05 支援物資のたまや食堂と、元SEの底力
翌日の昼、『たまや食堂』に向かうと、すでに店内には昨日おじいちゃんの部屋から発送したダンボール箱がうずたかく積まれていた。
日本の宅配業者、仕事が早すぎるだろ……!
「おお、ノブ! すげえぞ、まさかこんなに大量に送ってくれるとは思わなかった!」
暖簾をくぐった俺の姿を認めるなり、大将が大声で叫んできた。
その隣には、俺が昨日必死の思いで検品・集荷に出した段ボールの山が鎮座している。
「これは本当に助かるわぁ。ありがたいねぇ」
おかみさんも目尻を下げてご満悦の様子だ。
「無事に届いて良かったです。営業の邪魔になっちゃうんで、早速片付けちゃいますね」
俺は袖をまくり、段ボールからお米や基本調味料、大量の缶詰を取り出しては、手際よく厨房奥の食糧庫へ運び入れていく。
そうして作業を進めていると――
「おはようございます!」
カラリと引き戸が開き、弾けるような声とともに小野寺みどりがやってきた。
足の踏み場を圧迫している大量の食料品を目にした彼女は、目を丸くしてパチクリとまばたきを繰り返す。
「えっ、すごーい! こんなにたくさんの食材、一体どうしたんですか!?」
「先日言ってた、ノブの知り合いのひとから、分けてもらった食材だ」
大将が誇らしげに事情を説明すると、みどりちゃんはパッと顔を輝かせ、尊敬の眼差しを俺に向けてきた。
「すごいです、ノブ先輩! さすが社会人ですね!」
(……どうもこの子は、『社会人』になれば何でもできると思っている節があるな)
前職を1年で脱走した元SEのフリーターとしては、その無邪気すぎるリスペクトが胸の奥にチクチクと刺さる。俺は生ぬるい苦笑いを浮かべるしかなかった。
「無料で食料を分けてもらえるなんて羨ましいです。いいなぁー」
うっとりとした様子で段ボールを見つめる彼女を見て、俺は親切心から思わず声をかけた。
「あ、みどりちゃんも欲しいものがあったら分けてもらえるよ? お米でも缶詰でもレトルトでも、今なら何でもあるからさ。何か欲しいものある?」
「えっ、本当ですか! そしたら、お米をいただけると一人暮らしなのですごく助かります……!」
「了解! じゃあ今度送るから、住所と連絡先教えてよ」
俺としては、ただの好意と業務連絡のつもりだった。
心得たとばかりに胸を張る俺の前で――
なぜか、みどりちゃんが一瞬だけ引きつったような、ためらう表情を浮かべた。
「……?」
首をかしげる俺の前で、彼女はスッと一歩、後ずさりする。
「あの……ノブ先輩?」
「うん」
「もしかして、私のこと……口説いてます?」
「く、口説いてない!!!」
俺の釈明の叫びが店内に響く。
「ガハハ! いいねぇ、若者は青くさくて実にいい!」
厨房の奥で腹を抱えて大笑いする大将の高笑いを背中に浴びながら、俺は深い絶望とともに学習した。
(…どうやら、女子に対して『連絡先教えて』は、NGワードのようだ)
◇
「それにしてもだ、ノブのその知り合いって人は、どんな事情があって、無料で、食料を、しかも、こんなに、わけてくれるんだ?」
大将の直球の質問に、答えに窮する。
俺は、なんとか、それっぽい理由をひねり出して答えた。
「ええと、知り合いが管理している食糧庫を一旦空にしないといけない事情が発生しまして、そこに保管している在庫の処分に困っていて、タダでもいいから引き取ってもらいたいという事情のようです」
俺の苦しい説明にも、大きくうなずき、
「なるほど。世間にはいろいろうまくいかないことってあるからな。まあ、その知り合いの人に、よくよくお礼をいっておいてくれ。」
どうやら納得してくれたようだ。
◇
その日は、結局バイトだけで丸一日が終わってしまった。
カレンダーを見上げれば、早いもので葵先生と約束した資産整理の期日まで、残すところあと2日。
もう悠長なことは言っていられない。
幸いなことに、この2日間はバイトのシフトが入っていない。
俺は覚悟を決め、おじいちゃんのマンションに泊まり込みで作業にあたることにした。
