85 なにしろその顔や 表情も何も
イコマは、時折開くチョットマの瞳を見つめていた。
瞳はイコマやンドペキを映しているが、ごめんなさい、迷惑かけて、などと言っては、安心したように目を閉じるのだった。
部屋に運び込まれてから、丸一昼夜が経っている。
レイチェルやスジーウォン、隊の面々が顔を覗かせては、チョットマを励ましてくれている。
今はンドペキ、スゥとライラだけがチョットマの目覚めを待っている。
「で、どうやった?」
ンドペキとスゥは、バー「ヘルシード」から先ほど帰って来たばかりだ。
イエロータドから連絡があり、例のパリサイドが二人、来ているということだった。
「声を掛けたんやけど、警戒されたみたいで、ほとんど収穫はなし」
ンドペキが悔しそうに唇を噛む。
「ただ、分かったことがある。あれは宗教団体やな。神がなんちゃらかんちゃら」
「ステージフォーってやつか?」
「さあ、それは分からんけど。どうも、地球から来た人相手に、積極的に勧誘活動をしてるらしい。それもかなり強引なやり方で」
「そいつら、乱暴なやり方には反対だとかなんとか、言ってたらしいな」
「ああ。さっきもそんなことを話してた」
乱暴なやり方、すなわち、アヤのように拉致した上で記憶を無くさせて洗脳する。
そんなことを意味しているのだろうか。
アヤとプリブがその毒牙にかかったとは、断定できない。
情報がまだ少なすぎる。
プリブに至っては、その後、姿さえ見かけた者はない。
言ってみれば、生存さえ危惧される事態なのだ。
「なんでも、既に数人を帰依させたと言ってやがった」
その中にアヤやプリブが含まれていないことを祈るばかりだ。
「帰依か。ふざけた言い方やな。で、アヤの名は出したのか」
「ああ。行方を捜しているんだと言ってやった。しかしな、さすがにストレートすぎたんやな。無言。そそくさと帰っていきやがった」
「ふむ、で、感触は?」
「何とも言えん。なにしろその顔や。表情も何も」
「そうか。そんじゃ、後は専門集団の動きを待つしかないか」
ンドペキとスゥがヘルシードへ出向くと同時に、治安省長官のミタカライネンにも一報を入れてある。
きっと尾行でもつけて、やつらのアジトを突き止めてくれるだろう。
もしアヤが団体のマインドコントロールを受けているなら、彼らの息の根を止めれば、少なくとも今よりはそれを解き易くなるかもしれない。
スジーウォンも彼らの後を追いたいと言ってくれていたが、断ってある。
ここは本職の治安部隊を信じたい。
「それから、さっきの薬の話」
ヘルシードに出かける前に、スゥが話し始めていたことだが、中断されていた。
「うん。気になってね。調べてみたんだ」
アヤを見つけた時、彼女が買いに行ったという薬。
「プリンシパルポーションの五十九番。そう言ってたな」
「それなんだけど……」
スゥがライラをちらりと見た。
ライラは黙ってチョットマの手や腕を撫で続けてくれている。
スゥがユウと同期していたことを、ライラはまだ知らない。
それを気にしたのだ。
ライラの前で、スゥの持っているパリサイドの知識、すなわちユウの知識は披露しづらい。
かといって、ライラに席を外してくれと言えるわけもない。
ほとんど家族同然に付き合っているのだし、ライラは心底からチョットマを思ってくれている。
しかも、スゥとライラは同業者として、競争相手として、そして師弟関係でさえあるのだ。
「その薬なんだけど、五十九番というのは、かなり危険な薬らしいのよ」




