お逃げなさいとは言ってくれない
ネトコン11応募作品、一日一回、17時更新を目指します。
「ウゥ…アアアァァーーーー!」
スタンディングベアーの泣き叫ぶような唸り声が響く。
スタンディングベアーとは、カイネ山やその周辺の森に生息する、体長2mほどの、やや凶暴な熊のモンスターである。
名前の通り二足歩行で行動するのだが、両手…前足をダラリと下げ、そのまま姿勢を崩さずに走る姿は、中々に恐ろしい。
しかも、性質の悪い事に、頭の部分だけ非常に毛が長く、遠目には髪の長い女性が立っているように見える上、何故かその鳴き声は女性の泣き叫ぶ声に酷似している所がいやらしい。人間を恐がらせる為に産まれてきたようなモンスターだ。
とはいえ、この世界のモンスターとしては低級な部類である。
実力のあるものならば、十分に完封できる、その程度の強さしかない。
そんな事は知らない天児は、疲れもあったのか、本当にオバケが出たと思い込んでいた。
しゃがみ込んでブツブツと念仏を唱えているが、そもそも異世界の幽霊にお経が効くのかは疑わしい所だ。
「テンジ様…!パニックになってしまっておられるのね、かわいい…いや、可哀想に。たかがスタンディングベアー如きが、私のフィアンセを泣かせた罪は重いですわよ?」
一応、天児の名誉のために補足しておくが、泣いてはいない。泣きそうなほど怖がっているだけである。
マリアロイゼは、木々をすり抜け、かなりのスピードで迫るスタンディングベアーを睨みつけ、背負ったハルバードを構えて、天児を庇うように立った。
「フレスヴェルグ!テンジ様をお守りなさい!」
「クルルルルルル!!」
マリアロイゼが叫ぶと、フレスヴェルグは天児の肩で大きく鳴いた。
任せておけと言わんばかりの態度で、天児が動けない状況では、とても頼もしい。
そうして接近してきたスタンディングベアーに向かい、マリアロイゼは構えたハルバードで思い切り斬りつけた。
「ギャアアアアアアアアア!!」
「浅い…!というか、何なんですの?この大きさ…!」
遠目で見た時には解らなかったが、目の前にいるスタンディングベアーはかなり大きい。
通常は2mほどの大きさしかないはずなのに、これはどう見ても10m近くはある。
個体差というにはあまりにも破格なサイズに、マリアロイゼも思わず息を呑んだ。
先程の一撃は腕で防がれたが、通じなかったわけではない。
マリアロイゼはすぐに体勢を立て直し、ハルバードを構え直した。
「一撃で倒せないなら、連打で小間切れにしてさしあげますわ!」
マリアロイゼはスタンディングベアーに飛び掛かり、猛烈なスピードで連撃を繰り出した。
走る動きはかなりの速さを誇るスタンディングベアーだが、雨霰のように降り注ぐ斬撃の嵐は、とても防ぎきれるものではない。いくら分厚い毛皮で身を守っていても、彼女のパワーならば断ち切るのは容易いものだ。
たまらず距離を取ろうとするスタンディングベアーの懐に飛び込み、中段に構えて、力を込めた横一線の薙ぎを放つ。
完全に深く入ったその一撃を受け、スタンディングベアーはその臓物をこぼれさせながら仰向けに倒れた。
「まぁ、ざっとこんなもんですわね。テンジ様!もうだいじょ、う…ぶ」
天児の方を振り向いて笑顔を見せようとしたマリアロイゼの視界に、再びスタンディングベアーの姿が見えた。
今度は2頭が、先程と同じく女の亡霊のように、遠巻きにこちらを見て立っている。
「群れ…でしたの?!そんなもの、初めて聞きましたわ!」
そう、スタンディングベアーは同種にもその牙を剥く性質があり、基本的に群れで行動はしないとされてきた。
先程の個体が異常な大きさだった事といい、何かがおかしい。
マリアロイゼは咄嗟に、追加で現れたスタンディングベアー2頭の元へ走り出した。
囲まれてしまえば、天児を守り切るのが難しくなると考えたからだ。
「私の目が黒い内は、テンジ様には指一本触れさせませんわよ!」
戦いはまだ、終わらない。
「クルルル…」
天児の肩の上で、フレスヴェルグが小さく鳴いている。
