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ソファベッド  作者: 中島 世期 seki
1章 猫にマタタビ:僕の憂鬱
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27話 指を食うな

「お前は薬箱を持って来い」

 僕は怒りを込め、蒲に怒鳴った。そして、夏梅を抱えたままの天十郎の格好を見た。外出から帰ってまだ、スーツも脱いでいなかった。

「スーツが濡れるがまあ、いいか」

 

 そのまま夏梅を抱きかかえて、お湯に水を足しながら肌襦袢の下のコルセットを手際よく外すと、使い捨てカイロが落ちた。赤く腫れた肌の上から傷にかからぬように、水に近いぬるま湯をそっとかけた。


「痛い!痒い!」

「大丈夫か?」

「痛いってば、痒いよ」

「だろうな、とにかく赤くなっているところを冷まして、薬を塗ろうな、ほかに痛いところないか?」


 その言葉に、夏梅は急に押し黙ったまま、爪を吸い始めた。夏梅は幼い頃から、怪我をしたり、ひどく緊張したりするといつもの癖で爪をちゅっ、ちゅっと吸う。我慢をしている証拠だ。


 僕は「夏梅、指を食うな」と、ちいさくボソッと言った。


 夏梅が急に顔をあげ、真っすぐに僕を見た。すると力強く結んだ唇から小さく嗚咽が聞こえ始めた。僕は手を止めずに夏梅の痛みに精一杯の気持ちと、水に近いぬるま湯を静かに注いでいた。


「夏梅…」

 僕は目と耳の間にキスをした。小さい頃からの習慣だ。大泣きしながら寝て、涙が流れて耳に入ってしまう夏梅に、いつもこうやってキスをする。そういえば、夏梅は両親が死んでから一度も大泣きをしていない。黙ったまま頷いている夏梅の気持ちが否応なく伝わって来る。


 僕は切なかった。僕は夏梅の気持ちに耐えるしかなかった。何度かぬるま湯をかけているうちに、不意に夏梅がしがみついた。僕は黙ったまま髪をなで、何度もキスをした。夏梅は今までこらえてきたものが、溢れて来るのを押し込めるように、小さく声を押し殺している。


 僕は知らん顔して「かゆみは収まって来た?」夏梅に聞いた。

「うん、塁」

 夏梅が小さくやっと答えた。薬箱を持ってきた蒲は、僕らを見ながらお風呂場の入り口で立ちすくんでいる。僕はコルセットから、落ちた使い捨てカイロを蒲に向かって「このやろう」と怒りを込めて、叫び投げつけた。


 蒲は、無言のまま、慌てて投げられた使い捨てカイロを拾うと、リビングの方へいなくなった。


 僕は、夏梅のからだを気遣いながら、僕らの時間を説明のつかない気持ちのまま過ごした。肌の腫れが治まったのか夏梅がウトウトとし始めた。僕にしがみついている力が緩んで来たのでバスタオルで包んで、抱きかかえた。



【夏梅をリビングのソファベッドに運んだ】


 あらためてみると、お尻から上半身は火傷と汗疹と湿疹でぎっしりだった。火傷と汗疹の薬を塗り、帯の後についた擦り傷の手当をした。寝ているのか、起きているのか?静かな夏梅は素直だった。薬を塗り終わると夏梅が手を握って離さない。そんな僕らを見つめる蒲は、ギラギラと異様な目をしている。


 僕は蒲の目を直視し「すべては、お前次第だ」と言い放つと、蒲は視線を外した。


 その時、玄関のチャイムがなった。


 天十郎が我に返り「俺と手なんて繋ぐな」と、蒲の方をみながら、夏梅の手をほどいて、玄関に向かった。夏梅は解かれた手を宙に向けた。


 僕は夏梅が少しでも眠れるように、いつものようにカーテンを閉めた。


 やって来たのは、日美子さんだ。

「やっぱり、帰って来ていた?」蒲と天十郎が玄関に出迎えた。蒲が

「どうしたのですか?」と聞くと、日美子さんは早口で

「撮影スタジオから突然いなくなっちゃって、お正月用のブログに乗せる写真を撮る為にアルバイトお願いしたのだけど、やっぱりダメ?」

「汗疹だらけで、俺らはいい迷惑です」

 怒ったような蒲の声が玄関にこもりながら響いている。


「ごめん、ごめん、彼女がいるだけで人が集まるのよね。どうしている?」

「今やっと薬を塗って横になった」

 そんな蒲と日美子さんの会話が玄関先からリビングにやってきた。カーテンの隙間から様子を見ると、天十郎はボーとしている。


 日美子さんは天十郎を見て

「着物は?」と聞くと、ぼそっと

「脱ぎっぱなし」天十郎は答えた。その言葉に、日美子さんは蒲に向かって

「たたみなさいよ、あの着物は高いのよ」叱ると

「たたみ方を知らない」蒲がぶっきらぼうに言った。

「まったく、男は使いものにならないわね。着物のたたみ方くらい覚えなさい。日本人をやっているのだから」


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