27 昨日の敵は、明日の仲間
今日のランチ定食は、『トマトと卵の中華風炒め』だ。
運ばれてきたお皿からは、甘酸っぱいトマトの香りとごま油の香ばしい風味が立ち上り、一気に食欲をそそる。
「「いただきます」」
俺たちは声を合わせ、ふんわりとした黄金色の卵と真っ赤なトマトを箸ですくい、口へと運んだ。
「んんっ……! ふわっとしてて、おいしぃ~……っ」
一口食べた葵が、両頬をゆるませてうっとりと声を漏らす。
炒められたトマトのフレッシュな酸味とじゅわっとあふれる果汁が、ふんわり出汁を吸った濃厚な炒り卵と完璧に絡み合っている。絶妙な火入れのおかげで、トマトの食感が絶妙に残っているのも素晴らしい。
「うーん。天竜の大将の中華風のアレンジが、また、たまらないな」
俺もおもわず感想を述べる。
俺たちの向かいで、黙々と料理を口に運んでいた神山もまた、噛みしめるように味わっていたが、やがてポツリと呟いた。
「……たしかに、この味は残さなきゃいけない」
一口ごとに『天竜の味』の深みを肌で感じ取っているようだった。
神山は手元の箸を止めると、何かを噛みしめるように目をつむった。
「……ケースバイケース、か」
そう独り言ちたかと思うと、突然「そうだ!」と目を見開いて、俺の顔を真っ直ぐに見つめてきた。
「桐山さん! これはまだ僕のジャストアイデアなんですけれど……例えば、今回の天竜さんのように、弊社のフランチャイズ方式がフィットしないような店舗様を、僕から桐山さんにご紹介させていただくというのはどうでしょうか!?」
「ほう」
俺の隣で、葵が短く感心の声を漏らした。
「もちろん、正式なビジネスマッチングとして弊社への紹介料――いわゆる仲介手数料をいただく形にはなるかと思いますが……」
そう前置きしたうえで、神山は瞳をキラキラと輝かせて一気に言葉を重ねた。
「でもそうすれば、お店側は自分の味と暖簾を残した理想的な店舗再生を進められる! 桐山さんは再建案件の顧客を獲得できる! そして弊社は紹介料を得て、本来なら取りこぼしていたはずの顧客を救うことができる! これ、完全な『三方良し』ではないでしょうか!?」
「それは……とても理にかなった良い案かもしれませんね」
葵も深くうなずき、同意の意を示した。
(なるほど……!)
いくら俺が「経営に苦しむ個人商店を救いたい」と考えたところで、そうした店舗と出会う集客ルートやノウハウまでは考えていなかった。
今回はたまたま、『たまや食堂』の大将からの紹介という形で『食堂天竜』と巡り会えたが、こんなのは滅多にない特殊なケースと捉えるべきだ。
だが、メガ・ディッシュのような企業とタッグを組み、彼らがカバーしきれない『手枷足枷のある店舗』を引き受けるルートができれば――集客の課題が一気に解決する。
あの時、神山がぶつけてきた『あなた一人じゃ救済の手が間に合わない』という課題に対する、これが一つの大きな答えになるかもしれない。
俺は胸の奥が高鳴るのを感じながら、意を決して神山に向き直った。
「わかりました、神山さん。ぜひ、前向きに考えさせてください!」
「本当ですか!? ありがとうございます! では早速社に戻って、上長に企画として相談してみます! 社内調整に少しお時間をいただくかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします!」
神山は嬉しそうに表情を輝かせ、ペコリと深く頭を下げたのだった。
正直、これから先、どれだけの店舗を救っていけるのかという不安がないわけじゃない。
けれど……同時に俺は、同じ夢と熱意を共有できる「新たな仲間」を得たような、晴れやかな高揚感に包まれていた。
◇
神山からの提案で大いに盛り上がり、食後のデザートをいただく頃には、俺たちの間の気まずさはすっかり消え去り、テーブルは和やかな空気に包まれていた。
互いにすっかり打ち解けたこともあり、自然と口も軽くなる。
セットの杏仁豆腐をスプーンですくいながら、俺はふと頭に浮かんだ素朴な疑問を、隣の葵に投げかけてみた。
「葵は、料理とか得意なほうなの?」
「料理? 普通に作れるわよ。もっとも、天竜の大将さんみたいな職人技は無理だけれど……。なあに? 私の手料理、食べたいの?」
葵は少しいたずらっぽく微笑みながら、小悪魔的な上目遣いで覗き込んできた。
「うん。ぜひ、食べてみたい」
俺が少しも躊躇わずに直球で答えると、葵は一瞬だけ丸く目を見張ったあと、どこか嬉しそうに目を細めた。
「ふふ、考えておいてあげるわ」
そんな俺たちのやり取りを目の前で見ていた神山が、杏仁豆腐を口に運ぶ手を止め、おずおずといった様子で口を挟んできた。
「あの……大変失礼なんですけれど、お二人って……」
「ええ。葵は俺の彼女です」
言い終えるのを待たずに俺が即答する。隣で葵が肩を跳ねさせ、がっつり照れまくっている気配が伝わってくる。
「はぁっ」
二人の様子を交互に見やった神山は、呆れたような声を上げた。
「桐山さん。僕は、やっぱり、あなたがうらやましい」
◇
ひとまず営業中の店舗状況を把握できた俺たちは、次回、具体的な再建プランを持ってくることを約束し、『食堂天竜』を後にした。
府中駅へと向かう道すがら、俺たちは今後の進め方について意見を交わした。
「タブレット端末や自動精算機などの設備一式は、『たまや食堂』と同じものを導入しようと思うんだ。たまやでの経験とノウハウがあるから、導入にかかる期間を大幅に短縮できると思う」
「そうね、それがベストだと思う。むしろ今回は、銀行からの資金調達の調整に少し時間を取られるかもしれないから、そっちを優先して動いた方がいいかもしれないわね」
「そうだね。『たまや食堂』の方も、ずっとゲンに任せっきりというわけにはいかないし……これからまた忙しくなるぞ」
今後のスケジュールを思い浮かべながら歩いていると、ふいに隣を歩いていた葵が、そっと俺の手を握ってきた。
ドキリとして葵の顔を見やると、彼女はどこか照れくさそうに、けれどいたずらっぽい笑みを口元に浮かべた。
「恋人なんですから……手くらい繋いでもいいでしょう?」
どこか強がりを含んだその言葉に、胸が甘くキュッと締め付けられる。
「それも、そうだね」
俺はそう答えると、葵の小さく柔らかな手をギュッと握り返し、そのままそっと指を交差させた。
「……っ!?」
途端に、葵の手がビクッと跳ねた。
急に足取りを止めて固まってしまった彼女に、俺は不思議そうに顔を覗き込む。
「どうしたの?」
「い、いえ……これは、その……私が想定していた握り方と違ったというか……っ」
横を向いた葵の耳の先まで、瞬く間に真っ赤に染まっていく。
(……まったく、かわいい)
「…行こうか」
俺が優しく手を引いて歩き出すと、彼女は照れくさそうに指先へぎゅっと力を込め、俺の隣についてくるのだった。