戦いの音はかなり遠くなり、天児の周囲には静けさが戻りつつあった。
ガタガタと震えている天児の頭を、フレスヴェルグが嘴で優しく擦ると、天児はようやく我に返って顔を上げた。
「あ…ふ、フレスヴェルグ…ろ、ロゼさんは?」
まだ恐怖は拭いきれていないものの、マリアロイゼの事を気に掛けられる程度には正気を取り戻せたようだ。
天児の問いかけに、フレスヴェルグはマリアロイゼの走った方向を向いてまた一鳴きした。
「ピュイィィィ!」
「え、あっち?…あ!ロゼさん!」
遠くで、マリアロイゼが2頭のスタンディングベアーと戦っているのが見える。
距離があるのでハッキリとは見えないが、さすがにこの森の中で2頭を同時に相手にするのは厳しそうだ。
震える両足をバシンと叩いて、天児は自らを鼓舞する。
「しっかりしろ、天児…!いい歳してお、オバケが怖いなんて…!ん?」
よく見ると、すぐ傍に先程マリアロイゼが倒したスタンディングベアーの死体がある。
何とも恐ろしい見た目ではあるが、どういうわけかそれに引き寄せられるように、一歩ずつ天児は近づいていった。
「こ、これがさっきの…」
近くで見れば、それは巨大な熊の死体である。モンスターだけあって怪物染みてはいるが、それは明らかにオバケや物の怪の類いではない、そう考えると、少し心が軽くなった気がした。
恐怖が薄れたのをきっかけにして、天児はさらに近寄り、その死体の鼻先に触れた。
すると、突然身体から光が溢れ出し、その死体を包み込んでいく。
「な、なんだぁ!?」
天児は自分でも訳が解らなかった。ただ、何かに背中を押されるように、その死体に触れてみただけだ。
そして、天児から放たれたその光が治まると、スタンディングベアーの死体は、ずっと小さいものに変わっていた。
―浄化しましたね、それが聖女のスキルです。
どうやら、このモンスター達は瘴気にあてられて変異していたようです。
貴方が瘴気に触れれば、今の様にスキルが発動して瘴気を払ってくれるでしょう。
タブレットから、アクシスの声がする。全て見守っていたらしい。
「じょ、浄化?これが…」
「ピィッ!」
浄化は、聖女召喚によって与えられる本来のスキルだ。
天児はこれで、その役割を十全に果たせるようになったと言える。…『聖女』ではないのだが。
「よし、これならロゼさんを助けられる…!行こう、フレスヴェルグ!」
天児が声をかけると、フレスヴェルグはその身体を二回りほど大きくして、天児の両肩をその足で掴んだ。
ちょうど、木々の間をギリギリ飛びぬけられる大きさだ。
そしてそのまま大きく羽ばたき、マリアロイゼの元へ翔んだ。
「うわっ、恐っ…!?ちょ、早い!わああああああ!」
マリアロイゼが抱えて飛んでくれていたのとは違い、ぶら下げられるようにして低く飛ぶのは、かなり恐ろしい。
「テンジ様!?」
フレスヴェルグはあっという間にマリアロイゼが戦っている場所まで飛び、そのままの勢いで、スタンディングベアーの片方に向けて、天児を思い切り放り投げた。
「うわあああああああああああっ!?」
スタンディングベアーの背中に飛びつくと、天児の身体が再び光り、その全体を包み込む。
光が消えた時、縮んだスタンディングベアーと、それに抱き着いている天児の姿があった。
「や、やった…!?」
小さくなりはしたが、スタンディングベアーはまだ元気一杯である。
天児を振り払おうと暴れるその身体に、マリアロイゼがハルバードを突き立てて仕留める事ができた。
残りは1頭だけだ。
「ろ、ロゼさん!こいつらは瘴気の影響で大きくなってるみたいです!今みたいに僕が触れれば、浄化できます!」
「テンジ様、解りました!ただちに仕留めますわね!」
マリアロイゼは叫ぶや否や、残ったもう1頭に猛然と襲い掛かる。
一対一の戦いとなれば、スタンディングベアーはマリアロイゼの敵ではなかった。
マリアロイゼは瞬く間にスタンディングベアーを撃退し、天児がそれを浄化すると、森は静けさを取り戻したのだった。
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