お嬢様と山の熊さん
ネトコン11応募作品、一日一回、17時更新を目指します。
「よっこいしょっ…と、これで準備は万全ですね」
かなり大きめのリュックを背負って、天児は言った。
実にオジサン臭い掛け声を口にしているが、40手前は立派なおじさんなので仕方ない。
ジョゼフィーヌに用意してもらったリュックの中身は、二人分の着替えが複数と、飲み水に携帯食料だ。
そこそこな重さがあるので、当初はマリアロイゼが持つと言ったのだが、山越えの間に戦闘となれば、彼女が身軽な方が良いため、天児が持つ事になった。
「こちらも準備出来ましたわ。ふふ、得物を持つのは久しぶりですわね」
楽し気に言うマリアロイゼの背には、ドラグ家の家紋が彫りこまれた、それは見事なハルバードがかけられている。
エレオノールと話をしてから三日、いよいよ出発の日が訪れた。
出発までに時間がかかったのは、タイミング悪く大雨が降り続いた為である。
目的地であるエレオノールの故郷、バーモント村までは、途中でカイネ山という山越えをする必要がある。
カイネ山は森が深く、山歩きに慣れたものでも、大雨の時期に入るのは大変危険な場所だ。
あまり強くはないがモンスターもそれなりに生息している所だし、その状態で慣れていない天児を連れて山に入るのは止めた方がいいと、雨が止むのを待っていた。
無論その間に、しっかりと準備が出来たのだから、悪い事ばかりでもない。
ここへ来た時のように、マリアロイゼが天児を抱いて飛べばいいと思われるだろうが、そうもいかない。
何せ彼女の持つハルバードは特別製で、とんでもなく重いのだ。
ここに来るまでは無手で戦っていたので気付かなかったが、やはりマリアロイゼは武器格闘の方が得意らしい。
特に彼女は怪力の持ち主なので、ハルバードのような重量級の武器が好みであるという。
ちなみに、天児ではそのハルバードを持ちあげる事すら難しかった。
そんなものを持った状態では、さすがのマリアロイゼも天児を抱いて飛ぶのは困難である。マリアロイゼに言わせれば腕力的には問題ないというのが恐ろしいが。
ちなみに、天児には仕込み手甲が用意された。普段は防具として扱うものだが、魔力操作によって、かぎ爪を展開させたり、ワイヤーを射出して移動や敵を捕縛したりするのに使える優れものだ。
これなら、武器の扱いには慣れていない天児でも、身を守りながら戦えるだろう。メートル・ゼロとの相性もいい。
「テンジ様、それでは参りましょうか。叔母様叔父様、行ってまいります」
「ジョゼフィーヌさん、ディオンさん、大変良くして頂いてありがとうございます。お世話になりました、ロゼさんの事は責任を持ってお預かりしますので、お任せください」
「……」
天児とマリアロイゼの挨拶を聞き、ディオンは微笑みながら黙って頷く。
その隣に立っていたジョゼフィーヌは、おもむろに手招きをしてマリアロイゼを呼び寄せた。
「よいですか、マリアロイゼ。数日暮してみて解りましたが、テンジ殿は大変素晴らしい殿方です。決して逃がしてはなりません、確実にモノにしなさい…!ただ、大事な旅の最中ですから、避妊だけは気を付けるように。解りましたね?」
「解っておりますわ、叔母様…どんなことがあろうとも、私はテンジ様を手に入れてごらんに入れます…!ドラグ家の名に懸けて!」
二人は小声で話しているので何を話しているのかは解らないが、天児はその背後に燃えるモノをみたようで、一瞬背筋に冷たいものを感じさせられた。
そんな天児の肩を、ディオンは優しく叩いてエールを送るのだった。
ジョゼフィーヌの屋敷を出発してから5時間ほどが経ち、二人はカイネ山に入っていた。
途中までは馬車があったので楽だったが、山に入れば自分の足で歩くしかない。
世界樹の雫によって体力や能力が向上しているとはいえ、本格的な山登りは初めての天児には、かなり厳しい道のりである。
隣で励ましながら歩いてくれるマリアロイゼのお陰で、気分的には楽しいのが救いだ。
「テンジ様、足元お気をつけ下さいね?お水を飲まれますか?」
「い、いや、大丈夫ですよ。ハァハァ、すみません、体力なくて…」
なんだか介護されているような気分になって、天児は若干情けなさに塗れている。
それもそのはず、カイネ山は山越えの道などない山だった。
通常は、カイネ山を迂回して進むのが一般的な旅のルートであり、そちらであればかなり整備された道がある。
ところが、目的地であるバーモント村はその道からは外れている為、ガチの山越えが必須なのであった。
とはいえ、山に入ってから出会うのはウィーピングラビットや、リトルボアなどの小型モンスターばかりなので、今の所は危険なこともない。
適度に休みながら山の中腹辺りまで来た頃、奇妙なものが見えた。
「ん?あれは、なんだろう…?」
天児の視線の先に、黒い何かが見える。まるで、髪の長い人間の女性が、木々の間に立っているようだ。
だが、こんな山の中に、一人で女性が立っているとは考えにくい。
かすかだが、泣き声のようなものが聞こえてくる…アレは、まさか…
「う、うううぅぅ、…アアアアアアアァ!」
「うわああああああ!?で、出たあーーーーっ!!」
天児はパニックになって、その場にしゃがみ込み頭を抱えてしまった。
実はこの男、ホラーが人一倍苦手なのである。
マリアロイゼが驚いてそちらを見ると、黒い女性のようなものが徐々に近づいてくるのが見えた。
「むっ!?テンジ様、お下がりください!あれは、スタンディングベアーですわ!」
唸り声を上げて二足で立ったまま走る熊は、目前まで迫っていた。
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