67話 真っ赤な光景
「黒川さん、もう一度、なんですって」
【ソファベッドのある場所で塁が死んでいた?】
「ああ、それはなんというか」真っ赤に染まった光景が、黒川氏夫婦を覆っていることはわかった。
「事故かな…」日美子さんが気まずそうに、口ごもった。
「事故ってどういうことですか?家の中で、血まみれで倒れていたわけでしょ?」興奮気味に天十郎は追求しようとする。黒川氏は、慌てて
「そう、家の中じゃない。正確には家の外だ。昔は、一・二階にはサンルーフがなくて大きめの窓があった。その真下の窓から、庭半分がコンクリート塗装だった。当時、二階の上がった、手前の部屋が塁と夏梅の寝室だったのだ」
「あの部屋の窓から、塁が落ちて下のコンクリート舗装した庭石に頭をぶつけ、一面血の海になった」日美子さんが苦しそうに言った。
黒川氏は日美子さんの手を取ると、軽くなだめるように包み込んだ。思い出したくもない、あの光景を見た二人は、つらかったに違いない。
「当時、家には塁と蒲と夏梅がいた。警察は当然、家にいた者を疑った」
「なんでそんなことに!」天十郎がイラつきながら怒鳴った。「蒲がやったのですか?」天十郎はすぐに聞いた。
「天十郎君もそう思ったか?実は私もそう思ったが、実際にはよくわからない。蒲や夏梅が塁は死んでないと言い張り、二人とも二か月ほど入院した。警察でも、最後は事故という処理になった。蒲と夏梅に何度か聞いてみたが事故の事は一切話をしないよな」
「うん、私も聞いていない。事故の後、二階のサンルームの下を増築して塁が落ちた場所に、ソファベッドを作って、まるで塁の血の海に抱かれ漂うように、いつもそこに夏梅がいるようになったわ。他人が聞いたらおぞましい話かもしれないけれど、あの子にとっては、そこだけがやすらぎの場所だったのかもね」日美子さんは重々しく言った。天十郎は声が出ないようだ。考え込んでいる。
【今も塁のところに帰りたいのだろな】
黒川氏がボソッと言った。確かに僕は、子供達が生まれてから育児に気を取られ、夏梅の事をおろそかにしていたかもしれない。知らぬ間に、一番つらい孤独に、させてしまっていたのでは、ないだろうか。
僕は自由に動き回っているが、夏梅はあの場所に固執してしまっている。場所に固執することによって、僕を見つけ出し、頼ろうとしているのかもしれない。よく地縛霊と言うが、実際に、からだを失った者には縛りつけられるものは、なにもない。
この家にも、夏梅のスペースを作る必要があったのかも知れない。それに気が付かずに何年も長い事過ごしてしまった。夏梅は寂しかったに違いない。天十郎が言うように、夏梅にとっては子供も家族もすべて偽物だ。
そういう意味では、子育ての慌ただしさは、本質を忘れさせてしまう要素がある。それが本物であれば、充実感や満足感に繋がるのか?いやその前提はないかもしれない。そう考えていたところ、
「そうか、子供以外に僕には愛する人がいて、充実感や満足感があるが、この家では、夏梅の愛する人がいなかったのか、それは帰りたいかも」
天十郎がため息をついた。そして大切な事に、気が付いたかのように、天十郎は声を大きくして聞いた。
「そんな出来事があったのに、なんであの二人は一緒にいるの?出来ているのか?」黒川氏が笑った。
「おい、お前が一番よく知っているだろ。蒲は子供の頃から男性オンリーだ」天十郎は不満そうに
「だけど、時々、恐ろしく夏梅に優しい時がある」不服そうだ。
日美子さんがそうそうと、いう顔で
「ああ、それはあの事故以来だね。もともと、子供の頃から蒲は夏梅の事を邪魔にしていたからね。あの子にしてみれば、遊ぶなら、女の子より男の子の方が良いに決まっているでしょ。夏梅の家にいたのも、塁がいたからじゃないの?」
「事故以来?」
「そうよ、蒲が入院して、母親から拒絶されたのよ。頭がおかしくなった息子はいらないって、蒲のお母さんも変わっているわよね」
「頭がおかしくなった?」
「うん」
「精神錯乱になったのか?」
「夏梅は怪我をして、二階の部屋から救急車で外に出たから、リビングの外は見ていないはずなのに、塁が落ちた場所を知っているし、蒲は一階の血だらけのその現場を見ているのに、塁は生きている。目の前にいるって騒ぐからね」
「ふーん」答えながら、天十郎はいいようのない顔をした。