◇
1日目をまるまる使って、まずはあの部屋を埋め尽くしていた段ボール類の整理をなんとか終わらせた。
そして2日目。今度は大量のチケットや金券類の整理に着手する。
チケット類は段ボールに比べてかさばらない分、作業自体は順調にはかどった。
だが――その量は文字通り膨大であり、すんなりと俺を楽にはさせてくれなかったのだ。
指先を何度も紙で切りそうになりながら、一心不乱にスマホのカメラを向け続ける。
そして、2日目の深夜4時。
俺はついにすべての資産整理をやり遂げ、完成したばかりの『資産一覧データ』を葵先生のメールアドレスへ送信した。
疲労骨折でもしそうなほど満身創痍だったが、同時に、おじいちゃんへの弔いをすべてやり遂げたという言いようのない満足感が、胸の奥からじわじわと込み上げていた。
◇
ちなみに――。
今回作成した資産一覧データには、葵先生から指示された必須事項に加えて、資料としての質を向上させるための、俺なりの『工夫』を施してある。
第一に考えたのは、この膨大な株主優待データを管理するにあたり、どの項目を『管理番号』にするかだ。
キーとは、データ一つひとつを一意に特定する目的で割り振る、いわば『識別用の名札』のようなものである。
システム開発において、データに対するキーの設定がいかに重要か――それは地獄の社畜SE時代に嫌というほど叩き込まれた知識だった。
このキー設定を誤れば、極端な話、システム全体の崩壊に直結する。それほどまでにキー設計というのは重要なプロセスなのだ。
設計の段階で、キーの種類は大きく分けて二つ考えられた。
一つは、シンプルに連番(00001, 00002...)を割り振っていく方法。
もう一つは、意味のある項目のセット、例えば、【大分類】食品-【中分類】米-【小分類】銘柄コード、といった具合で、複合キーを形成する方法だ。
今回の資産整理において、後者の『意味のある項目セット』で定義するのは、かける労力の割にメリットが薄いと判断。
俺は前者の『単純連番』を採用することにした。
朝から晩まで、キーを打ち込み、付箋を貼り、写真を撮り続ける。
そして、ここからがこの資産整理の本番である。
俺はこのキーを使って、【一覧表上のデータ】と【現物】、そして【現物を撮影した写真ファイル】の三者を、一意に完全紐付けできるように設計したのだ。
例えば、お米一袋をExcelの一覧表に追記する際、キーとして『00005』と入力する。
次に、その『00005』と書いた付箋を作成し、米袋と一緒にスマホで撮影。
撮影後、その付箋を米袋に直接貼り付け、番号順に保管場所へ格納する。
そして最後に、PCへ保存した写真ファイルの名称を、キーと同じ『00005.jpg』に変更しておく。
こうすることで、一覧表上の『00005』を見るだけで、写真データも現物の保管場所も何なく一発で追跡できるようになる。
このようにトレーサビリティを極限まで高めることこそが、膨大なデータを整理する上での『絶対的な肝』なのだ。
ただ、ここで一つだけ厄介な問題が発生した。
PCに保存した大量の写真ファイルの名称を、わざわざ手作業で『写真の中に写っている付箋の管理番号』に書き換えていく作業だ。
写真の一枚一枚を目視で確認してリネームしていくなど、あまりにも手間がかかりすぎるし、人間がやれば必ず凡ミスが生まれる。
だから俺は、その作業をプログラムで完全自動化することにした。
フォルダ内に放り込んだ写真に対し、『Claude API』を使ってAIに画像内の付箋を自動読み取りさせ、その取得したキーでファイル名を一括書き換えするPythonスクリプトを作成したのだ。
といっても、ゼロからコードを書く時間すら惜しかったので、要件をまとめたプロンプトを『Gemini』に投げ、コードの生成を依頼。
修正を含めても、一時間弱で自動リネームツールが完成し、その結果、作業時間を劇的に短縮することができたのだった。




