バーモント村と金のリンゴ
ネトコン11応募作品、一日一回、17時更新を目指します。
翌朝、フレスヴェルグの鳴き声で目を覚ました天児は、もそもそと寝袋から這い出ると、沢の水で顔を洗った。
かなり乱暴な手段ではあったが、昨夜はどうにか貞操の危機を回避できたようだ。
フレスヴェルグに感謝しつつ、マリアロイゼがかかってしまった時の対処法を真剣に考えるべきだなと、ウォルフは思った。
「魅力的だし、好きだと言って貰える分にはありがたいんだけどな…」
そう、天児自身、マリアロイゼを憎く思っているわけではない。
出会った時から献身的に天児を支えて守ってくれているし、明るい笑顔はとても魅力的だ。
何も返せていないのは心苦しいが、好意を向けられる事自体は、とても嬉しいと思っている。
ただ、いかんせん歳の差と住む世界の差があり過ぎた。
彼女は一応二十歳なので、倫理的には問題ないのだろうが、まだ幼い娘のいる身としては十八もの歳の差はさすがに看過できない。
天児の心にはまだ亡き妻もいるし、そもそも天児自身恋愛には疎いのだ。
あまりグイグイ来られても、どうしていいか解らなくなる。
「再婚、か…その内考えなきゃいけないんだろうけどなぁ…」
娘が年頃になる前に、母親がいた方がいいとは思っている。どうしたって男である自分では、娘にたいして行き届かない部分があるだろうし、娘からしても、頼れる大人の女性が身近にいるかいないかは大きいだろう。
実家の母に頼る事も考えたが、年齢的にいつまで頼れるものかは不明だ。
ただ、いきなり二十歳の女性が娘の母親になるというのはどうなのか。
マリアロイゼは恋に恋する乙女といった感じがするので、そこまで考えていないのかもしれない。
そうであるならば、やはり深入りはしない方がいいだろう。
そもそも論として、天児が元の世界に帰ったら、マリアロイゼとは一緒にいられないのだが。
「まさか異世界にきてまで、こんなことで悩む事になるとは…」
せっかくファンタジックな世界に来たというのに、悩み事はやけに生々しい。
全部忘れて異世界を楽しもうという気になれない自分が、情けないような、小さい人間のような気がしてならない。
「んふふぅ~、テンジ様ぁ…♪」
かわいい寝顔でどんな夢を見ているのやら…深く溜め息を吐きながら、天児は朝食の支度に取り掛かった。
「んもう!せっかくテンジ様をキスで起こすチャンスでしたのに…!私のバカ!!」
プリプリと怒りながら、マリアロイゼはスープを飲み干している。
今朝のメニューは自生していた野菜と、残っていたリトルボアの肉を使ったスープである。
朝食が出来上がった辺りで、彼女は自分から起きてきた。
昨日は天児を守りながら戦ったりして、やはり疲れていたのだろう。
「まあまあ、きっと疲れてたんですよ。いつも守ってくれてありがとうございます、僕がもっと強ければいいんですけど…あ、おかわりありますよ」
「うー、でもでも…!いただきますわ…」
マリアロイゼは納得がいかない様子だが、それでもスープを食べる手は止まらない。
しょげながら食事をするその姿は、亡き妻がやらかした後の落ち込み具合に少し似ていて、天児は自然と笑顔がこぼれた。
数時間後、移動を続けた二人と一羽は、夕方前には目的地であるバーモント村に到着した。
幸い、あれ以降は目立ったモンスターとの出会いもなく、スムーズに移動できたといえよう。
「ここがバーモント村ですか。なんというかその、荒れ果て…いや、物寂しい所ですね」
「ええ、同感ですわ。一瞬廃村かと思いました…本当に、人が住んでいるのかしら?」
「クルルル…」
辿り着いたバーモント村は、活気どころか人影もなく、タンブル・ウィードがコロコロと転がっている。
二人は当初我が目を疑ったが、村の入口には薄汚れた『ようこそ!バーモント村へ!』の看板が立っており、ここであることは間違いなさそうだ。
一体何があったのだろう?一行は警戒しながら、村の中へ足を踏み入れた。
村の入口で見るよりも、村の中はさらに荒廃しているようだ。
野良犬や野良猫の一匹も見当たらず、人の生活している雰囲気がない。
さほど大きな村ではないが、いくつかの家は無人に見えた。
村の中央が見えてくると、何とも言えない腐臭のような匂いがする。
匂いの原因は探すまでもなく、黒々とそびえる一本の大木のようだ。
空気が目に見えるほど淀んでいて、とてもではないが近寄れそうにない。
「あれが悪臭の元かしら…?くっさいですわね」
「これってもしかして、瘴気…って奴ですかね。僕が触れば浄化できるのかも。でも、本当に臭いな」
あまりの匂いに二人が顔を顰めていると、大木の方で何かが光り、こちらへ向かってズルズルと音を立てて這い寄ってきている。
「ピュイッ!」
フレスヴェルグがいち早くそれに気づき、警戒音を鳴らす。
二人が身構えようとすると、近くの少し大きな家から、大きな声で誰かが叫んだ。
「おい!アンタら何してる!?危ないぞ、こっちへ来い!裏から入れる!早くしろ!」
二人は顔を見合わせ、阿吽の呼吸でその家に向かって駆け出す。
とにかく今は情報が欲しい所だし、好都合だ。
這い寄る何かの足は遅く、天児達は何とか住人の開けてくれた裏口に飛び込む事が出来た。
中には十数人もの人たちが、ろうそくの明かりを頼りに息を潜めているようだった。
「助かりました、ありがとうございます。僕らは旅の者で、九鬼天児と申します。こちらはマリアロイゼ・ドラグさん。ええと、皆さんは…?」
「儂はこの村の長、ヘイラクですじゃ。この者達は住民です。しかし、この村に客など何年振りか…歓迎の宴といきたい所じゃが、もはやこの村は風前の灯火…無念じゃ」
ヘイラクの言葉に合わせて、ううう…と住民達の何人かがすすり泣く。
どことなくホラーな雰囲気を感じて、天児は少し後退った。
「一体何があったんですの?この寂れようは尋常じゃありませんわね」
天児が怯えたのを見て、マリアロイゼは少しムッとしたようにヘイラクに尋ねた。
「実は…この村は元々限界集落でしてな。目ぼしい物といえば、先程貴女方が見ていたヘスペリデスの木に生る金のリンゴくらいのものでした。そこで村の予算を全て注ぎ込み、一発逆転を賭けて観光地化を図ろうとした矢先に、ヘスペリデスの木が瘴気に侵されてしまったのです…おかげで観光地化の目論見はパァ。おまけに村の守り神だった、ラアドンまでもが瘴気にやられて人を襲うようになってしまって…もう、どうすればよいのか…」
おーいおいおい…とさらに住民達が泣いている。すすり泣く住民の声と合わせて不思議な合唱になっていた。
あまりに滑らかなアンサンブルにわざとらしさを感じつつ、天児とマリアロイゼは顔を見合わせるのであった。
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