロイゼには些細な事であった。
「良かった…間にあ、った…」
そのまま天児は完全に意識を失い、同時にラアドンは本来の大きさになったフレスヴェルグによって地面に抑えつけられ、泡を吹いている。
あれは殺してしまったのでは?と思わなくもないが、わずかに痙攣しているので生きてはいるのだろう。
こうして、ヘスペリデスの木は本来の姿を取り戻し、バーモント村に歓喜の声が響き渡ったのだった。
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