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04

 再び、静寂が部屋を包みセシリアは行儀悪く背もたれに体を預け天井を仰ぎ見た。焦点がぶれて平衡感覚がおかしい。小刻みに睡眠はとっているものの疲労感が拭えない。


 膨大な情報を整理するため、おもむろに瞳を閉じた。しばらくそのままでいると、再び部屋のドアが控えめにノックされる。


 スヴェンかライラのどちらかがなにかを忘れたのか。ところが、顔を出したのは自身の上官だった。


「遅くまで頑張るね」


 セシリアは軽く息を吐いて、ルディガーから視線をはずす。彼もまた団服を着ていた。しかしルディガーはスヴェンと違い、今日は城内で事務処理と打ち合わせが主だったはずだ。


 おそらく自分に気を使ったのだと悟る。少し部屋を使わせてほしいと事前に申し出てはいたが、こんな時間にやってくるとは思ってもみなかった。


「ご自分の部屋なんですからノックは必要ないと思いますが」


「セシリアがいるのをわかっていて無遠慮に開けるほど無粋じゃないさ」


 やりとりを交わしながらルディガーはセシリアの方へ近づく。


「お気遣い感謝します。どうされました?」


「心配になってね」


 端的な回答にセシリアの心が揺れた。上官に心労をかけるのは副官として申し訳ない。


「もう休みますから」


 弱々しく答えると、ルディガーはセシリアの正面ではなく右隣のスペースに座ってきた。なので、彼を追う形でセシリアの視線も自然と横に向けられる。


「それもある。でも、責めているんじゃないかと思ってね」


「なにをです?」


 すかさず尋ね返すと、ルディガーがセシリアをじっと見つめる。互いの目線が交差し、ルディガーはゆっくりと口を開いた。


「ディアナ嬢が亡くなったことを」


 ほんの刹那、ふたりの間に沈黙が走る。正確にはセシリアがとっさに返せなかったからだ。奥歯をぎゅっと噛み、一拍遅れてからセシリアは冷静に聞いた。


「なぜです? 私は彼女と直接知り合いではありませんが」


「でも、生きているときの彼女を知っている。彼女がアスモデウスに接触した情報も掴んでいた。なのに、なにもできなかったってね」


 淀みない言い分にセシリアは眉をひそめた。とはいえまったく違うと反論もできない。なので別の角度から返してみる。


「やけにはっきりと言いきりますね」


 セシリアの声はいつもより低く冷たい。しかしルディガーはものともしない。


「言い切るよ。セシリアのことを、ずっと傍で見てきたんだ」


 きっぱりと告げられ、セシリアの心は今度こそかき乱された。彼が言っているのは上官としてだ。そしてルディガーの言い分はそれなりに的を射ていた。


 見透かされたのが悔しいような、自分の未熟さを責められたような。ぎゅっと膝で握り拳を作り、すっきりしない頭で続ける言葉を懸命に探す。


 ところが、セシリアが言葉を紡ぐ前にルディガーがいつもの調子であっけらかんと違う話を振ってきた。


「ほとんど飲んでないじゃないか」


 もったいないとでも言いたげな口調だ。ルディガーの視線の先には、セシリアの正面に置かれたお茶のカップがあった。


「一口頂きました」


 ライラが部屋を去る際に、片づけを申し出たがそれをやんわり断っていた。中身はすっかり冷め、わりと残っている。色は酸化したのか、淹れたてよりもややくすんでいた。


「もらおうかな」


 なにを思ったのか、あまり美味しそうにも思えないお茶に対し、ルディガーはにこやかに告げてきた。途端にセシリアは怪訝な顔になる。


「冷めていますし、飲みかけですよ?」


「かまわない」


 セシリアは肩を落として、再び資料に手を伸ばし目を通しだした。ルディガーはセシリアの方にさらに距離を縮め、彼女のカップに手を伸ばす。


 せめてカップを彼の方に寄せればよかっただろうか。気遣いができなかったのをわずかに悔やんだが、もう遅い。ややあってカチャと音を立て、カップがソーサーに戻されたのを音と気配で感じる。


 さすがに、ひと声かけようとセシリアは資料からルディガーの方へ首を動かそうとした。すると思った以上に彼の顔が近くにあり、驚く間もなく肩を掴まれ強引に口づけられた。


 予想外の展開にセシリアは目を丸くする。すぐさま抵抗しようとしたが、それより先にルディガーがセシリアの腰と後頭部に手を添え、逃げるのを阻んだ。


「んっ……んん」


 唇をきつく結んで顔を背けようとしたが許されず、そのままソファに倒される。ルディガーに覆いかぶさられ、硬いソファを背にし、ますます逃げ道がない。


 彼の肩を押すもびくともせず、逆に唇を重ねたまま頬を撫でられる。彼の目は真剣そのものだ。


 訴えかける眼差しに、相手がなにを望んでいるのかセシリアには読めている。これ以上、拒否し続けるのが無駄だというのも理解した。


 観念してゆるゆると唇の力を緩めると、おもむろに口内に液体が注がれる。口移しされたものは、さっき飲んだ状態よりも渋みがましている。


「ふっ…ん」


 吐き出す選択肢もあったが、おとなしく嚥下し、それを確認してからルディガーはゆっくりとセシリアを解放した。


 飲み干せなかったお茶がセシリアの唇から流れていくのを、ルディガーは舌を這わせ舐め取る。


 口移しよりもそちらの行動にセシリアの心臓は跳ね上がった。反射的にルディガーの肩を強く押す。

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