83 そのエネルギーに少し目を覚ましてもらうだけで
「私達は、そのエネルギーに少し目を覚ましてもらうだけでいいわけです」
かといって、物理的な存在であるこの船や人間の身体が、さまざまな物質や、先ほど言ったシンラが充満している宇宙空間を、光速の数億倍のスペードで移動することはできません。
たちどころに粉々に分解され、それこそシンラの一部になるでしょう。
「私たちは船を空間軸から少しだけずらします。そうすることによって、空間は本来のその姿を現します」
今、船は折り畳まれた空間のひだの頂部を、文字通り滑っているのです。
瞬時にしてひとつのひだを越え、次のひだに乗り移ります。それで、数十光年は移動することになります。
パリサイドの母星は、太陽系からはるか数万光年先にあるという。
しかもそれは、毎分数光年ずつ遠ざかっているという。
「この航法の元となるエネルギーは、宇宙にいくらでも浮かんでいるシンラに、元々備わっているエネルギーを少し出してもらえばそれで済むということです」
そういって、キャプテンは話を締めくくった。
「残念です。申し訳ありません。もう少し、いいえ、もっと大切なことをお話ししなければいけなかったのですが、時間が来てしまいました」
パリサイドの母星の重力圏に入ってから以降は、もう会えないという。
「ぜひ、お話ししておきたいことがあります。もう一度、お訪ねください」
「ええ、そうします。今日はとても楽しく、有意義な時間をありがとうございました」
椅子が、床に飲み込まれるように消えていった。
そこにはもう、何もなかった。
かろうじて、最後の声だけが聞こえてきた。
「そうそう、この船の名スミヨシですが、私が長く住んだ街の名です。では、また、近いうちに。お待ちしております」




