79 空、飛んでみようか
チョットマはなぜ涙が出たのか、分からなかった。
キャンティは、
「まだ半人前ですね。これを言うのを忘れてました。皆さん! あけましておめでとうございます!」
と、話を締めくくった。
拍手が起きた。
パパとンドペキはキャンティと話している。
聞き耳頭巾のショールを見せながら。
スミソが近づいてくる。
チョットマは気づかれないように涙を拭った。
涙が出たわけ。
マスカレードでEF16211892に会えなかったから?
ううん。そんなことじゃない。
もう、心の整理はしたはず。
キャンティの話に出てきたおいしいお料理や楽しい毎日が羨ましかったから?
あるいは彼女にやきもちを妬いたから?
違う。
絶対に。
プリブを救い出す、そしてアヤちゃんの記憶を取り戻すことができないから?
そのために自分が何もできていないから?
わからない……。
横に座るスミソ。
「最近、疲れてるみたい」
「ありがとう、心配してくれて。でも、大丈夫」
スミソの腕が肩に回された。
「気晴らしにこの街の空でも飛んでみるか」
「ううん。今度にする。ありがとう」
疲れていることは自分でもわかる。
誰にも言っていないが、ユウが言ったようにはウイルスに完全勝利したわけではなかったのだ。
時々眩暈がしては、意味の分からない言葉が脳に忍び込んでくる。
その都度、楽しかったことを思い浮かべては、幻影を見る前になんとか自分を立て直す。
そんなことが続いていたのだった。
幸い、楽しいことを思い出すのに、種は尽きない。
サリと一緒に、ンドペキに連れられて初めて狩に行った日のこと。
コンフェッションボックスでパパから聞いた話の数々。
パパとピクニックに行ったことも楽しかった思い出。
スミソと一緒にニューキーツの北の森を飛び回り、荒地軍を翻弄したとき。
エリアREFのゴミ焼却場の橋の上で、プリブにおぶわれたこともあった。あの時初めて、人の体に触れたんだった。
そして恋の照り焼きはどんな味、なんて話をしたんだった。
ハクシュウにもよく構ってもらった。そして大切な手裏剣をもらったとき。
今も肌身離さず私の胸元にある……。
思い出せばいくらでも楽しかったことはある。
でも……、と、チョットマは思う。
それらは皆、誰かからもらった幸せ。
それに比べて、私は何も……。
そのことに気づいてから、誰もかれも大好きで、愛おしくて。
心が震えて止まらないほど、恋しくて。
「今日もまた、誰かの話を聞いて、アイーナに伝えるのか?」
今もこうしてスミソが声を掛けてくれる。
「うん」
彼の優しさにどう応えればいいのだろう。
「大丈夫。ひとりで行くから」
なんて言ってしまう私。
スミソは私を楽しませようと、そして守ろうと懸命になってくれているのに。
なにもしてあげれないし、お返しもできない……。
「ねえ、スミソ」
「なに?」
「ううん。なんでもない」
何かを伝えたい。
でも、それが何なのか、よく分からなかった。
「明日、空、飛んでみたいな」
「そうこなくちゃ」
「でも、パリサイド、誰も飛んでないよね、そんなことしてもいいのかな」
そんな他愛もない話をして、よくわからない自分の気持ちを、そしてスミソを騙すしかなかった。




