05
「っ、彼女に、なにを指示したんです?」
肩で息をしながらセシリアは乱暴に尋ねた。ルディガーは改めて至近距離でセシリアを見下ろし笑顔で答える。
「やっぱり気づいていた?」
ルディガーの反応で自分の中の予想を確信に変える。
ライラが部屋を尋ねて来たときからセシリアはライラが自分の意志だけでお茶に誘ってきたのではないと考えていた。
この時間にセシリアがここにいるのは、かなり稀な状況なのにも関わらず、ライラは自分を探した素振りを見せなかった。
仮にセシリアの自室を訪ねた後でこちらに足を運んだのだとしても、この部屋はルディガーの仕事部屋だ。
ライラならルディガーのお茶も念のために用意しそうだが、カップに余分はなかった。最初からライラはセシリアがひとりでここにいると知っていたからだ。
それにライラはセシリアがお茶を飲むのをかなり心配そうに見守っていた。そこでなんとなく彼女の目論見に気づき、セシリアは失礼を承知で一口でお茶を止めておいたのだ。
やはり、すべては上官が裏で手を引いていたらしい。セシリアは真面目な顔で自分に覆いかぶさったままのルディガーに告げる。さっきの彼の台詞を拝借して。
「私だって傍であなたをずっと見てきましたから」
「お、その殺し文句いいね」
「ふざけないでください!」
冗談交じりに返され、セシリアはついに感情を露わにした。そして不意に焦点がブレ、目を瞬かせる。
「ライラにはシュラーフよりさらに強めの睡眠効果のあるお茶を頼んだんだ」
「なんっ」
とっさに抗議しようとするもルディガーがセシリアの唇に指を添える。思わず眉をひそめるセシリアにルディガーは真剣な面持ちで言い聞かせた。
「少し眠った方がいい。集中力も落ちている。現に今だってろくに抵抗できなかっただろ。俺じゃなかったらどうするんだ」
先に一口飲んだのもあってか、頭の中に靄がかかりだす。それもあってセシリアは、いつもよりも飾らない言葉で返した。
「……あなた相手にも気を張り詰めていないといけませんか?」
常に周りに対してセシリアは警戒心を巡らせている。それはルディガーとふたりのときもだ。けれどルディガー自身にはそこまで神経を尖らせていない。信頼しているし信用している。
いつもなら『すみません』で片付けるのを、このときばかりは本音が漏れる。
意表を突かれたルディガーは、大きく目を見張ってからすぐに切なげに顔を歪めた。
「その切り返しずるいね。叱る気も失せるよ」
そして自分の肩を押していたセシリアの手を取り、自身の頬に添えさせた。衝動的にセシリアは手を離そうとするが、ルディガーが掌を重ねているので叶わない。
先日、エルザが彼に触れていたのを思い出す。真っ白で傷ひとつない綺麗な手。ライラもそうだった。対するセシリアの手は、ナイフを扱うので傷や痣も絶えない。
そんな自分の手がルディガーに触れるのは、なんとなく後ろめたかった。
ルディガーはセシリアの微妙な心の機微などを無視して彼女の手を頬からずらし口元に持っていくと掌に音を立て口づけた。
「セシリアは優しいからね、ひとりで抱え込まなくていい」
“優しい”ではなく“弱い”の間違いではないだろうか。そう返したいのに、声に出せない。
本当はルディガーの言う通り、セシリアは自身を責めていた。ディアナの件はなんとか防げたのではないか。早く犯人を見つけないと、ドリスだって危ないかもしれない。
その不安が眠りを妨げる。情報を集め、調べて動いていないとなにかに押し潰されそうだった。
『平気だよ。彼女の死を悼んではいるけれど、自分が気落ちするほど肩入れした覚えもない』
自分はルディガーみたいに上手く割りきれない。冷静さを心掛けながら感情移入してしまう。弱い自分が情けない。そして……。
もしも私になにかあっても、あんなふうに切り捨てられるのかな。
副官なのだからそれでいい。とっくにルディガーのために命を捧げる覚悟はできている。彼が過去に兄を失い、その予防線として誰にも深入りしないし、させないのなら。自分に対してもそうなら……。
目の奥が熱いのは寝不足だからだ。セシリアはなんとか掠れた声で小さく呟く。
「悪い夢、見そうなんです」
ルディガーは穏やかに微笑んだ。捕まえていたセシリアの手に自分の指を絡める。
「大丈夫、見ないよ。俺がそばにいる」
額を重ねられ、優しい口調にセシリアは瞼を閉じる。昔からこの手に、この声にずっと心を落ち着かせてもらってきた。
「おやすみ、シリー」
唇にかすかに温もりを感じるも、セシリアは落ちるように眠りについた。
『先生には簡単なことよ』
『項から背にかけて死斑はあったが、どうも薄い』
『実は私、あの家で忘れ物をしたけれど、返ってこなかったことがあるから』
『そう。例えば……不都合な真実を隠すために、とかな』
『ヴェターは雨が降りそうになると花の色が薄い水色から濃い青に変わるんです』
膨大な記憶と情報がセシリアの頭を駆け巡る。
あと少し、あと少しですべて繋がりそうなのに――。




